田中真紀子

文責はすべて、酒たまねぎや店主の木下隆義にございます


日独交流150周年にあたり日独友好関係の増進に関する決議 追記

平成23年4月26日火曜日晴れ ××× 35

 三月三十日水曜日の日記に民主党の長尾たかし議員が来店してくださり翌日に議決される可能性のあるとんでもない決議案のことについて書きましたが、そのとんでもない決議案が議決されたというニュースが先週ありました。

自民、日独友好決議直前に自主投票に 異論相次ぐ

2011/4/22 20:01日本経済新聞

 22日の自民党代議士会で、直後の衆院本会議にかける「日独友好に関する決議」に「事実誤認がある」「事前に知らなかった」などと批判が相次いだため、賛成方針を撤回し、自主投票となる一幕があった。採決では安倍晋三、麻生太郎両元首相ら40人以上の議員が退席し、反対した議員もいた。決議は民主、公明両党などの賛成多数で採択された。

略)

 共産、社民両党は当初の文案にあった第2次世界大戦での「侵略」という表現が削除されたため反対。たちあがれ日本は歴史認識が間違っているとして退席した。>

 まず、長尾議員からいただいたそのとんでも決議案の原案です。

以下引用

<日独交流百五十周年に当たり日独友好関係の増進に関する決議(案)

 今から百五十年前の一八六一年、我が国は日・ブロイセン修好通商条約に調印し.日本とドイツの醇身であるプロイセンとの間に公式な関係が樹立された。

 一八七一年にブロイセンを中心に統一を達成したドイツは、我が国が近代化に当たり模範とした国の一つであり、我が国はドイツから、法学、医学.芸術を始め、様々な分野で多くを学んできた、また、浮世絵を始めとする日本の伝統文化も、ドイツを含むヨーロッパの芸術に少なからぬ影響を及ぼすなど、日独両国は、友好関係を築いてきた。

 両国は第一次世界大戦で敵対したものの、先の大戦においては、一九四○年に日独伊三国同盟を結び、同盟国となった。

 しかし両国は、その侵略行為により、近隣諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えることとなった。

 あわせて、敗戦の中から両国は奇跡の経済復興を遂げ、同時に戦争への反省に立ち.今日、自由、民主主義、人権の尊重という基本的な価値観を分かち合いつつ、世界の平和と繁栄のために緊密に協力している。さらに、両国の国民は、相互の文化と価値観に対する尊敬の念を基礎に、広範多岐にわたる交流を着実に進めている。

 本院は、日独交流百五十周年に当たるこの機会に、日独両国が国際社会の平和と安定に大きく寄与していることを確認するとともに、今後とも我が国は、信頼関係に基づくパートナーであるドイツと共に、国際平和の実現に向けて最大限の努力を継続する所存であることを、ここに銘記する。

 右決議する。>

引用終わり

 そして、今回議決された決議内容です。

<日独交流百五十周年に当たり日独友好関係の増進に関する決議 (第一七七回、決議第五号)

 今から百五十年前の一八六一年、我が国は日・プロイセン修好通商条約に調印し、日本とドイツの前身であるプロイセンとの間に公式な関係が樹立された。

 一八七一年にプロイセンを中心に統一を達成したドイツは、我が国が近代化に当たり模範とした国の一つであり、日独両国はお互いに影響を及ぼし合いながら、友好関係を築いてきた。

 両国は、第一次世界大戦で敵対したものの、先の大戦においては、一九四〇年に日独伊三国同盟を結び、同盟国となった。

 その後、各国と戦争状態に入り、多大な迷惑をかけるに至り、両国も多くの犠牲を払った。

 しかし、両国は奇跡の経済復興を遂げ、同時に戦争への反省に立ち、今日、自由、民主主義、人権の尊重という基本的な価値観を分かち合いつつ、世界の平和と繁栄のために緊密に協力している。さらに、両国の国民は、相互の文化と価値観に対する尊敬の念を基礎に、広範多岐にわたる交流を着実に進めている。

 本院は、日独交流百五十周年に当たるこの機会に、今後とも我が国は、信頼関係に基づくパートナーであるドイツと共に、国際平和の実現に向けて最大限の努力を継続する所存であることを、ここに銘記する。

 右決議する。>

http://www.shugiin.go.jp/itdb_annai.nsf/html/statics/topics/ketugi110422(3)-1.html

 まあ、醜いものです。

 最初の「しかし両国は、その侵略行為により、近隣諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えることとなった。」が「 その後、各国と戦争状態に入り、多大な迷惑をかけるに至り、両国も多くの犠牲を払った。」となっている。

 これについて、退席したひとりである自民党の下村博文議員は御自身のブログ「日独友好決議に本会議退席する」と題したブログに下記のように記されている。

<理由は@ 文案は「両国は第一次世界大戦で敵対したものの、先の大戦においては、1940年に日独伊三国同盟を結び同盟国となった。その後、各国と戦争状態に入り多大な迷惑をかけるに至り、両国も多くの犠牲を払った」となっている。

しかし、ドイツの戦争は1939年ポーランド侵攻に始まり、歴史事実を誤認して同盟を結んだ後、世界に戦争を行ったという文案は国会の見識が問われる。

理由のAは、ドイツを開戦時期も経緯も異なるのに、一方的に両国が「各国と戦争状態に入り多大な迷惑をかけるに至った」と同一に論じれば、特にユダヤ人残滅を企画して計画的に虐殺を実施したナチスドイツのホロコーストを含むドイツの歴史と我が国の歴史を同一視する事になり、断じて容認できない。

結果的には石原伸晃幹事長が「党議拘束を外す」と決定したため、約40人が退席、議場に残った議員の多くも起立採決に座ったまま反対した。

そもそも事前に党の部会などで議論がなく、この決議案の内容を事前に知っていた議員もほとんどいない。こんなことで容易に採決に応じていること事態、国会議員としての見識も問われる。

