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池田大作の友情信義

文責はすべて、酒たまねぎや店主の木下隆義にございます


気違いから

平成22年10月18日月曜日晴れ ○

 今日、パソコンに

差出人   qazxswrfvbgt123@あほ.co.jp

送信日時 2010年 10月 18日 月曜日 0:21 PM

宛先   butatunagari-daisakutokinn@tamanegiya.com

件名   謝罪

<こんにちは。
あなたのホームページに、
http://www.tamanegiya.com/ninngennnogomi22.7.9.html ←これらのメールを送ったのは私です。
これらのメールの内容は、まったくの嘘です。すいません。
木下さんに迷惑をかけるつもりは少しもありません。
ほんの冗談で書きました。許してください。>

というメールが届いていました。

 迷惑をかけるつもりはないと書きながら、脅しメールをレンタルサーバー先にまで送る。

 アホとしか言い様がない。

 そいうや、先日も創価学会の馬鹿信者から

<唐突に申し上げます。
私達は池田先生のことを神様だとは思っておりません。
 
師匠とさせて頂いております。 
あなた達のような方々がどんなに池田先生の事を批判なさっても、
先生は決して負けません。
私達も断じて負けません。
以上です。>

というメールがあったが、

普通の感覚だと、宗教人からもっとも遠い存在の権力欲、名誉欲など俗物の権化である池田大作氏を師匠と思える人間がいる事が異常な事だろう。

 

 先日(十月十五日)の気違い新聞で「私は何があっても信義を貫く」という池田大作氏の言葉が紹介されていたが、そんな池田ダイセンセイが永遠の友情を誓いあったのが、コロンビアの麻薬販売組織「メデジン・カルテル」に便宜を図っていたということで、アメリカ検察局から懲役一四五年の求刑がされたノリエガ将軍です。

 ノリエガ将軍を指導者として絶賛し、友情を大切にする池田ダイセンセイらしく、創価学会白糸研修道場にノリエガ庭園を造り、石碑には「パナマ共和国フラメンコ島に『池田展望台』が設置されたことに鑑み、日パ両国の友好親善の固き絆として、ここ多宝富士大日蓮華山を望む白糸研修道場の園を『ノリエガ庭園』と命名するものなり」と刻まれていました。

 その信義を重んじる池田大作ダイセンセイはそのノリエガ将軍が逮捕されたら、その永遠の友情の証を慌てて撤去しました。

 どうしてなのでしょう。

 池田大作ダイセンセイは

「私は何があっても信義を貫く」

 はずではなかったのでしょうか。

 あほらし

 店の資源ゴミを出してから帰宅。

 今日は何もせずに、マンガの本を読んでゴロゴロと一日を過ごす。

 酒は飲まず。


 

平成18年2月26日日曜日雨 ○
 〈名誉会長中国の王毅大使と永遠の日中友好へ会談〉〈友好の「金の橋」を未来へ〉〈平和の悲願を後継の友に〉
 築地でただで配られているキチガイ新聞(聖教新聞ともいう)の二月一七日付一面の見出しです。池田大作名誉会長と支那の王毅駐日大使が、歓談している写真が掲載されています。内容は
以下引用
 万代に光る日中友好の金の橋を!池田名誉会長は16日午後2時、中国の王毅駐日大使一行を東京・信濃町の聖教新聞本杜に歓迎
略)
 鋭い頭脳と端麗な容姿。「中国外交界のスター」「若き工ース」と称される。
略)
 2003年からスタートした朝鮮半島の核問題をめぐる「6カ国協議」の議長役を務め、優れた外交手腕が高く評価された。
略)
 席上、王大使は、「池田名誉会長は、中国人民が尊敬する、私たちの古い友人です」と語り、1968年の「日中国交正常化提言」など、両国関係の正常化に果たした名誉会長の功績を高く評価。
 大使は「名誉会長は『井戸を掘った功労者』です。その素晴らしい貢献は、日中交流の歴史のなかで、大変重要な一ぺージとなっています。
 国交正常化の後も、周恩来総理との出会いをきっかけに、日中間に友情の『金の橋』をかけ、教育・文化の面で両国民の相互理解のために多くの有意義な仕事をしてこられました。さらに、アジアと世界の平和のために奔走してこられました。名誉会長は、まさに『友好の使者』であるだけでなく、『平和の使者』です」と共感を寄せた。
 名誉会長は、大使の厚情に深く感謝し、周総理が「平和友好の正義の事業は断じて壊さない」と述べたように、変わらぬ信念で両国の友好に進んできた思いを伝えた。
 さらに名誉会長は、「私どもが信奉する仏法をはじめ、日本の多くの文化は貴国から学んだものです。貴国は、日本にとって文化大恩の『師匠の国』です」と強調。
 その意味で、中国を心から敬愛し、大切にし、その恩義に報いていくところに、日本の正しき軌道がある。その上に立ってこそ、真実の日中友好があり、アジアと世界の平和にも寄与していくことができるとの一貫した信条を語った。
引用終わり 聖教新聞二〇〇六年二月一七日
 宗教人からもっとも遠い存在の権力欲、名誉欲など俗物の権化である池田大作という老人が、支那の嘘つき大使にヨイショされて喜んでいるアホな内容だけの記事です。

