朝鮮人は戦後我が国で何をやってきたか その6

アメリカ人教授が見た戦後の在日朝鮮人
4月30日日曜日晴れ◯
戦後我が国にGHQとして駐留して米国人の目から見た戦後混乱期における朝鮮人どもの行状を記したものとして「戦後日本における朝鮮少数民族 1945年8月15日〜1948年8月15日」は非常に貴重ではあるが、ただ、「自序」に記されている朝鮮人金竜中などの影響もあるのだろうが、このエドワード・ワーグナー の著書はエドワード・ワグナー氏が体験したこと以外でとくに朝鮮人の歴史についてはあまりにも間違い、嘘が多い。
ほとんどが私が過去に朝鮮人の嘘として日記に書いたものばかりである
たとえば、緒言として
<この移住は、日本の施政当局が朝鮮農民に加えた経済的な重圧から生まれた。
略)
増大する朝鮮人は、日本のアジアにおける帝国主義的野望を達成する計画の一環となり、その結果、日本における朝鮮人問題は、いかに効果的に彼らを搾取するかの問題に変じた。この目的のために用いられた監督・統制手段が効果的であったので、日本は第二次世界大戦が終わるまで、多年にわたって、朝鮮人問題を表面化せしめないおとに大きな成功をおさめた。>
p1

第1章歴史的背景として、
<今日の在日朝鮮人少数民族の不幸な立場は、大体において、明治維新後における経済的・政治的な勢力関係に負うものではあるが、また、簡単には究明しがたい、深い的指摘な根底をもつ朝鮮は、日本に中国文化を取り次いだだけでなく、朝鮮自身の文化をもこれに付け加えて与えた。この点で、日本は、依然として朝鮮に対し文化上多くの負債を持っているのであるが、日本はそれに対してどの程度感謝の念を持っているかを示したことがないようである。各般の中国文明が非常に素晴らしいのに幻惑され、朝鮮も自国と同じように、中国の弟子であると考えた。朝鮮の文化的寄与を受け入れながら、これを伝えた朝鮮人の貢献に対しては、それに相応しい尊敬の念を払おうとしなかった。
略)
日本・朝鮮両国を渦中に投じた数次にわたる大規模な軍事的事件の最初のものは13世紀に入って起こった。この事件が、文化の移入方式に重大な変化をもたらすとともに、両民族間に敵愾心を生むこととなるのであるが、その累は現代にまで持ち越されている。民族関係からみて最も重大な軍事的事件は、16世紀後期に秀吉の試みた7年間にわたる朝鮮征伐であった。
っこの戦役が朝鮮に与えた戦禍について、日本の一史家は、次のように記述している。
「朝鮮文明は実質上破壊され、・・・・・・朝鮮王室の墓までも荒らされ、略奪された。戦争の終わった時には、朝鮮は廃墟と化していた。それほど荒廃は酷かった。今日でさへ、朝鮮人は日本に対して大きな敵意を抱くようになった。今日でさへ、朝鮮には世界史上最も残酷で理不尽な戦争の一つである七年戦役の恐怖を物語る遺跡・口伝・文献が溢れている。・・・・このようにして朝鮮は、各世代にわたり日本の残虐行為を生き生きと記憶し続けている」
(Yoshi S Kuno「Japanese Expansion on the Asiatic Continent」Berkeley,1937年第1巻 p175)
日本の帝国主義的冒険は失敗したが、しかし、空手で引き揚げたのではなかった。この時、朝鮮で日本武士はほとんどの金属活字を集めてしまったが、日本はこの金属活字による印刷技術を会得した。朝鮮人の熟練工が捕虜として連行され、日本は彼らから織物・製陶の術を学んだ。「このように一国の文明を全面的に根絶し、それを他国へ移植したことは史上にその類例を見ない」と記されている。
(Yoshi S Kuno「Japanese Expansion on the Asiatic Continent」Berkeley,1937年第1巻 p176)>
P6〜7

この著者が引用しているYoshi S Kunoなるものによる「Japanese Expansion on the Asiatic Continent」はカリフォルニア大学より1937年に出版されたものですが、とんでも本には違いありません。
https://translate.google.co.jp/translate?hl=ja&sl=en&u=https://archive.org/details/japaneseexpansio011903mbp&prev=search

