辛淑玉女史と帰化申請の虚構

辛淑玉女史と帰化申請の虚構
文責はすべて、酒たまねぎや店主の木下隆義にございます。


 
平成20年4月11日金曜日晴れ ○
 在日朝鮮人ということを免罪符としている姜尚中氏。帰化するつもりもなく、在日朝鮮人のまま特権だけ寄越せと騒いでいる朴一氏や、辛淑玉女史。 その辛淑玉女史は帰化しようとしたが、日本の帰化制度のせいで帰化できなかったと、手元にある自身の著書「韓国・北朝鮮・在日コリアン社会がわかる本」(KKベストセラーズ 一九九五年刊)において下記のように帰化をしようと思った時の事を書いています。
以下引用
 瞬間的に思う事はよくあります。
 在日コリアンであることがプラスになることが少なかったために、日本人になりすます生活が楽に感じられたからです。
 しかし、日本への「帰化」は、諸外国でいうところの「市民権」とは異なり、民族と国籍をイコールで考えています。ですから、日本の国籍を取得することは民族を否定することになるため、どうしても踏ん切りがつかないのです。
 一度、法務省に帰化申請を取りに行った時、日本名は当用漢字など決められた文字を遣うように、との指示をされました。「辛」も「淑」「玉」もすべてその中にあるので、そのまま「シンシュクギョク」でいかがかと申し出たところ「それでは良き日本人になる意思が感じられない」との理由で、申請書さえもらえませんでした。では「譲司」や「真理亜」はどうなのかと食下がったら、怒られてしまいました。
 良き日本人になるのは、日本人以上に難しいものです。
引用終わり
(P一九七)

 そして、こんな辛淑玉女史は何と自身の体験を国会において厚かましくも参考人として開陳しています。
 以下引用
 これは法務省に行った時の話ですが、私は帰化したいと思いました。というのは、百万回帰化したいと思うのですね。それから、帰化した私の周りの朝鮮人たちは威張るんですね。おれは帰化ができる人間だみたいな。結局、自分をそこいらにいる朝鮮人とは違うんだよということを誇りにしたいのかも知れません。
 引用終わり
(一九九九年八月三日、国会衆議院法務委員会議事録第二六号、十六頁)

 <日本への「帰化」は、諸外国でいうところの「市民権」とは異なり、民族と国籍をイコールで考えています。ですから、日本の国籍を取得することは民族を否定することになるため、どうしても踏ん切りがつかないのです。>
 辛淑玉女史は日本国籍取得がどうして、民族の否定につながるのか。当店のお客様で、支那から日本に帰化された方がいらっしゃいますが、その方は支那名のまま帰化されています。在日朝鮮人が普段は通名という偽名をなのり、都合のいい時だけ朝鮮を振りかざす方がよほど民族の否定ではないでしょうか。
 <良き日本人になるのは、日本人以上に難しいものです。>と辛淑玉女史は書くが、在日朝鮮人の帰化申請は一九九五年ですら一〇三二七人中九三人とわずか一%未満が不許可になっただけであり、九九%が認められている。
九十九%が許可になる現在の帰化制度を「良き日本人になるのは、日本人以上に難しいものです。」と流石は偽証が我が国の六七一倍(朝鮮日報二〇〇三年二月一三日)という民族の特徴はこういうところにも現れている。

 辛淑玉女史によるアホな本「韓国・北朝鮮・在日コリアン社会がわかる本」につきましては私自身の感想がございますが、辛淑玉女史の「帰化申請体験キャンペーン」の虚構については、自身も帰化した体験を持つ朝鮮系日本人である浅川晃広氏が著書「在日論の嘘」に下記のように書いています。
<まず、「法務省に帰化申請を取りに行った」という記述が、信憑性に欠ける。帰化申請は、法務省民事局の出先機関である「法務局」に出向き、そこで必要書類を取りまとめ、正式に申請し、法務局での調査を経て、申請書が法務省本省に送られ、最終的には法務大臣の決裁の後、官報告示を経て正式許可となり、本人に通知される。
 このため、申請者本人は絶対に「法務省」に行く事はない。おそらくは「法務局」の誤解だと思われる。
 そして、この「申請体験」の最大の問題点は、「いつ」のことかが全く触れられていないことだ。
引用終わり
 
 そして、浅川氏は同じ著書で、辛淑玉女史が他の本(「月刊民主」一九九三年三月号のちに「福島瑞穂の新世紀対談」明石書店刊に再録)での帰化申請体験談も問題にしている。
 辛淑玉女史は帰化申請を何回かしたことがあり、弁護士と一緒に行ったが、結局必要な書類も全部くれなかった。お金があっても、自分の家がないといけない。最期に警察の地域社会に対する聞き込み調査がある。などと福島瑞穂女史との対談で述べている事の内容の嘘について指摘しています。
 まず、ここでも「いつ」という時期に触れていない。帰化申請では行政書士に依頼したりすることはあるが、弁護士はまれである。申請行為そのものは自分でしなければならないもので、通常の帰化申請でほとんど考えられない異常な行為とまで書いています。
 そして、「お金がないと帰化できない」「家がないと帰化できない」についても大いに疑問であるとして、朝鮮人帰化許可者の例として、主婦、学生、パート、アルバイト、無職までいることをあげています。
 警察による調査についても、法務局担当員による調査が申請者本人に対する訪問調査が行われたのが一〇%未満の例をあげて、多くの申請者にはその訪問調査すら行われていない現状において、警察のしかも地域社会に対する聞き込み調査というのはあまりにも現実離れしていると書いています。
 ましてや、辛淑玉女史はあの上野千鶴子女史との共著「ジェンダーフリーは止まらない」(松香堂書店刊)では「申請書が通った後に、公安の調査が入るわけですよ。これがまたひどいんです」(P一〇四)と福島女史との対談時の「警察の聞き込み」から「公安」まで一気にレベルアップしているそうです。浅川氏は二〇〇二年現在の一四三三九人という膨大な帰化申請者数をあげて、あまりにも酷い実態との懸け離れた辛淑玉女史の発言の問題点を指摘しています。  
 そして、浅川氏は辛淑玉女史の自ら帰化申請しなかったことに正統性があり(判明しているのは二〇〇一年三月二二日の福島瑞穂女史の国会での発言により一九八七年ころというのみ)
「民族性を否定する」帰化制度、日本政府こそ問題であると煽動する辛淑玉女史の姿勢を批判しています。
 
 先日の日記にも書きましたように、外国人が日本人になるのに、審査がありその審査がある程度厳しいのは当然であり、他国ではその審査が厳しくなっているのが現実です。このような反日を商売にして、我が国でのうのうと生きている面の皮の厚いこのような人間が朝鮮系日本人になっても我が国にとって害になれこそすれ、国益になることは万に一つもありえないでしょう。
 辛淑玉女史、本当に在日朝鮮人の人々にとっても恥ずかしい存在の人間だと思います。