猪口邦子という売国奴

猪口邦子とジェンダーフリー
文責はすべて、酒たまねぎや店主の木下隆義にございます。


平成17年11月14日月曜日 くもり 平成17年12月23日一部追記
今回の小泉総理大臣の新しい閣僚人事で新しい「男女共同参画担当相」とかいうのになったジェンダーフリーの闘士である猪口邦子女史は、自民党の良心ともいうべき山谷えり子参院議員が担当政務官に任命され「ジェンダーという概念が重要なことは理解してもらえると信じている。政府の要職につくと柔軟な立場になることはよくあること」「副大臣、政務官と一致団結していると確信している」と山谷議員を牽制したそうです。(11月9日産経新聞)

今、小学校、中学校などで生徒に異常な性教育が現場の教師により行われている事が山谷えり子議員の質問などで国会でも問題になりました。
余り知られてはいませんが、男女共同参画という訳の判らないものに我国は防衛費予算四兆九千億円の倍以上の年間九兆九千億円(平成16年度)もの巨額の予算を組んで推進ししています。猪口邦子女史が信奉している男女共同参画というものはどういったものでしょう。男女共同参画とジェンダーフリーとは表裏一体で、それについては雑誌「正論」2005年11月号、12月号に桜井祐子氏が下記のように書いていらっしゃいます。
以下引用
ジェンダーフリー思想(男女の区別の否定)は、十九世紀のシャルル・フーリエ(空想社会主義社)から始まっています。実際に共同農耕社会を形成して、家族制度を否定し男女が自分の意思で関係しあう任意結婚が実施され、それで誕生した子供たちは共同で育てる実験が行われました。
この思想はマルクス、エンゲルスを経て、レーニンがロシア革命時に「性と女性の解放」をスローガンに掲げて政策として採用します。家族制度の廃止を呼びかけ、家事労働や保育を共同化し、堕胎を奨励したことから、実質的にフリーセックスになり五百万人の私生児が誕生して、非行少年が増加して社会が大混乱します。結局は、社会主義の実験でもフリーセックスは成功せず、 スターリンの登場で、こういった実験は終止符が打たれます。
故・山本直英氏らジェンダーフリー思想信奉者たちの理論的支柱になっているのが、ヴィルヘルム・ライヒ(ドイツ、フロイト左派)です。彼の師であるフロイトは無神論者で、肉体的快楽や性的エネルギーを容認していましたが、本能の抑制によって文明が形成されると説きました。
ところがライヒは「あらゆる神経症は、性器性欲の障害(抑圧)から生じる」として、「性的エネルギーの全面的解放によって初めて精神の健康を取り戻すことができる」として、性を抑圧する一切の道徳を否定しました。
また、性的エネルギーを全面解放することで、性道徳を含む社会倫理や家族制度、国家秩序を解体できると主張しました。つまりライヒは、性道徳を破壊することで、社会・国家を転覆し革命することができると説いたわけです。
略)
こうした理論を具体的に実践したのが連合赤軍です。森恒夫は永田洋子たち女性闘士が、女性用の下着をつけたり化粧をしたり、髪をとかすことまでも「ブルジョア的」として厳しく糾弾し、女性である前に革命闘士であることを求めました。
ジェンダーフリー思想の核心には、フーリエやライヒの流れを組む共産・革命思想がありますが、ロシア革命や連合赤軍の実践を通してその破綻は明らかになっています。
ところが彼らは、その失敗を省みず、あるいはそれに無知で、保育園・幼稚園や学校現場に導入し、判断力も思考力も十分育っていない子供達に植え付けようとしてきました。人間として備えるべfΨ恥心を剥ぎ取って、乱交を奨励することで、個人から国家まで破壊しようとする彼らの意図が透けて見えてきます。
引用終わり
(正論2005年11月号「セックス・アニマル育てる性器・性交教育の実態」桜井裕子 p329~330)

