朝鮮人は戦後我が国で何をやってきたか その5

アメリカ人教授が見た戦後の在日朝鮮人
4月19日木曜日晴れ△
ハーバード大学教授 エドワード・ワーグナー 『日本における朝鮮少数民族』より

<朝鮮人による財産税問題の論議が下火になったと思うのも束の間。今度は外国人登録法に反対する抗議が持ち上がった。1946年秋、日本政府が大阪地域居住の朝鮮人に特別登録をなさしめようとしたことが思い出される。
略)
行政上も管理上も在日外国人の登録は非常に必要であった。それで総司令部の示唆を受け、日本の国会は1947年の外国人登録令を制定した。登録が主として朝鮮人を目標に置いたことは否定できない。なぜなら、彼らは日本においてはるかに数多くかつ厄介な少数民族であったからである。しかもこの登録は、占領軍構成員あるいはそれに付随するものを除く在日全外国人の一斉登録を要求するものであったからなんら差別的なものではなかった。

しかしながら、不幸にして、登録令はいろいろの重要な点で朝鮮人の感情を害するようなものであった。登録が写真・指紋・登録証の常時携帯の要求を含んでいたから、憎むべき戦前の登録の類似規定を思い起こさせた。(木下注 戦前の登録とは協和会手帳のこと)
在日朝鮮人で、不法在留でないことを立証するに困難を感ずるものが少なくなかった。
当時10万人以上の都市に転入することを禁止する規定があり、一般朝鮮人の生活はこの規定をうまく避けて都市に入り込むことにかかっていた。したがって、登録証を持たなければならないということになった。この人口移動が当然できないことになる。
さらに、朝鮮人は引揚同胞の配給通帳を使用して二重配給を取ることに慣れていたが、登録はこのごまかしを暴露することになる。
p94〜95
<引揚朝鮮人が彼らの友人または団体に自分たちの登録証を残して行くことが普通となった。このことが停止された時、この種の証明書の活発な波取引が日本側・朝鮮側双方の港で行われるようになった。>
P96

これについては、朝鮮人は他人の配給通帳を使うだけでなく、戸籍も複数持っているのもいた。あの大山倍達なども戦後二つの戸籍を持っていた。それにより配給を二倍えて、そして、我が国と南朝鮮での重婚が可能であった。
私は過去の日記に但馬オサム氏よりの文の引用として下記のように書いた。
吉田元首相書簡(マッカーサーに宛てた)の中の
<朝鮮人の中で犯罪分子が大きな割合を占めております。彼らは、日本の経済法令の常習的違反者であります。>
とはどういうことか。
先に、日記で大山倍達の「複数の戸籍と名前を使い分ける在日朝鮮人」という題名で重婚という犯罪を例に挙げたが、このことを書いている但馬オサム氏は、戦後GHQ統治下における複数の戸籍を取得した在日朝鮮人の犯罪について書いています。
<当時はまだGHQ統治下であり、日本人も朝鮮人も配給制度で日々の食糧を得ていた時代である。
当然ながら、より多くの食糧を得ようと不正の戸籍申請をする者も後を絶たなかった。
姓名の一文字や生年月日を変えることによって複数の戸籍を取得するのである。
日本人が竹の子生活で飢えを凌いでいた時代、朝鮮人の中にはかなり羽振りのいい者たち(大山もそうだった)がいたというが、その秘密の一端はこういった種々の不正行為にあったことだろう。
また、在日韓国・朝鮮人の多くが通名の他に複数の韓国名を持つ理由もこの辺りに起因しているのかもしれない。
ちなみに、大山は生涯にわたって、本名の崔永宣を筆頭に、崔猛虎、大山猛虎、大山虎男、大山信達、それに大山倍達の名を使い分けていた。
大山の生年の一年違う日本製「朝鮮籍」はこのような過程で作られた偽造戸籍であると正伝は断言する。
帰化申請の際には、この偽造戸籍をもとに新たな日本国籍が作られたのだ。そして、祖国・韓国にもまた崔永宣名義のまっさらな戸籍が残っていることを確認した上で大山は帰化に踏み切ったという。
これが大山の「重婚」を可能たらしめたカラクリであると正伝は明かしている。>
「民主党政権崩壊」(撃論ムック オークラ出版 平成二十二年刊)
「知られざる帰化在日特権『重婚』」 但馬オサム P百二十四~百二十五