 池田大作ダイセンセイが井戸を掘った功労者(確か、支那は田中角栄元首相にも同じ事を言っていたと記憶しています)というウソについては、今発売中の週刊新潮(二〇〇六年三月二日特大号)の記事の中にジャーナリストの舟木洋介氏が書いています。それによると、支那は当時の田中角栄首相と竹入義勝公明党委員長が仲がよい事なども知っていたからこそ、竹入をパイプ役に選び、七二年の田中角栄、周恩来の会談があり、国交正常化がなったが、池田大作氏が支那にいったのは、国交正常化になったあとの七四年五月で、周恩来との会談は一二月です。しかも三〇分だけ通訳をはさんでの会談がおこなわれただけだそうです。だから、創価学会が言いふらしている池田大作が国交正常化の先鞭をつけたなどということは完全な間違いだと書いています。

 まあ、確かに当時の創価学会・公明党は、日米安保反対を唱え、北京政権承認を主張していたし、一九六八年九月八日の東京日大講堂において開催された創価学会「第一一回学生部総会」にて池田大作ダイセンセイは
支那と我が国のとるべき道として、
 「吉田書簡(吉田茂首相が蒋介石総統にあてた支那との貿易に日本輸出入銀行を使わないことを約した書簡)の破棄
 支那との国交を正常化する
 日米安保条約が支那の警戒心をあおっているので、同条約を段階的に解消する」
などの内容の講演をしていたので、そういう風に都合よく解釈できるのだろうが、国内で吠えているだけで、井戸をほったというならば、他の当時の共産党、社会党などの左翼政党も同じでしょう。
 
 また、池田ダイセンセイが支那に対して「文化大恩の『師匠の国』です」といっていますが、朝鮮にも同じ事をイヤになるほどいっています。
参考→
池田大作語録南朝鮮編 

 同じく、インドに対しても
「貴国は日本にとって『大恩』ある国です。貴国には『慈悲』と・・・」
(一九九二年一月七日インド大使館にてアスラニ駐日大使との会談で)

 オーストリアに対して
「オーストリアは日本にとって大恩ある国です。一八六九年、貴国の最初の使節が来日した際、我が国に多くの貴重な学術書及び医療機器を贈っていただきました。私は貴国から受けた大恩を、後生のために語り継いでおきたいのです」
(オーストリア芸術教会会長、ハンス・マイヤー氏との会談にて一九九三年八月二六日聖教新聞より)

 池田大作ダイセンセイの要人との会談とは、つまり相手にとって歯が浮くようなお世辞、心地よい美辞麗句を用い褒めちぎるだけの内容に終始しているだけなのです。

 支那と我が国との現在の状況に触れるでも無し、支那に対して法輪講、チベット、東トルキスタンに対しての虐殺、弾圧、などの人道問題を話し合うことはありません。
 だれとでもお世辞の言い合いしかなく、いかにも池田大作のひとなりと言っている「世界平和」などというもののそこの浅さが見えてきます。