つまりジェンダーフリー推進派=男女共同企画社会推進派とは社会秩序、国家秩序崩壊を目指しているのです。それは九兆九千億円という巨額の予算を使って、このとんでもない活動が全国で繰り広げられているのです。施設として豊富な予算により全国に女性センター、女性関連センターなどが365ケ所も作られ、そこに税金で東大の上野千鶴子、タレントの遥洋子、評論家の吉武輝子、元全共闘の闘士であった金谷千彗子中央大学研究開発機構教授(京都府女性政策推進専門家会議委員の顔も持つ)やジャーナリストで同じく京都府女性政策推進専門家会議委員の顔も持つ木下明美などが講師として講演を行い2時間で五十万円もの謝礼を受け取っています。(広島県廿日市市の例)
国家解体論者であるプロ活動家の活動資金を税金で賄っているのです。こんなバカな事はありません。信じられない話ですが本当の事です。

猪口女史と売国奴との関係
11月16日水曜日晴れ 寒い △
猪口女史の続き
ジェンダーフリーを強力に押し進める猪口邦子女史と他の売国奴との関係について同じく桜井氏の文章より見てみますと、橋本龍太郎、石原信雄、そしてやはりというか当然、国家解体論者としては絶対にはずせない野中広務の三人が登場します。
まず平成九年当時首相であった売国奴橋本龍太郎時代には行革会議や男女共同参画会議で行革委員として強力にジェンダーフリーを押し進めています。それについては後に猪口女史は、縫田嘩子女史(NHK、美濃部東京都政で民生局長、国立婦人教育会館初代館長、市川房江記念会理事長をへて、94~97年、総理府男女共同参画審議会会長)が編者を務めた『あのとき、この人』(ドメス出版、二〇〇二年二月刊)にその時の事をつつみかくさずに語っています。
以下、抜粋、引用
縫田
省庁再編に伴い、二〇〇一(平成十三)年一月に内閣府に男女共同参画会議が発足しますが、これは一九九六年十一月設置の行政改革会議委員とし猪口さんが女性行政推進機構の充実強化のために大変ご努力いただいた成果で、本当にありがたく、嬉しく思っています。
猪口
わが国における女性行政について、どういうところが司令塔となって行政各部に指示できるような体制を整えるか、という考えがこの頃(注・総理府、婦人問題企画推進本部機構に関する検討会と小委員会)生まれたんだと思います。……器を制度設計するときは、できるだけ耐用年数があるような、いろんな時代の変化に柔軟に対応できるようなものをと考えると、すべての行政分野にきちっと指示を下せるようなところに司令塔をと思いました。しかし内閣の制度からして、分担管理の原則によりそれぞれの行政各部は権力関係において独立し、かつ横並びなのです。レたがって司令塔という、半格上のところを、どうナショナル・マシナリーとしてまとめるかが非常に難しい制度設計だったと思いますが行革会議ではそういうことを理解してくださる方もおられました。

猪口
(橋本総理に)「私案ができたのでこれについてよろしく」と手紙を添えて。これは総理の手にもちゃんとわたり、「読んだ。上出来だ」と褒められたり(笑)、「内閣府に設置する会議がいいぞ」と教えていただいたり、
縫田
それはどういうときに教えてくださったのですか。
猪口
内閣府ができることがだいたいまとまり始めたとき、実は内心は不安でした。
しかし橋本総理が直々にある会議の後で、「猪口さん、知恵をつけてあげるから僕のいうことを信じなさい。これは内閣府の形をとるのが一番いい。そこに入れなさい」と教えてくださったのです。「やはりそうですよね」と確認しましたが、総理はこの間題を理解し、必要性を認識しておられたのですね。… まだ見たこともない内閣府に対しては最後まで不安が残りましたが、話しているうちに、他の重要分野も協議体の形になって総理直属のものになり、他の行政の剖分にも支持ができる、大臣も呼び込めるようになるということで、大丈夫かなと思いました。
そういうこともあり、総理には必ず会議へのぺーパーの下書きをお見せし、それへのコメントは秘書官を通じていただきました。それをワープロで清書して会議に出しましたが、その場合、事務方が用意した他の原本も見せてもらって形式を整え、文言まで完全に同じようにしました。それが成功したと思いますが、そういう技術的なことの細部にまで神経を使いましたね〉
(『あのとき、この人』より)