決議は、民主、公明両党や自民党の一部など賛成多数で可決したが、歴史に汚点を残した。

ドイツに対しても友好決議とはならなかった。>

 ちなみに、アホの集まりである社民党も反対したがその反対理由は別の意味での反対である。

<日本政府においても、一九九五年、戦後五十周年に当たっての「村山談話」で、「植民地支配と侵略によって、多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与え」たことの反省とお詫びの気持ちを表明し、この「村山談話」は現政権まで一貫して継承されております。

 本決議案も、最初に理事会において提示された案文は、日独友好議員連盟や外務省の意見も踏まえて練り上げられたもので、日独両国が「侵略行為により、近隣諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えることとなった」との歴史認識を表明しておりました。それが、土壇場において「侵略行為」という文言が削除されました。

 このように誤った歴史認識に立った決議を採択することは、政府見解と明白に齟齬をきたすのみならず、国会の権威と品位を貶めるものであり、>

服部良一(社民党)「日独交流百五十周年に当たり日独友好関係の増進に関する決議案」反対討論より

 これは、いかに売国奴村山富市の「五〇年決議」の影響が大きいかを示すものです。

参照→五〇年決議と村山富市(西村眞悟議員のメルマガより)

参照→五〇年決議における売国奴・村山富市の成果

 だいたいこの国難の時にこのような決議をする必要がどこにあるのか。

 そんな、時間があるのであれば、東日本大震災関係の法案のひとつも通せドアホウが。

 ちなみに、このアホな決議を無理強いした「民主党日本・ドイツ連邦共和国友好議員連盟」とは

田中 眞紀子 (会長)

川端 達夫

奥村 展三  (幹事長)

小川 淳也  (事務局長)

楠田大蔵

中林美恵子

行田邦子

湯原俊二

渡辺義彦

友近聡朗

吉田統彦

 が判明しています。

 我が国の為にならない事は何でもやる腐れ議員連中です。

 今日の築地本願寺の蓮。

 

 河岸で携帯電話を水の中に落としてしまったが、Gショック防水携帯でよかった。

 

 Sさん来店。

 I@仙台さん(今は府中だけど)来店。

 ご実家は大丈夫だったようです。

 Oさん来店。

 Mさん来店。

 今日はヒマつうことで早い時間からドンチャン。

 営業終了後、Mさんと「アンブラ」さんに伺う。

 ドンチャン。記憶無し。

 サル以下。でも、エビではない・・・・と思う。


5月21日土曜日晴れ ×
 我が国に対して相変わらず支那、南北朝鮮のバカ三国が靖國神社参拝のことで難くせをつけていろいろ言って来ています。我が国の政治家にも支那や南北朝鮮の政治家と間違うようなのが多くいます。
 田中真紀子などもそのひとりでしょう。
「閣僚の皆さんも、右翼化しています!わざわざ人がイヤだと言ってんのに、靖國参拝に行ったり・・・」
(2005年4月21日、衆議院統一補欠選挙福岡二区の民主党候補の応援演説で)週刊文春2005、5月5日・12日ゴールデンウイーク特大号p28より

 「今の中国を見てください。株やって儲けて、ロールスロイスやベンツに乗っている若い人がいる一方で、年収数千円という貧しい人がいる。そうやって国内の不満が爆発しそうなところに、小泉さんが靖国神社へ参拝するからデモが起こるんです。あの人は、日本の国益とか世界平和なんて考えていないのです」
「東シナ海の油田開発をめぐって日中が争っていますが、解決法はあります。つい先日、前から仲良しの中国の王大使が私の家にやって来てこういいました。『油田を日中共同で採掘すればいい。一緒にやりましょうよ』って。私もそれが一番いい方法だと思います。
 王さんはさらに、『真紀子さんが外務大臣だったら、こんなことは起こらなかった』といっていました。そりゃそうですよ。小泉さんが総理になってから、日中関係は荒れ始めたんだから。『真紀子さんが辞めたからこうなっ.た』とも.今度だって、小泉さんの意向を受けて意地悪そうなメガネかけた奴(町村信孝外相のこと?)が中国を訪れるみたいですが、どうせケンカになるだけでしょう」

 「ウチのお父さんが日中国交回復をやった時、周恩来は『日本の国民が悪いんじゃない。軍国主義が悪い。一般国民と中国人は仲良.。しよう』といって戦後賠償を放棄してくれた。おかげでこの30牢近く、口中の仲は良かったんです。それを小泉さんが、煮干しの出がらしみたいな顔して『俺は靖国行く』っていうからおかし<なった。あの人はホントにタチが悪いつ」
「私は一般の戦没瑞を分従して別の場所、例えば新宿御苑みたいな広いところに墓苑を造れといってるの。それで.A級戦犯が偉かったという人は靖国に行けばいいし、一般戦没者を追悼したい人ぽ別の場所に行けばいいのよ。でも小泉さんは-緒がいいんだって。靖国の桜は散り始めたけど、今年もそろそろ行くでしょう。『中国があげん騒いでるども、俺は行くどー』とかいって」

2005年4月16日 新潟県南魚沼市「国政報告会」にて
週刊ポスト 2005年5、6・13

 この人は次期首相候補などと持ち上げられていた時期もあったのですが、あまりにもバカ過ぎるのであきれはてて、誰もそんな事を言わなくなりました。アメリカのアーリントン墓地には献花して祈りを捧げていますが、我が国の先人の祀られている靖國神社には参拝したくないようです。でも、害務大臣時代には就任直後に靖國神社参拝をやっておりますが、忘れてしまっているようです。

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