第2章 朝鮮人が日本に移住した初期の状態(1904年〜1937年)
<朝鮮人は日本の市民権はなく、日本の国籍を得た。これは朝鮮人である日本臣民は朝鮮にいようと、日本にいようと日本市民としての権利と特権を享受しないことを意味した。>
P10

著者はこのように「国籍(nationality)」「市民権(citizenship)」を書いているが、選挙権、被選挙権のことをいうのであれば、戦前の我が国の場合は著者が書くようなことはなかった。
朝鮮半島においては日本人であろうが朝鮮人であろうが選挙権はなかったし、日本本土においては朝鮮人でも選挙権も被選挙権もあった。だから朝鮮人の国会議員までいたのである。

<日本に入ってくる朝鮮人が増えた根本的原因は、朝鮮の農村が急速に窮乏したことであり、この窮乏化は1920年代の10年間に著しく進行した。朝鮮における日本人地主が莫大な農地を手に入れたために益々多くの朝鮮人農民層が危険なまでに低い生活水準に押し下げられてしまった。
南朝鮮では特にそれが甚だしかった。南朝鮮は豊かな米産地帯であり、当然に日本人の入植者や金融資本家はここに最初の地歩をかためていた。耕作地主は急転直下負債にあえぐ小作人に、さらに「火田民」に転落した。
(火田民とは火田の民であり、「飢餓に追われて転々とする貧民であり、・・・・彼らは播種する前に国有林を焼き払って畑を開く)>
p12

このように著者は平気で嘘を書く。
朝鮮における日本人の農家の総人口は4万人(約1万戸1922年)で同年の朝鮮人農民総人口1434万人のわずか0・3%であり、東洋拓殖株式会社の斡旋で移住した6000戸(1911~27年)のうち2000戸以上が帰国し、定着は38883戸に過ぎなかった。そのために東洋拓殖株式会社は1927年に移住斡旋事業を廃止した。日本人に不人気の最大の理由は、東洋拓殖株式会社(東拓)が日本人むけの土地価格は、1911年で水田反あたり15円、1927年で120円と、日本人に安く売らなかったからです。朝鮮人がよくいう安く斡旋したなどということがいつものとおり嘘だというまたまた一つの例です。
そして、朝鮮総督府は所轄していた「国有地」の田畑11万7000町(1918年末)を、1920年から東拓には売却せずに、朝鮮人の従来からそこで耕作している「縁故小作人」に安く売却した。
朝鮮総督府の「国有地」とは大韓帝国の国有地を引き継いだものであり、私有地を新たに「国有地」にしたものではない。
これらのことからだけでも、英国のアイルランド、オランダのインドネシア、フランスのアルジェリアなど他国の植民地政策と我が国の朝鮮半島における政策との違いがわかる。
(以上の主な引用先は「歴史を偽造する韓国」 中川八洋著 徳間書店P72~3、P78~80よりですが、中川氏は数値などは「現代日本農地政策史研究」細身大次郎著 御茶ノ水書房より引用)
http://www.tamanegiya.com/ura/2017/12/06/tyousennkosakunouka/

<1945年8月15日には、大体200万人の朝鮮人が日本に存在していた。おそらくその半数は強制労働者とその家族であった。
略)
終戦は彼ら本国に開放をもたらした。ほとんど40年にわたって見続けた夢は、ここに頂点に達した>
p55

このように書くが、この著書や林えいだいの著書にあるような強制連行というのは嘘である。
http://www.tamanegiya.com/ura/2016/07/04/kuzutyousenjin/

ここでは嘘つき朝鮮人の鄭正模が強制連行されたはずの我が国での目標が大学卒業というギャグをかましてくれています。

強制連行の嘘
http://www.tamanegiya.com/ura/2016/08/29/kyouseirennkounouso/

そのために大村朝鮮人収容所などが必要だったのである。
http://www.tamanegiya.com/blog/2015/11/24/oomurasyuuyoujyo/#post-2551