そしてこれについて桜井氏は下記のように続けています。
つまり、男女共同参画審議会が内閣府の男女共同参画会議になり、それを所掌する男女共同参画室が男女共同参画局になり、「各省を串刺しにできる」ほどの強大な権限を持つにいたったのは、橋本龍太郎総理と猪口邦子上智大学教授の”共同謀議”があってのことでした。この二人の策動がもとになって昨今のジェンダーフリーの嵐が日本全国に吹きまくっていることを思えば、姦計の誹りを免れることはできません。
たしかに、これほど大きな組織改革ですから、総理大臣の強力なバックアップがなければ不可能といえましょう。

ジェンダーフリーと野中広務という売国奴との関係
11月19日土曜日晴れ △ S
縫田氏が猪口氏の事を書いた同じ著書で男女共同参画というジャンダ-フリーに強力な援護をしたとして石原信雄と野中広務の名前がでてきます。
石原信雄については
〈縫田
婦人問題担当大臣を置くことを発案されたのは実は石原さんです。これはご本人に伺ったことですが、女性問題が非常に多様化、複雑化してきているなかで、労働省は労働省なりに実績をあげているが、一省庁では限界があり、内閣に担当大臣を置くのがよいと考えつかれました。そして事前に労働省に連絡すると必ず反対されるので、担当大臣を新設することを決めてから労働次官に「よろしく頼む」といわれたそうです。現在は内閣府に男女共同参画会議、男女共同参画局が位置づけられていますが、そのときすてに内閣に中心がなければと考えられたのですね〉(『あのとき、この人』)と縫田氏は語っています。

野中広務については
「官房長官の担当大臣は強みで、最終の段階では野中広務官房長官が大きな力になられました」(同書)と、縫田女史は山口みつ子女史(市川房枝記念会常務理事.男女共同参画審議会委員、同会議議員)に感謝を込めて語っています。
〈縫田
基本法についてはすでに筋道ができていましたが、それでも国会で可決二するにあたって自民党実力者の野中さんが担当大臣だったことは幸運でした。また参画室が弱体なのでレベルアップをしてほしいという要望は国際婦人年連絡会などからも強く、「局」にと皆が願っていましたので、野中さんに直接話したことがあります。ちょうど省庁再編で局を減らしているときなので無理だろうと内心思っていましたが、一二八局を削減するなかで唯一男女共同参画局を増やして九六局になりました。小渕総理の閣議での一声ですが、やはり野中さんの力ですね。
山口
とにかく厳しい行革の嵐のなかでよく局に昇格したと思います〉
〈縫田
そのとき、私は参議院本会議場の傍聴席にいた。一九九九年五月二一日午前一一時過ぎ。参議院の先議で緊急議題として提案された男女共同参画杜会基本法案が全会一致で可決されたときである。議員席に深々と頭を下げた男女共同参画担当大臣の、野中広務内閣官房長官にたくさんの顔と姿が重なった。一九七五年の国際婦人年以来、総合的な女性行政の推進を願い、四半世紀にわたり努力を重ねた人たちの顔と姿が〉

以上の桜井裕子氏の記事より石原信雄と縫田嘩子女史、そして橋本龍太郎と猪口邦子女史、仕上げは野中弘務とみごとに売国奴がみごとに繋がって我国にジェンダーフリーという異常な思想を蔓延らせ国家解体目指していることが判ります。
このような異常な思想の女性が我国の大臣を務めているのです。
そして、何度も書きますが、防衛費の倍以上の九兆九千億円もの予算がこんなくだらない事というか国を滅ぼすために使われているのです。
即刻、こんな事はやめてほしいものです。