反日つながり池田大作と王毅
3月2日木曜日くもりのち一時小雨 △
 今回の池田大作ダイセンセイと王毅駐日支那大使とのよいしょ対談を大きく取りあげた聖教新聞ですが、そんな二人の共通点は日本大嫌いという反日というところでしょうか。
  この王毅大使の大嘘つきというか鉄面皮としか言い様のない人間性に基づく発言ついては、ジャーナリストの櫻井よしこ氏(この人にはぜひ外務大臣をやってもらいたい)を始め、多くの人たちが指摘しています。
王毅大使のウソ発言としては有名なのは昨年一一月二四日に、駐日大使として初めて東京有楽町にある外国特派員協会で日本語による会見だろうと思われます。
王大使はそこでの言葉として以下引用。
 反日教育について
「中国にはほかの国と同じように、自分の国を愛する教育はあるが、
特定の国に反対する教育はない」
 靖國参拝について
「中国の立場はですね、継続性のあるもので、変わっておりません。
一九八五年にA級戦犯が神社に祀られているのが公になってから我々も反対の立場を貫いてきております」
 いわゆるA級戦犯とされた方々について
靖國神社問題のキーポイントはA級戦犯にある。A級戦犯はかっての日本の侵略戦争の発動者と指揮官の象徴であり、国際法廷から裁かれた戦争犯罪者である。A級戦犯を祀っている靖國神社は今でも公然と、東京裁判は誤りで、A級戦犯に罪はない、『太平洋戦争』は自衛のため、太平洋戦争はアメリカなどから強いられた戦争だと言っている。従って、A級戦犯の扱い方は、すでに完全には日本の内政ではなく、中日国交正常化の政治基盤にかかわり、第二次世界大戦後の国際秩序にもかかわってくる」
 いわゆるB、C級戦犯とされた方々について
「我々はいわゆるB、C級戦犯ですね、
全部釈放し、日本に帰らせたのです」
 東シナ海の海底油田などの資源開発問題でも
「もうすでに交渉を通じて
お互いに認め合うラインではないのです」
 反日デモについて
自然発生的なものである」として、
中国は情報社会である。教科書よりもマスコミやインターネットで日本の情報を得る」
中国の大衆は日本の過去六〇年の平和の歩みを評価しています。しかし、知れば知るほど今の(小泉首相の)行動がわからない」
 外国プレスの王大使に対しての質問
「一九七二年の日中共同声明のころには中国は日本で最も好かれる国だったが今、どの調査を見ても反中国感情が強い。日本は情報を入手しやすい国だと思うが、なぜこんなふうになっていると考えるか」
に対して
「頭の痛い問題だ。私は悩んでいる。皆さんを責めるわけではないが、四月のデモにしても現地にいくとごく短時間、少数のことである。しかし、テレビで一日何千回も放映されるとすべてがそのように受け取られる。
(略)
中国は今大きな改革を行っているからすばらしいところもあるし、皆さんの目からみれば改善すべきこともある。ですから
カメラはどこを向くかです」

 個々の発言については何度もこの日記で書いている事であり、そのウソについては一々指摘しませんが、まあ、お笑いとしか言い様のない支那らしいアホ発言ばかりです。

 反日つながり池田大作と王毅2
3月4日土曜日晴れ

 (三月二日の日記よりの続き)王毅大使はその他にも下記のようなお笑い発言をしています。

「中国は
死傷者三五〇〇万人という巨大な代価を払っており、ほとんどの家族も不幸な経験をしています」
(二〇〇五年一〇月二六日 防衛大学での講演)

 「『和』の第一義的な意味は人と人との調和である。『和』の価値は人間と自然との調和にある。和の現われは『中庸の道』を行うことである。『己の欲せざるところを、人に施すなかれ』であります」
和の根底には仁があるとして
 「民を本位として、仁政を施すことを強調しています。
略)
 数千年間、こうした調和の理念は練り上げられ、中国の文化伝統に根ざし、社会生活にも浸透し、中華民族を、
平和を愛する民族にしました」
 「現代の
中国は軍事同盟や軍備競争に参加せず、勢力圏を求めず、海外に軍事基地をつくらず、核及び大量破壊兵器の拡散に反対し、核兵器の全面禁止と完全破棄を主張し、非核国と非核地域に対して核兵器を使用したり、威嚇したりしないと無条件で約束しています。中国は善をもって隣国とつきあい、隣国をパートナーとするアジア外交方針をとり、隣国と仲良くし、隣国と安定した関係を築き、隣国を豊かにする周辺外交を打ち出しています」
「中日は一衣帯水の関係にあり、それぞれが東方文化の形成と発展に重要な貢献をしています。
主な共通点はともに『和』を重視し、『和』の地位と役割を強調していることであります。略)東方文化の伝統を高揚し、先達を受け継ぎ、後世に恩恵をもたらし、われわれの子孫たちがより平和、友好かつ繁栄の世界で暮らせるために、ともにがんばっていこうではありませんか」
(二〇〇五年一一月一七日立命館大学での講演にて)