今現在も我が国における一番の不法滞在者は朝鮮人である。

<国家的便益は朝鮮人に対して極度に制限して与えられた。日本の新聞と公衆はこれに協力して敵対宣伝と差別行為によって朝鮮人を以前の劣等地位に引きとめようとした。したがって、朝鮮人は、今後日本国民として処遇されるとの声明がでるや、圧迫と差別は一段と強化された。これが響いて日本における朝鮮人の地位の悪化にさらに拍車をかけた。とくに占領の第1年目か、そこらには異常なほど恵まれていた朝鮮人の経済的地位は、これによる影響を蒙った。日本側からする差別および経済統制の全般強化の結果として、朝鮮人の生活は非常に悪い状態においこまれるにいたった。>
p57

エドガー・ワグナー自身が書いているように朝鮮人の生活が非常に悪い状態に追い込まれるとはどういうことなのか?占領一年目は朝鮮人は経済的に「異常なほど恵まれていた」つまり、好きなことをし放題だったのである。
そして、その地位が日本国民として処遇されるということになると「普通」戻っただけではないのか?
その後、朝鮮人は
「差別、差別」と叫び外国人でありながら日本人と同じ権利を求めようとしている。
下記はなんども書いていることであるが、我が国おいての「朝鮮人精神」「朝鮮人らしさ」とはどういうものでしょう。
朝鮮人は朝鮮半島より逃げ出して、密入国までして我が国に来ておきながら、強制連行されて来た、だまされて連れて来られて来たなどと平気で嘘をつく。そして、帰ろうともせず、何十年も居着き、二世三世にもなりながら、我が国の国民になって国民としての義務を果たす事もなく、その二本の足で立っている我が国に対し忠誠も誓わず、我が国を愛するどころか嫌っていながら、我が国に集り、朝鮮人としての名誉も誇りも持たず、我が国国民の五・六倍の生活保護、殺人では日本人の二・八倍、強盗では四・五倍、強姦三倍、暴行四・五倍、恐喝三・六倍、詐欺二・四倍、覚醒剤取締法違反五倍という犯罪民族である事を自ら恥じることなく、己が悪いのは総て日本人のせいにして生きている。
普段は日本人のふりをして通名などという偽名で生活しながら、都合が悪くなるといきなり本名を使って朝鮮人ということを振りまわし、普段の自分達の生き方を棚にあげて、外国人として「人権」「差別」と叫び、被害者面をする恥というものを知らない朝鮮人。
厚顔無恥、鉄面皮という言葉がこれほど似合う人種も珍しい。
まさに、これが、「朝鮮人精神」「朝鮮人らしさ」です。
ケネディは「国があなたのために何をしてくれるかではなく、国のために何ができるかが問われている」という内容の有名な演説をしましたが、今、生きている国に対して尽くそうともしないで、「差別、差別」と騒ぎながら、我が国国民と同等の権利を主張しているそんな生き方を改めない限り、あるいは、外国人が他国で生きていくということは、そこの国民の何倍も大変な事であるという自覚もなしに、努力もせずに、その住んでいる国の国民のせいにしてばかりいる限りは朝鮮人がその国の国民から寄生虫、ゴミ、クズと軽蔑される事はあっても、尊敬される事などは未来永劫絶対にありません。
どうして朝鮮人が嫌われるかは嫌う側に原因があるのではなく、嫌われる側に原因がある事を理解しようとせず、自分たちが過去にどのような醜い行い、卑怯な生き方をして来たかを問う事なく、差別差別と叫ぶ朝鮮人。
朝鮮人はその前に、自分自身に問いてもらいたい。自分自身が、我が国に対してどのような貢献をしているか。そして、尊敬される対象となっているかを。
朝鮮人のその姿勢は国である南北朝鮮も同様である。売春婦を我が国に五万人だけでなく、世界中に輸出しながら、その売春婦の事はなかったかのように、戦時売春婦の事を気違いのように叫ぶ。反日教育をし、悪口を言いながらも厚顔無恥にも我が国に平気で銭をせびり、技術を教えろと要求する。そして、更に銭を借りても、技術供与を受けても、我が国に対して、感謝することもせず、何か上手くいった事は総ておのれの手柄にする。悪いことは全て他国のせいにする。まさに朝鮮人の国です。
もう一度書く。
朝鮮人は我が国国民に朝鮮人を差別するなという前に、なぜ、朝鮮人が嫌われるかを自ら問わなければならない。
それが出来ないならば、朝鮮人は永遠に嫌われるだけである。

クソアホらし

今日は酒は飲まず。

サルでもエビでもない。