男女共同参画という発想の根拠にある捏造
平成19年10月10日水曜日曇り
<「ジェンダーフリー」のシンボルはカタツムリだそうで、男らしく、女らしくというのは男女差別だそうですが、まったくバカバカしい事です。
男性とまったく同じ能力を女性に求めるほうもおかしいし、その逆もおかしいです。お互いに足りないところを協力しあって補っていけばいい事だけののですが、「ジェンダーフリー」とかを叫んでいる連中は違うらしいのです。単純な生物上の区別や「男らしさ」「女らしさ」といった観念まで否定し「ひな祭りや端午の節句は男女差別につながる」とかいっているバカどもです。>

以前、日記に(平成16年八月16日)にこのように書いたら、「どこに男性とまったく同じ能力を女性に求めているか」と書いて来た女性がいました。当然、御自分の名前も何も書いていません。

私は誰が言ったと引用するわけでなく、書き方に誤解をまねいたかもしれませんが、その後に続いて書いていますように「ジェンダーフリー」を叫ぶひとたちが、単純な生物上の区別(男と女という)および「男らしさ」「女らしさ」といった観念まで否定しているということに続いているように書いているつもりです。
ただ、平成十六年十一月二十七日に開かれた湘南地区教職員組合の「母と女性教職員の会」の「自立と共生」分科会において神奈川県教職員組合女性部代表、大貫佳久美氏は「私の子供たちが通っていた東京の小学校は徒競走などもずうっと男女一緒でした。私の子供が男女一緒の徒競走で一番を取った時、『やっぱり男の子は速いわね』と、周りの方々から声をかけられました。違うんです。うちの子が速いんです。なぜなら息子は地域のサッカーチームに入って、毎日走る練習をしていました。男の子だか上位になったのではありません」とおっしゃっています。

私は「男と女は生まれながらではなく、意識や育ち方により生物学的性別が変わる」という考え方がおかしいというこということを言っているつもりです。大沢真里氏や船橋邦子氏の考え方はおかしいと思います。病気の方以外は男は男、女は女であり、男らしさ、女らしさというものが必要であると思いますがいかがでしょう。と返事を書かせていただいたのですが、その後はなしのつぶてです。

八木秀次高崎経済大学助教授が「嘘から始まったジェンダーフリー」という論文を正論二〇〇五年二月号に書かれています。それによると、ジェンダーという概念について大沢真理東大教授は「生物学的性差は、セックスだけど、それとは一応区別されてる、ありとあらゆる文化や社会が作りだした男らしさや女らしさの通年、つまり男女を区別している線、これは人工的に作りだされたものだから、人の意識的な営みによって崩していくことができる」
「セックスが基礎でジェンダーがあるのではなくて、ジェンダーがまずあって、それがあいまいなセックスにまで二分法で規定的な力を与えている。けれど本当はあなたのセックスはわかりません、ということです」
(「上野千鶴子対談集 ラディカルに語れば」平凡社より)
ましてや、同書では大沢女史は「女で妊娠したことがある人だったらメスだといえるかもしれないけれども、私などは妊娠したことないから、自分がメスだと言い切る自信はない」とまで宣わっているそうです。
大沢女史が監修に名を連ねている高校教科書では「生物学的性差について明らかな事は、妊娠の可能性を女性はもつが男性はもたないということだけである」(高校家庭科教科書「家庭一般21」実教出版)
となっているそうです。

同様に
「生物学的性別は多様なのですが、女/男と二分化する社会的性別によって生物学的性別も二つに分けられているのだということが明らかにされました。このことは、今まで生物学的性別が社会的性別を決めているという常識をくつがえしたことになります。
今日では、生物学的性別であるセックスが社会性別であるジェンダーを決めるのではなく、社会的性別・ジェンダーが生物学的性別・セックスを規定するのだと、女性学ではいわれています」
(知っていますか?ジェンダーと人権一問一答」解放出版社 二〇〇三年より 船橋邦子和光大学教授)