 王大使のウソ発言の連続ですが、ここまで言われるとブラックジョークの世界です。

 現在の我が国にとり大きな問題は、この鉄面皮大使のこれらの嘘つき発言に対して、我が国の政治家、記者、その他の人たちから反論、あるいはウソを指摘することがほとんどなかったことです。
唯一?記事として報道されているのは、大使としての来日でななく、六カ国協議での支那代表として、我が国に協力を求めるということで二〇〇四年二月に来日した時に、当時の安部晋三幹事長、川口順子外相、福田康夫官房長官、管直人民主党代表などと会談して回った時に、この鉄面皮が言った内容は、拉致事件などではなく、小泉首相の靖國参拝への懸念表明でした。
それに対して、アホの川口害相と支那大好きの福田は拉致された同胞の事等どうでもいいというように黙って聞き、ぼけというか売国奴の姦名悪徒は「支那の主張は理解できる」と擦り寄ったのです。
唯一、安部幹事長だけが、「昭和二七年発効のサンフランシスコ講和条約以降、A級戦犯、BC級戦犯と相次いで釈放され、A級戦犯の重光葵さんは外相と成り勲章ももらっている。彼らに日本は栄誉を与えているのに再び罰することはできない。首相が参拝を止めることはないと思う。それを前提にお互い知恵を出し合っていかなければならない」
(二〇〇五年二月一三日付け産経新聞)
と当たり前のことをいっています。
櫻井よしこ氏は嘘に嘘を重ねる中国の手法とし、王大使の外国特派員協会での日本語の会見にかかわらず、その場にいた日本人記者が誰ひとりとして、王大使の嘘を正せなかったこと自体、現時点での敗北だと櫻井氏のエッセイ「日本ルネッサンス」に書いています。(週刊新潮二〇〇五年十二月一九日号P146)
 
 そのような大ウソ付支那人も創価学会にとっては、というより池田大作ダイセンセイには<鋭い頭脳と端麗な容姿。「中国外交界のスター」「若き工ース」と称される>となるわけです。
 週刊新潮の記事に政治ジャーナリストの山村明義氏の言葉として下記のような言葉を掲載しています。
「すでに北京大学、南明大学など十数カ所に『池田大作研究会』が作られています。そこでは、日本の戦前の行為は日本の罪、日本の歴史認識は誤り、日本は贖罪しなければならない、ということを学術交流や文化交流と称するシンポジュウムなどでしきりと訴えている。日本の国益より中国を利する売国的行為を、延々続けているのです」
 週刊新潮 2006年3月2日特大号 P192

 いままでも池田大作というこの醜い(日本人として)老人についていろいろと書いてきましたが、この老人の一番の問題点は、自分の権力欲、名誉欲を満たすためだっただったら反日、売国等関係ない事です。それは、この老人のいままでの行動、発言によく表れています。
参考→
池田大作と反日 
   
池田大作語録南朝鮮編 
   
創価学会と反日 
   
創価学会と反日2

池田大作と友情
3月5日日曜日晴 ○

 2月9日付けの聖教新聞の一面には「池田SGI名誉会長 ラオス国立大学『名誉教授』に」という見出しでした。
その文面として
 「私は、世界市民として、皆さんとの友情を大事にしたい。そして平和のため、ともに戦っていきたい」
と友情について語っています。
ちなみにそんなに友情を大切にする池田大作ダイセンセイの身上とは
「私は『友情』を大切にします。ひとたび結んだ友情と信義は、何があろうと、永々に貫いていく。それが私の身上です」
(一九九二年九月二一日トルコ共和国・国立アンカラ大学セーリン学長との対談にて)

 その池田ダイセンセイの信義とはどのようなものか。
 「私は生涯をかけて、パナマと日本の友好の為に貢献していく。パナマはますます安泰と光輝く未来、カリブに平和の太陽が輝くことを信じる」
 (一九七四年三月一八日のパナマ訪問にて)
 「貴国は小さいかもしれないが、指導者は偉大であり、大きい」
  (一九八七年二月一七日三度めのパナマ訪問にて)
 この時、ダイ詩人である池田ダイセンセイは「わが愛するパナマの若人に贈る」として「パナマの国の花」と題された次のような詩を贈っている。
「パナマ、ーおおパナマー、わが愛する天地よ。ラテンの民草の言い習わしに、アミーゴ(友人)は法律よりつよしと。明るく陽気なラテンの人々の、心と心を結びゆく知恵の光彩 私は、友情という言葉が好きだ」
 池田ダイセンセイからは創価学会栄光章、その指導者からは国家勲章「バスコ・ヌニュス・デ・バルボア勲章」が贈られたそうです。
 そして、池田ダイセンセイのためにその指導者が大平洋を一望できる景勝の地に設置した「ミラードールイケダ(池田展望台」にて、二人は海を見ながら「平和建設への指導者論」を語りあったのだそうです。
 その返礼として、同じ八七年八月、静岡県富士宮市郊外にある「白糸研修所」という創価学会施設にその指導者の名前をつけた庭園を造成し、そこに二人の名前を刻んだ石碑を建て、お互いの永遠の友情を讃えあったのです。
このようにお互い一流の指導者同士として認めあったのです。

