戦争被害者商売人堀喜身子

戦争被害者商売人堀喜身子
7月25日火曜日晴れ△
堀喜身子の写真を探していたら下記のような音声がネットにあった。

【戦場に散った白衣の天使】白衣の天使の覚悟_満州従軍看護婦
https://www.youtube.com/watch?v=Webva2yrUPs

http://www.nicovideo.jp/watch/sm24106804

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詐欺師である堀喜身子の音声である。

大高未貴氏がソ連兵の蛮行として手元にある二冊の本に書いている。
一冊は「拉致と侵略の真実」株式会社オークラ出版平成二十年刊
もう一冊は「歴史通」ワック出版平成二十九年刊

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どちらにも関勇氏の証言を掲載しているが「歴史通」の方に余計なものを書いている。
青葉園で営まれた慰霊祭に出席し、「悲劇」として産経新聞の平成七年六月二十九日の記事よりの引用として
<昭和二十一年六月二十日の満州・新京(長春)。旧ソ連軍に留め置かれ、長春第八病院で働いていた松岡喜身子さん(七七)ら二十数人の従軍看護婦は、絶望のどん底にいた。
その夜、ソ連軍の要請で軍の救護所へ仲間六人と“応援”に行っていた大島はなえ看護婦(二二)が、十一発もの銃創を受けながら一人逃げ帰り、救護所の実態を伝えて息を引き取った。
「日本人看護婦の仕事はソ連将校の慰安婦。もう人を送ってはいけません」
大島さんの血みどろの姿に、喜身子さんはぼうぜんとし、涙も出なかった。「ロシア人は日本人を人間とすら扱わないのか…」
だが、悪夢はその翌朝も待っていた。
二十一日月曜日午前九時すぎ、病院の門をくぐった喜身子さんは、病院の人事課長、張宇孝さんに日本語でしかられた。
「患者は来ているのに、看護婦は一人も来ない。婦長のしつけが悪い」
「そんなはずはありません。見てきます」
胸騒ぎがして、看護婦の大部屋がある三階に駆け上がった。ドアをノックしても返事はない。中へ飛び込むと、たたきには靴がきちんとそろえてあった。
線香が霧のように漂う暗い部屋に、二十二人の看護婦が二列に並んで横たわっていた。満州赤十字の制服姿で胸に手を当て、眠っているようだった。寝乱れないよう、両太ももを包帯や腰ひもで縛っていた。
「死んでいる…」。満州赤十字の看護婦は終戦時、軍医から致死量の青酸カリをもらい、制帽のリボン裏に隠し持っていた。机上には、二十二人連名の遺書が残されていた。
〈私たちは敗れたりとはいえ、かつての敵国人に犯されるよりは死を選びます〉

これは産経新聞記事の引用である。
この記事を書いたのは阿比留瑠比氏であることを阿比留氏が自身のホームページ「国を憂い、われとわが身を甘やかすの記」で書いている。
http://abirur.blog.jp/archives/1000537591.html

堀喜身子の犠牲者というか嘘を信じた方がもうひとり。
下記は名越二荒之助氏の著書よりの引用である。
<地蔵尊の後ろには、この事件に関わった看護婦三十二名(殉難死二名、集団自決二十二名、南新京駅で自決三名、行方不明三名、ソ連兵と結婚一名堀婦長)の名前が刻まれた墓碑銘も建てられており、命日の六月二十一日には、有志によって毎年法要が行われている。>
「世界に開かれた昭和の戦争記念館 第五巻 すべての戦歿者に捧げる 名越二荒之助」展転社 平成十四年刊 P一四八

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巻末には資料提供者及び協力者として松岡喜身子(故人)の名前も掲載されているし、青葉地蔵尊で写した写真も掲載されている。

名越先生ともあろう方が、詐欺師の堀喜身子に騙されたのかもうメチャメチャである。
名越先生もネットでの写真を見ると青葉園まで足を運ばれているようだが、碑に刻まれた名前さえも確認しなかったのであろうか。
刻まれている名前は三十二名だが、堀喜身子の名前はどこにも刻まれていない。
コピペはしても検証など一切しないあの愛国商売人の小名木善行氏も堀喜身子の名前が刻まれていると書いていたが、名越先生が「墓碑銘」とされているが生きている人間を墓碑銘に刻む必要もないので、結婚した一名も含め堀喜身子の名があってはおかしいのではないか。

ただ、ソ連兵と結婚というのは名越先生のこの著書で初めて出てきたことであるが、慰霊碑にどうして無事な人間の名前が堀を含め二人も刻まれていると堀喜美子が言っているのである。堀喜身子の証言のいい加減さがよくわかる。

あと、名越先生の著書には堀喜身子の当時の写真と自決したという従軍看護婦の写真が掲載されていたが名前は誰も載っていない。

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そして、詐欺師堀喜美子自身の生前の写真も掲載されていた。

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何度も書いたように、このような多くの悲劇はあったであろうが、事実と確認できないことを事実と書くと支那人朝鮮人と同じになる。
少なくとも堀喜身子の行動及びこの慰霊碑にはあまりにも矛盾点が多すぎる。
この話を悲劇として広めることは日本人の恥である。
ちなみにねずさんこと小名木義行氏は検証も何もしない単なるコピペ愛国商売人であるから小名木氏には何を言っても無駄である。

あほらし

参照→青葉慈蔵尊 堀喜美子(喜身子)の疑問点および小名木善行氏について

今日もめちゃ暑かった

目黒の清水さん来店。
二名様来店。
Oさん来店。

ドンチャン。
記憶あり
猿よりマシ