八木氏はこの大沢女史、船橋女史の依拠にしている学説として、子供達の性のアイデンティティを決定づける主要因は生物学的なものではなく、その子供がどう育てられたかであるというアメリカの性科学者ジョン・マネーの学説をあげています。
そして、このジョン・マネーという学者が一九六七年にカナダ生まれの一卵生双生児に対しておこなった人体実験ともいうべきものは結果的に失敗に終わっています。この一卵生双生児の兄の方が生後八ヶ月の時に包茎手術を受けた際に医師の過失により電気メスでペニスが焼き焦がされてしまった。マネーは女性として育てれば精神的には女性として成長し、男性に対して性欲を抱くようになるだろうとその子供の良心に性転換手術をすすめ、それを実行した。
これにより兄はブレンダという女の子として、弟はブライアンとして育てられる事になった。
「乳児期にはこの双生児のうち支配的なのは女の子の方だったが、子どもたちはが四歳になった頃には、どちらかが女の子でどちらかが男の子か誤解するようなことはなくなった。五歳になると、幼い女の子はすでにズボンよりスカートを好み、髪にリボンを飾ったり、ブレスレットやフリルのついたブラウスを着るのを喜び、パパの小さな恋人であることを嬉しがった。(中略)母親の報告では、五歳のときのクリスマスにもらいたいプレゼントのリストの筆頭は人形と人形用の乳母車であり、男の子とは正反対にきれい好きで好みがやかましく、長い髪を喜んでいろいろなヘアスタイルを試したり、台所仕事をしばしば助けようとしたという」
(マネー「性の署名」人文書院 一九七九年 原文は一九七五年刊)

ところが、これは嘘だったのである。八木氏はこのことを「ブレンダと呼ばれた少年 ジョンズ・ホプキンス大学病院で何が起きたか」(ジョン・コラピント著 無名舎 二〇〇〇年)を基に書いている。
それによると、ブレンダには最初から女らしいところは微塵もなかった。ドレスは引き裂こうとし、父親の鬚剃りに興味を持った。去勢後もおしっこは立ってしていた。思春期には声変わりもし、体毛も生え、誰がどう見てもブレンダは男であったのである。
ブレンダの行動は母親からマネーに報告されているが、マネーは「時間が経てば全て解決する」などと言いながら、これらの事実を隠し続けた。そればかりか、マネーはブレンダに対して女の子としての自己認識を植え付けようと膣形手術を要求し続け、豊胸のための女性ホルモンを飲ませた。また、ポルノを見せたり、弟のブライアンと性行為の真似事までさせた。
ブレンダは十四歳の時に両親から事の真相を告知され、それを切っ掛けに男に戻ることを決断する。一九八〇年にはディヴィッドと名前を改め、男の人生を取り戻す。
マネーはその頃より「双子の症例」について言及しなくなる。同僚たちには「追跡不可能」になったと嘘をつき続ける。
ディヴィッドはペニス再形成手術を受け、三人の連れ子を持つ女性と結婚生活を送るが、二〇〇四年五月に三八歳の若さで自殺する。
母親は「ディヴィッドにはつらい思いをさせた。あの惨たらしい実験がなかったら、あの子はまだ生きていたでしょう」と言っている。

「ブレンダと呼ばれた少年」はどういうわけか売れ行き好調にもかかわらず突然、絶版にされ、一時、古本として高値で取り引きされた後に、扶桑社から再刊されました。それに対してマネーの「性の署名」は破綻した学説であるに関わらず、増刷され女性学のテキストとして読み継がれているそうです。

つまり、我国が現在九兆円以上もの国家予算を組んでいる「男女共同参画」はその根拠が破綻した学説が元になっているからには、その抜本的見直しが早急に必要なのです。

「メイドを守れ!キャンペーン展開」とかいうニュース
以下引用
メイドを守れ?。東京・秋葉原で11日午後、メイド系カフェなどの経営者や従業員、警視庁万世橋署が犯罪防止と街の健全化を目指し、「万世橋メイド系店舗防犯連絡協議会」を発足させた。「全国地域安全運動」(11?20日)に併せ、メイドや警察官約30人がチラシを配布してキャンペーンも展開した。
同署によると、秋葉原では2?3年間でメイド系店舗が急増。80以上の店がカフェ以外にも、マッサージや酒、耳かきなどのサービスを提供しているが、メイドへの強制わいせつやストーカーも問題となっている。
(時事通信社?-ハ10月11日 21:02)
引用終わり

