害務省・林貞行とヒュー・コータッツィ(コータッチ)

2月6日土曜日晴れ△
高山正之氏の著書、コラムは好きでよく読ませていただく。
正論三月号では慰安婦問題と、ビルマ、元英国駐日大使ヒュー・コータッツィなどについて書かれている。

IMG_0606日本大使館コレクション盗難事件とはウィキペディア日本語版によると
<2000年に、コータッツィらがジャパン・ソサエティ(日本大使が代表を務める日英協会)に寄付し、在英国日本国大使館(大使林貞行)内に保管されていた古書・古地図のコレクションの一部が盗まれ、クリスティーズのオークションにかけられていたことが発覚した。事の発端は、コータッツィが大英博物館近くの古書店で、自分が寄贈した本2点が売られているのを発見したことで、警察の捜査の結果、約150点が大使館倉庫から盗まれ、その一部が国内外の古書店やオークションに流通していることがわかった。
事件発覚後、ジャパン・ソサエティから整理のために派遣されていた大使館図書館勤務の英国人男性が一部盗難を認めた。蔵書はジャパン・ソサエティが設立以来100年に渡って集めた稀覯本の一部で、盗まれた本には、市場価格数百万円のものも含まれ総額数千万円にのぼると見られている。犯人は盗品を除外して蔵書目録を作成するなどして犯行を隠蔽していた。同コレクションは研究者にすら原則非公開とされているにもかかわらず、犯人は3年間に渡って盗難を続けており、日本大使館の杜撰な管理ぶりが指摘された。>
となっている。
この時の駐英大使は林貞行であり、これもウィキペディア日本語版によると、
<1997年(平成9年)9月、駐英大使に就任するも、2001年(平成13年)1月、外務省機密費流用事件で厳重訓戒処分を受け、給与自主返納。同年8月事件の責任を問われ、小泉純一郎総理大臣の意向で駐英大使から更迭された[2]。また、駐英大使在職中の2000年に日本大使館コレクション盗難事件が発覚し、その杜撰な管理体制に批判が起こった。
2010年7月に岡田克也外務大臣の意向で外務省顧問を退任、同年12月に外務省顧問再任。2004年から東京電力監査役を務め、福島第一原子力発電所事故を受け、2012年6月27日の株主総会で退任。
2014年11月、秋の叙勲において瑞宝大綬章を受章。>
となっている。

高山氏はヒュー・コータッチの反日への転換期はこの日本大使館コレクション盗難事件がきっかけでないだろうかとして下記のように書いています。
<二〇〇〇年夏に彼はロンドンの大英博物館近くの本屋で思わぬ稀覯本に遭遇していた。
数千ポンドの値札が付いた古書は実は彼自身の蔵書で、大使引退後ロンドンの日本大使館内にある日本文化センターに寄贈したものだった。
元大使の通告で大使館側が調べたら稀覯本のうちケンベルの「日本史」(約三百五十万円)など百五十冊が盗まれ、売られていた事が判った。
 大使館側は折角のコレクションを面倒臭がって公開もせず、整理を任せた英国人が二年間にわたって盗み出していたことも知らなかった。
 この時の駐英大使は林貞行。しかし外務省は戒告処分にもしなかった。コータッチならずとも、これは怒る。以来、「日本は黙っていろ」「皇室は牢獄だ」と徐々にボルテージが上がって今は日本大嫌いの第一人者までになった。
 米国への開戦通告の遅れを引き合いに出すまでもなく、日本の隠れた敵は日本の外交官ということになるか。>
月刊正論平成二十八年三月号P四十三

確かに、腐れ外務省がやっていることは我が国のためになるようなことよりも害になることばかりなのだろう。
ただ今回の正論三月号ではちょっとだけ間違っている箇所があるのが私でもわかった。
別に大したことではないが、
<執念深い米国は国交を断ち、テロ支援国家と濡れ衣を着せて陰険な経済制裁を科した。目一杯の嫌がらせを五十年続けてきたが、キューバ人はマリアッチを歌って気楽に生きてきた。>
と書いているが、マリアッチ発祥の地は私がプー太郎時代にお世話になっていたメキシコのハリスコ州グアダラハラであり、キューバの民族音楽ではない。酒場で飲んでると流しのマリアッチが来て、頼むといろんな音楽を演奏してくれ歌ってくれる。つまりマリアッチはマリアッチとはギターやバイオリン、トランペットなど数人以上で構成された楽団であり、音楽の種類ではないからマリアッチが歌に合わせて演奏してくれる。
キューバで有名な音楽はサルサとかではないであろうか。
まあ、たったそれだけですけど。

ドンチャン。
記憶あり。
猿よりマシ