日露戦争と諜報戦 福島安正

1月4日日曜日晴れ○
 我が国は巨大帝国清と露西亜に勝った。
 それは、露西亜に対しての旅順、日本海海戦などの正面切った軍隊同士の戦いだけではない。
 情報、諜報戦というものも大きな要因である。

 <福島安正を中心とした陸軍による情報戦
 露西亜の満州制圧で、日露の直接対決の日は目前に迫っていた。そんな中、日本軍の大陸情報活動は日ごと活発化していった。この大陸情報活動は、全般的対露西亜戦略の一課んとして川上操六参謀総長の時代に始まり、田村怡与造次長(士官生徒二期)に引き継がれるのであるが、川上総長の思いもよらぬ急死もあって、情報戦略は参謀本部の田村次長のもとで福島安正情報部長が統括指揮することとなった。
略)

 福島安正のシベリア単騎横断
 福島中佐が六年間のドイツ公使館付武官の業を終えて帰朝する時、将来日露間の問題地域となるであろうシベリアを、単騎踏破するという壮挙を成し遂げたのである。
 略)>
「帝国海軍が日本を破滅させた」p八十三

 壮挙だったのは間違いないと思いますが、福島中佐の帰国時の様子としてネットに下記のような記事があります。

 <明治二六年六月二十九日、単騎シベリア大陸を横断していた福島安正陸軍中佐が熱烈歓迎の中、新橋駅に帰着しました。新橋停車場には大群衆が繰り出し、「満都狂するが如」きの歓迎を受けます。

中佐の汽車着するや、楽隊奏楽の声、嚠喨として起る、歓迎会員総代川村伯は直ちに、中佐の汽車に入込みて、挨拶をなし、九鬼委員先導にて、群集せし歓迎者の中を押分けつつ、停車場待合所壇上に登る。此の時、歓迎者は一斉に福島君万歳を唱えう。
(中略)
此日かねて歓迎の為めに狂するが如くなりし有志者は言うに及ばず、此の絶大の偉業をなしたる、此の全国人士の歓迎を受くる、福島中佐其人の容貌風釆なりとも一見せばやと、四方より集まり来る老若男女は、其数果して幾千万なるを知らず
「東京朝日新聞記事」(明治二六年六月三十日の記事)より>

http://meiji.sakanouenokumo.jp/blog/archives/2009/06/post_141.html

 冒険旅行という口実で「遠征記」を書いていたようですから、同じく佐藤氏が書かれている下記のような帝国陸軍情報将校とは違ったやり方の情報収集方法だったようです。

<参謀本部付将校の大陸潜入
 わが参謀本部が推進した情報作戦は、その性格上極秘扱いで一般的に知られる事は少ないが、『戦略・日露戦争』(島貫重節、原書房一九八〇)は、かなり克明にそのことを記してある。以下、その『戦略・日露戦争』を要約して紹介する。
 川上操六次長のウラジオストックを中心とする北満地区の情報戦略は、一八八七年の花田仲之助中尉(士官生徒六期)らのウラジオストック潜入準備に始まっている。軍籍を離脱した花田中尉は、鎌倉円覚寺で修行に励んだ後、日清戦争には召集されて大尉として従事した。そして、その後、現役復帰して参謀本部付になり、山口県新宗寺で修行、一八九七年に本願寺僧籍の松月和尚と名を変えてウラジオストックに潜入した。
 以来、松月和尚と民間人の内田良平を中心とした大陸諜報活動が推進されているが、その詳細を示す資料は無いとのことである。
 一八九九年五月十一日午後六時、川上参謀総長が忽然として世を去った。時に五十三歳であった。日清戦争で陸海軍の統合作戦を指導して完勝させ、迫り来る日露の対決にも全精魂を注いでいた希代の名将・川上操六の死は、何ものにも代え難い国家的危機であった。しかし、この危機は、幸いな事に、川上総長とともに辣腕を振るってきた田村怡与造大佐(少将に昇級のち中将)の次長抜擢により克服されたと言えるであろう。
 ただ、川上総長が自ら手を下した大陸方面諜報組織は、後継者に引き継がれることが難しく、田村次長・福島大佐ラインにより新たな大陸諜報組織が作られることになった。花田仲之助大尉は、川上総長没後帰国、日露戦争では再招集されて少佐として満州義軍(後述)の隊長として活躍している。
 この新たな諜報組織で目につく事は、参謀本部将校の大量投入である。
 一八九九年八月、まず町田敬宇少佐(士官生徒九期・後大将)と石光真清大尉(士官生徒十一期・軍籍離脱)が、お茶の卸商人として潜入した。石光真清は、菊池写真館の主として、露西亜軍に強く警戒されながらの長期にわたる活躍が目立つ。彼に続いて多くの参謀本部付将校がウラジオストックから北満に潜入しているが、その中で次のような名前を見る事が出来る。
 
 江木精夫(士官生徒五期) 最高・大尉
 土井市之進(士官生徒十一期) 最高・少将
 武藤信義(候補生三期)  最高・元帥
 山岡熊次         不明
 小松秀夫(候補生十期) 開戦後は特務任務班で活躍。その後、一九〇五年七月一日、康平付近でコサックとの戦闘で戦死。軍事探偵小説『胡砂吹く風』のモデル。
 宮内英熊(候補生十期) 後に長沼挺身隊企画参謀

 などなどで、これらの人々でわかるのは、当時の陸軍がいかに「情報戦」を重視していたかである。>
「帝国海軍が日本を破滅させた」p八十五〜八十六

続く

 正月休み最終日はどこにも出かけず。
 酒も飲まずにおとなしく一日が終わる。

 サルでもエビでもない。