これって、普通は単なる防犯キャンペーンだとおもうのですが、わざわざ「メイドを守れ」ってなんか違和感ありあり。

ホセさん二名様で来店。マルガリータさんSさん来店。アンコウ鍋。Sさん二名様で来店。Kさん二名様で来店。わ。さん彼女と妹さんと来店。Tさん二名様で来店。マロさん来店。
ドンチャン。営業終了後、西荻で「ひげ」のマスターとドンチャン。記憶無し。
韓協力?猪口のバカさ加減
文責はすべて、酒たまねぎや店主の木下隆義にございます。


平成18年7月19日水曜日雨 ○
これって、何か意味あるのだろうか。
以下引用
少子化対策、韓日で協力体制を構築・推進
http://japanese.yna.co.kr/service/article_view.asp?News_id=062006071804200&FirstCd=01

保健福祉部の柳時敏長官は18日、日本の猪口邦子・少子化担当相と会談し、少子化対策について意見を交わし、克服に向けた協力体制を構築することで合意した。

今後、交流や共同シンポジウムの開催、共同実態調査活動などを行うとしている。
この会談で韓日双方は、出産率の低下は経済的負担や仕事と家庭の両立の難しさ、若い世代の家族観の変化などが複合的に作用した現象であり、人的資源に対する投資の拡大など社会政策を強化すべきとの考えで一致した。

★男女平等実現 日韓連携で一致
・韓国を訪れている猪口少子化担当大臣は、チャン・ハジン女性家族相と会談し、少子化対策を進めるうえで、男女が性別に関係なく能力を発揮できるようにすることが重要だとして、日韓両国が連携して男女平等の実現に向けた取り組みを進めることで一致しました。

この中で、猪口少子化担当大臣は「少子化対策を進めるうえで、女性の雇用や仕事と子育ての両立を支援し、男女の平等を実現することが重要だ。日本と韓国は文化的な環境が似ているので、日韓両国が共同で意識調査やシンポジウムなどを行っていきたい」

と提案しました。これに対し、チャン・ハジン女性家族相は「ぜひ協力したい。韓国では歴代大統領のトップダウンで男女平等が急激に進んだが、女性の雇用の拡大が引き続き課題となっている」と述べ、日韓両国が連携して、男女平等の実現に向けた取り組みを進めることで一致しました。このあと、猪口大臣は記者会見し「出生率の急激な低下という共通の課題を抱える中で、韓国側と前向きな会談ができた。日韓両国が知恵を出し合って、少子化対策の底上げを図っていきたい」と述べました。

http://www3.nhk.or.jp/news/2006/07/19/k20060719000125.html

引用終わり

自分のゼミをおっぽりだしといて、上智大学をクビになった(退職金はしっかともらっている)猪口邦子女史がやっている事だそうだが、小子化対策に南朝鮮と協力体制を構築して我が国に何かメリットがあるのか。
な~んにも無いように思う。