うーん、すばらしい。(ちょっと、棒読み)

 そんな池田ダイセンセイはもうひとりの偉大!な国家指導者に対しても下記のように絶賛しています。
「大統領のような聡明な指導者をもったお国は幸せである。私の直感では、今の閣下のあとの代になっても、次の後継者はスムーズにいくように思います」
(一九七五年三月二五日ニコラ・フィナンツー駐日大使との会談にて)
 この大統領を表敬訪問した時に池田大作ダイセンセイは
「大統領は愛国主義であり、平和主義者であり、民族主義者であることがよく理解できました。今後とも世界の指導者としての御活躍と御健勝を祈ります」
(一九八三年六月一〇日聖教新聞より)
 この時の様子は「世界平和の旅」という題名でビデオにして発売されたそうです。

 この大統領が民衆の義憤と憎悪の銃弾に倒れたのは一九八九年十二月ですが、その直後の同国駐日大使との対談
「民衆の総意による新生ルーマニアの誕生を、私はもろ手を挙げて祝福いたします。民衆が勝った、人間の叫びが勝った、私どもはもちろん、権力悪と戦う世界の民衆勢力に、強い勇気を与えてくれました。貴国の不幸は、指導者が一族主義による独裁者に、いつか陥ってしまったことにあった」
(一九九〇年一月六日ルーマニア駐日大使との会談にて)

 池田ダイセンセイらしい、すんばらしい手のひら返し。コウモリ野郎
(コウモリさん、こんなのと一緒にしてごめんなさい)

 そんな池田ダイセンセイが永遠の友情を誓いあったパナマの指導者は一国の指導者でありながらコロンビアの麻薬販売組織「メデジン・カルテル」に便宜を図っていたということで、アメリカ検察局から懲役一四五年の求刑がされたノリエガ将軍です。ルーマニアの大統領は国民には一日三〇〇グラムのパンしか配給せずに自分はバキンガム宮殿の一〇倍の規模をもつ純金風呂、純銀風呂、純金プールのある超豪華な宮殿をはじめ国内に五〇ケ所以上の私邸を所有し贅沢の限りをつくしていたチャウシェスク大統領です。
 そのような指導者を絶賛していたのです。
 友情を大切にする池田ダイセンセイらしく、今はノリエガ庭園の石碑は、外側から見えないように木箱で囲われているそうですし、勲章大好きの池田ダイセンセイにとっては珍しく「海外の政府要人、有識者一覧」及び「勲章受賞」数からノリエガと言う名前がすっぽりと抜けているそうです。
 大宗教家である池田大作ダイセンセイにとっては「何があろうと永遠に貫いていく」はずの「友情」とはこのようなものらしいです。

あと、世界中に友人のいる池田ダイセンセイはこんなオチャメな発言もしています。
「あの、ドイツの、ドイツじゃあないや、ソ連の大統領はだれだったっけ、ン。(ゴルバチョフです、という側近幹部の声)よく知っていますね。この偉大な新思考の上でペレストロイカはやっているが、なかなかうまくいかない」
(一九九〇年一二月一六日本部幹部会でのスピーチ)
その後にゴルバチョフ元旧ソ連大統領と会談して
「偉大な哲学者、ようこそ!。御夫妻が、お元気でいらっしゃること自体が私はうれしい。私は友人として、お二人の業績を後世に語り継ぐ決心です」
(一九九三年四月二三日)
名前もすっぱりと忘れて、ペレストロイカは上手くいっていないと中傷している人を、友人として業績を後世に語り継ぐ決心・・・・

我々凡人には到底辿り着けない奥深い世界のようであります。(まあ、そんな腐った世界は知りたいとは思いませんが・・ちょっと心の声・・・・)
 
 まるで日本人ではないようなすばらしい感受性というか人間性をもった宗教指導者サマです。
いや、別に私は池田大作ダイセンセイが日本人ではないといっているわけではありません。日本人ではないみたいな偉大な考え方、性格の方だといっているだけです。

いや、まったく!
ただ、それだけです。

あ〜あ、
あほらし。

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