そして、但馬氏の引用元となった「大山倍達正伝」(小島一志・塚本佳子 新潮社)には下記のような記述がある。
(ちなみに、塚本氏は非常に多くの参考文献よりの引用および多くの方にインタビューされております。
参考文献がたった一冊!という日名子氏とはえらい違いです。)
<「終戦直後、日本国民や在日朝鮮人はGHQの指揮のもと、配給制度によって日々の食糧を割り当てられました。
戸籍に準じて食糧の量が決定されるため、配給をたくさんもらおうと偽造の戸籍を作った在日朝鮮人がいました。
戸籍は簡単に作れました。名前の一字を変えるとか、生年月日を変えるだけで、まったく別人の戸籍が出来上がります。」
(金致淳談)
「戸籍の作成が自己申請だったことで、結果的に複数の戸籍を持っていた朝鮮人も少なくなりませんでした。
戦後、一旦は朝鮮に帰ったものの生活苦のため再び日本に密航で戻って来る人も多く、渡日後、名前や生年月日を変えて戸籍を申請した人もいたと言います。
略)」
(羅基台談)>
「大山倍達正伝」P二百六十七
これが、当時の吉田首相が
「彼らは、日本の経済法令の常習的違反者であります。」
とマッカーサー宛の書簡に書いた朝鮮人の姿です。

大山倍達の嘘
(大山倍達にみる知られざる在日特権「重婚」)
http://www.tamanegiya.com/ura/2015/03/09/ooylmausotuki/

我が国国民は吉田茂首相がマッカーサーに宛てた手紙というものをもっと知る必要がある。
朝鮮人について、マッカーサーに宛てた吉田茂首相(当時)の次の文章がいかに正確に朝鮮人というものを言い表しています。

<「朝鮮人居住者の問題に関しては、早急に解決をはからなければなりません。彼らは、総数一〇〇万に近く、その約半数は不法入国であります。
これらすべての朝鮮人がその母国たる半島に帰還するよう期待するものであります。
その理由は、次の通りであります。
一)現在および将来の日本の食糧事情からみて、余分な人口の維持は不可能であります。
米国の好意により、日本は大量の食糧を輸入しており、その一部を在日朝鮮人を養うために使用しております。
このような輸入は、将来の世代に負担を課すことになります。
朝鮮人のために負っている対米負債のこの部分を、将来の世代に負わせることは不公平であると思われます。
二)大多数の朝鮮人は、日本経済の復興にまったく貢献しておりません。
三)更に悪い事には、朝鮮人の中に犯罪分子が大きな割合を占めております。
彼らは、日本の経済法令の常習的違反者であります。彼らの多くは共産主義社およびそのシンパで、最も悪辣な種類の政治犯罪を犯す傾向が強く、常時七千名以上が獄中にいるという状態であります。
さらに悪いことには、朝鮮人の中で犯罪分子が大きな割合を占めております。彼らは、日本の経済法令の常習的違反者であります。
戦後の朝鮮人による起訴犯罪事件数は次のとおりです。
(詳細省略、一九四八年五月末までで、九万一二三五名の朝鮮人が犯罪に関与したという数字をあげている)
さて、朝鮮人の本国送還に関する私の意見は次のとおりです。
一)原則として、すべての朝鮮人を日本政府の費用で本国に送還すべきである。
二)日本への残留を希望する朝鮮人は、日本政府の許可を受けなければならない。許可は日本の経済復興に貢献する能力を有すると思われる朝鮮人に与えられる
上述のような見解を、原則的に閣下が御承認下さるならば、私は、朝鮮人の本国帰還に関する予算並びに他の具体的処置を提出するものです。
敬具
吉田茂>
朝鮮人擁護学者・田中宏氏の著書「在日外国人」(岩波新書 平成三年刊)p六十九~七十一より
原文は英文でマッカーサー文書館所蔵。田中氏は大久保昭訳による「法律時報」一九七六年四月号所収より。