猪口邦子議員の軍縮大使時代
文責はすべて、酒たまねぎや店主の木下隆義にございます。


平成20年5月7日水曜日晴れ ○
先日、小池百合子議員、佐藤ゆかり議員、そして、猪口邦子議員の三人が共同で記者会見し、政策ユニット?を結成した事を報告したそうですが、古森氏は著書「亡国の日本大使館」で、当時民間人であった猪口氏が軍縮大使に起用されたことについて、外務省のお気に入り学者の登用として下記のような事が掲載されています。
以下引用
猪口氏がこれまで外務省の政策や制度を表だって批判する事など、なかった人物だということである。
外務省は国際問題を専攻する民間の学者や研究者たちのなかの特定の人たちを日頃から優遇している。国際会議への招待、ODAなどの視察旅行への招待。審議会、研究会メンバーへの任命、依託研究の発注、研究資金、留学資金の供与や補助、情報の供与、外務省関連の刊行物への論文執筆依頼など、手段は多様である。
外務省は直接、間接の方式で、表面はあくまでアカデミズム活動の奨励という形式をとり、東大の某教授、慶大の某教授、同志社大の某教授、というふうに便宜を与えるのだ。こうした利益を受ける側の学者は外務省への批判や反対は絶対にといってよいほど、表明しない。逆に外務省の思考や政策に沿った主張をマスコミなどに発表することが多い。となると、外務省から可愛がられるペット学者だといえる。ODA削減や集団的自衛権行使を唱えるような学者は絶対にここに含まれない。
日本で外国に関する情報は政府、つまり外務省の独占が激しいから、国際問題に取り組む学者、研究者にとっては外務省からの支援は貴重である。政府機関への依存度がアメリカの学者などよりずっと高くなるのだ。
外務省の側はそれをよいことに日頃からこうしたペット学者をコントロールし、自分たちに都合のよい情報や政策の宣伝に動員する。
私は猪口氏が外務省のペット学者などという失礼なことを述べる気はない。はっきりペット扱いされている他の学者なら何人かはただちに名前をあげることができるが、晴れらと猪口氏は少なくとも改革が緊急課題となる前の時代から外務省のお気に入りだったことは間違いない。これまでの外務省との関係が密接で、外務省がらみの活動に加わることが多く、外務省からみれば明らかに制御できる範疇の人物なのだ。これまで外務省のあり方の欠陥を指摘し、その改革志向の実績をかわれて起用されたのではないことは明白である。
第二の理由は、猪口氏が学者としてこれまで外務省内部の守旧派に似た政策や思考を表明してきたことである。安全保障や軍縮という分野で、そうなのだ。外務省の安保面での守旧派とは、とにかく対立を避け、日本以外の安全保障にかかわることに反対する一国平和主義、軍縮や軍備管理も相手側の出方にかかわらず、こちら側の軍事力削減を説く一方的軍縮、力による抑止や均衝で平和を守るという一般的国家の要件を日本は満たすべきでないというハンディキャップ国家論などを唱えてきた連中である。
とにかく摩擦を避けることを優先するから、冷戦中はソ連の軍事脅威を指摘することがなく、ひたすら西側にソフトな姿勢を求めるという主張が多かった。
二〇〇二年四月一三日に朝日新聞に載ったインタービュー記事でも猪口氏は大使の職務への抱負として「持続的軍縮という概念を訴え、米国も説得したい」と述べている。日本の安全保障にとっての軍縮ならば、同盟国のアメリカの説得よりも、まずお隣の中国の軍事力大増強への説得が先なのは常識だろう。
さらに猪口氏はアメリカ中枢攻撃の同時テロへの対応でも、アメリカの対テロ戦争や日本のその戦争支援に明らかに反対していた。テロからほぼ一週間後の二〇〇一年九月一九日の毎日新聞に載った論文では次のように述べている。
「米国がテロに対して空軍や地上部隊を全面投入して反撃すれば、自ら戦略的エスカレーションを遂げることになり、(中略)戦略的合理性は成立しにくい」
「(米国が)犯人ネットワークへの対処のための危機管理交渉に成功することを祈りたい」
つまりはテロリストに戦いを挑まず、危機管理交渉をせよ、というのだ。もしアメリカがそんな道を選んだら、ビンラディン一派もタリバンもテロ実行の戦力を温存したまま、いまもまだ健在だっただろう。そもそも交渉という概念を冒頭から否定して無差別の暴力を手段とするテロリストと交渉しろ、というのだから、小泉純一郎首相の考え方とも根本から異なるといえる。
安全保障についてどんな場合でも「とにかく話し合いを」というのは旧社会党の非武装中立論にも通じる旧態依然の戦後日本的思考である。外務省も実は多分その主要な一画をになってきた。
だから猪口氏のこれまでの学者としての軌跡も外務省のその旧思考寄りの感じが強いのである。
引用終わり(P二四九~二五二)

それについては、手元にある産経新聞の猪口邦子氏の軍縮大使を退官し、上智大学に奉職したときの四日間に渡って掲載されたインタビュー記事の切りぬきからもうかがえる。
以下引用
私はけっこうタフ・ネゴシエーターですから、最終的には、相手から譲歩を引き出す事が多かったですね。(産経新聞一六年九月一五日)
私が考える国益とは、国際舞台において日本が中心になることです。知的なリーダーシップをとり、多くの国が日本のいうことを聞き入れてくれる。「あの国はパワーがある」と思われる国には、変なことを仕掛けてきません。それが、日本の安全保障につながります。
これまでの外交は、米国の態度をチェックしたり、様子見をする外交が多かったでしょう。私は、それを日本から条約案を提出したり、日本が議長をとる積極外交にしました。私の任期の特徴は二年間で三つの議長職をしたことです。同時期の各国の代表の中では最も多い。軍縮を進めるにあたり、日本が影響力を最大限に発揮できる方法を考えた結果です。(産経新聞平成一六年九月一五日)
引用終わり

このインタビュー記事では、米国、そしてロシアに対しては言及しているが、核弾頭ミサイルの照準をわが国に定めているわが国にとっては一番の脅威である支那に対して猪口氏が軍縮を求めたのであろうか。猪口氏の任期中にも支那政府は着々と軍備増強をしていた。それは現在でも同じです。わが国はあの小淵総理の時に脳天気に地雷を破棄しました。海洋国家で膨大な海岸線を防衛しなければいけないわが国にとり、これほど専守防衛そのものといえる武器はありません。なにしろ、地雷とは、もし敵が攻めて来た場合に埋められた土地に上陸し、接触しなければ、その武器としての効果のないというものです。それを自ら破棄するアホ首相。アメリカはもちろん、支那も破棄していません。世界中で一番地雷を作っているのは支那です。わが国の地雷はどこに埋めたか後でわかる高価なそして高性能な地雷でした。どこに埋めたかわからずに、世界各国で今でも被害を出しまくっている支那の安物の地雷とは違います。
そのような国に対して、猪口氏は軍縮をさせることできたのであろうか。他国はどうでもいいから、わが国だけは軍備を削減するというのであれば、ミリタリーバランスが崩れ、国防が危うくなります。
猪口氏が自身の事を「タフ・ネゴシエーター」というが、その言葉が空しく響く。
猪口氏の恩師が、北朝鮮の金日成マンセーで、チュチェ思想国際研究所理事や反日自虐施設「ピースおおさか」の初代館長を努めた武者小路公秀氏であると聞けば、いまの猪口氏の思想、行動もおもわず納得できるものがあります。

  虐殺者胡錦濤が国賓として来日中。その虐殺者を、各地でチベット国旗で出迎えようとした心やさしき我が国の民を排除しようと福田政権は必死のよう。
今回の北京オリンピックは支那がどんな国であるか広く日本国民に知られるようになり、そういう意味では非常に有意義なオリンピックではないかと思います。
私がお世話になっている御近所の銭湯の御主人も、番台のテレビで長野の聖火リレーに対しての支那人の行動を見て「中国人なんかケッ。あいつら最低」とわかりやすいお言葉。

三日ぶりに店に出勤。三日前はつぼみだった、店の前に植えてあるバラが咲いていた。つぼみから花。まあ、当たり前といえば当たり前ですけど、なんとなくうれしいもの。肥料は生ゴミだけというか、当店の花壇は生ゴミ処理機。処理能力は当店から出るゴミの数分の一ですが、暖かくなってくると、活発になるミミズさんの活動にあわせて大幅にその処理能力はアップします。

店の電話の着信履歴を見れば、相変わらず、非通知のままの電話が一日何件かある。普通、用があるのであれば、非通知で着信拒否されれば、解除してかけなおすだろうに、そのままになっている。非通知でないと電話したくないということのようです。