田中氏はこのことについて下記のように書いている。
<この書簡が多くの事実誤認と民族的偏見に満ちていることは明らかである。東西対立の中でのアメリカの極東戦略の必要性から、日本占領政策は大きく変質しつつあったとはいえ、さすがにアメリカはこの要求には応じなかった。しかし、日本政府のこうした認識が結果において認められ、植民地統治が生んだ在日朝鮮人に対する事後責任は、結局のところ免罪符を得たかの観さえ残ったのである。>
p71

この田中氏の書いてあることがいかに嘘かは我が国における朝鮮人の不法滞在、売春、強姦など犯罪率の高さ、脱税、不法占拠など多くの事実が証明している。
吉田首相の書簡の時期は朝鮮人の多くが共産党シンパについてはこのドワード・ワーグナー 『日本における朝鮮少数民族』にも書かれていることである。

朝連と共産党について
<朝連の金と力は大部分が強力な政治活動を賄うのに使われた。朝連はその発足間際から日本共産党党員の古強者が最初から朝連の運動を指導した。最初からでなくともとにかく設立直後に彼らが指導を掌握したものと思われる。>
p74

<朝連初期の政治活動は朝連と日本共産党との間に緊密な連繁の在したことを明示している。例えば1945年11月、東京で行われたボルシェヴィキ「10月革命」記念祭の公表写真にははっきり朝鮮の旗を持った旗手が載っている。朝連は1946年のメーデーの集会に参加したのみならず、連合国対日理事会宛の有名な書簡に11名の日本共産党と共に署名した。この書簡は対日理事会のアメリカ議長が公言したように「外国語」で書かれた最初のものであり、日本労働者階級の不平を詳記したものであった。この時の朝連代表者であり、かつ朝連の政治的方向付けに最も功績があり、その一貫した性格を保持するのに恐らく他の何人よりも有力であった男は金天海であった。彼は朝連の最高幹部であり、また日本共産党中央執行委員会の一員でもあった。>
p75

鄭教授も引用されていた「朝鮮人社会についての解説」として
<朝鮮人の犯罪と不法行為を証拠に基づいて若干観察することは、現在の在日朝鮮人少数民族問題の幾つかの面についての理解を助けることになるであろう。
略)
ほとんど全ての朝鮮人の不法行為はそうした行為を犯罪としてみたとき、普通に持っている意味以上の影響を巻き起こした。これは、ある程度は当然、日本の報道機関が必要以上の注意を喚起したことによるものであるが、さらにそれ以上の要素は、小さな事件を派手な訴訟事件にする朝鮮人の血を引いているという以外は、何の関係もない朝鮮人分子がこれに加わって暴徒と化した例は極めて多い。その上、政治問題に関しての朝鮮人同志の闘争にともなう暴力は、日本人の眼に朝鮮人の無法さをより鮮やかに示さずにおかなかった。
たとえ、このような事情で朝鮮人の犯罪性が拡大されることがなかったとしても、この犯罪性が日本人・朝鮮人の関係に与えた影響は依然として甚大なるものがある。

朝鮮人の掠奪行為が、大部分、下層民の日常生活にとってきわめて重要な地域において行われたということもあった。さらに朝鮮人は、日本に不法に入国しようとしたが、ときには伝染病をも持ち込んだという事情もあって、この不安を強める実例を提供した。 朝鮮人は「悪者」だという心理が時の流れとともに日本人の心から薄れていくであろうと信ずべき理由はなにもないのである。
P129〜130

朝鮮人がいくら差別を叫んでも、それは身から出た錆であり、朝鮮人自身に浄化作用がない限り無理なのである。

アホらし

30724568_335204600336534_9222336954031407104_o今日のオッポちゃんの新しいファッション

飼い主さんにお聞きしたら、背中の毛を舐めて抜くので、エリザベスカーラーの代わりらしいです。

 

 

 

静岡から初めてのお客様お二人様来店。
二名様来店。
Sさん来店。

ドンチャン。
記憶あり
サルでもエビでもない。