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NHKと李鳳宇と井筒和幸

文責はすべて、酒たまねぎや店主の木下隆義にございます


平成21年7月6日月曜日雨のちくもり ○

 私はテレビを見ないので知らないのですが、NHKが「韓流シネマ 抵抗の軌跡」、その第一回「それはアリランから始まった」(四月二十八日放送)というのがあったそうです。

 この番組について「激論ムック NHKの正体」(オークラ出版 平成二一年)に但馬オサム氏が「『韓流シネマ 抵抗の軌跡』に一言」(神話化される元祖・韓流映画)として文章をP一一〇〜一一一に掲載しています。

我が国統治下の大正十五年の朝鮮半島において作られた毎日新聞の記事にあったこの伝説の「アリラン」という映画についてです。

 解説を務めたのが李鳳宇氏シネカノン代表だそうです。

 そして、李氏は

<「アリラン」を植民地支配下の韓国人映画人の抵抗と苦悩の象徴であるとし、同作品を韓国人意識を持った韓国人監督の手による元祖韓流映画であると位置づけた。>

としているそうです。

 この李鳳宇氏とは、あのどうしようもないバカ監督の井筒和幸氏の親分であり、井筒氏にあの反日ウソ映画「パッチギ!」「パッチギ!LOVE&PEACE」を作らせた男です。

 この李氏および「パッチギ!」について、自らも朝鮮系日本人である浅川晃広氏は著書「『在日』論の嘘」(PHP 平成十八年刊)において下記のように書いています。

<まず映画の起源は、李が井筒に松山猛『少年Mのイムジン河』を薦めたことである。

略)

この松山の逸話をもとに映画化する運びとなり、井筒が羽原大介と脚本の作成に入ったが、井筒によると、「そういえば彼(=羽原、引用者注)、『在日』の歴史から生活感まで、李プロデューサーからそうとうみっちりとレクチャー受けた言うとったよ」(「パンフ」)とのことである。

 さらに、井筒は「李さんに朝高時代の体験談をぜんぶ棚卸ししてもらって、どんどん脚本にブチ込んだ。だからアンソン、モトキ、チェドキの人物像には、李さんや同級生、先輩・後輩たちの経験がいろいろ入っているんだよね。映画の冒頭にでてくる『銀閣寺バス転覆事件』のエピソードも教えてもらったし」(「パンフ」)とも述べており、李が在日、朝鮮学校関係の原案設定を事実上行ったといえるだろう。>

(「『在日』論の嘘」  P一〇八〜一〇九)

続いて、「井筒は北朝鮮の共犯者か」として

<このように、映画で描かれているものには、ある特定の在日朝鮮人の個人体験や、その意志、意図、思考様式が色濃く反映されているのである。

 李は「一九六八年という時代に朝鮮高校に通っていた男の子の日常といえば、これはもう間違いなくケンカでしょう」(「パンフ」)と述べており、

略)

 こうした製作経緯からも明らかなように、そもそも映画は、李のような朝鮮高校出身者の過去における暴力行為(たとえば、冒頭の「銀閣寺バス転覆事件」はもとより、アンソン等による、赤電話十数個を破壊し、内部の硬貨を略取した上で、空地においてガソリンを振りかけて焼却する行為など)の回願・美化という視点が根底にあり、総連・北朝鮮に対する批判的な視点など、当初からありえないことは明白だ。

 それゆえに、当時の関係者が北朝鮮の問題点を現在の視点から噛み締め、自己の行為を反省し、贖罪するなどというものではとうていない。依然として、帰国運動等の北朝鮮による恐るべき犯罪行為と、自らの暴力行為を半ば肯定し、そして自己満足・正当化するという大きな制作意図があるのだろう。

 略)

 その意図は、「帰国事業」や「拉致」を始め数え切れない人々の命を奪い、塗炭の苦しみを与えている北朝鮮体制の本質の隠匿であり、そこに関与した人々の免責であり、また、井筒のような「社会派」を自称する人間が「日本人に虐げられてきた在日」を描き出す映画を作る事で事実上の北寄り発言権を獲得する目的もあるのかもしれない>

(P一〇九〜P一一一)

 井筒氏は自らの著書「民族の壁どついたる!」(河出出版 平成十九年刊)において朝鮮人の暴力性について下記のように擁護しています。

<植民地政策によって祖国を奪われた移民たちが、宗主国に住みつ、子供が生まれ、孫が生まれ・・・・と世代を重ねていくうちに、「俺たちの祖国はどこなんだ!」、「自分らの民族性を隠して暮らすのはもういやだ!」という反抗がもとで、テロや暴力、武力闘争に発展していくんです。>

(p一一〇)

 まあ、ここまでアホも少ないと思いますが、我が国に住み着いている朝鮮人は自らの意志できたのであり、それは戦後も一番の不法滞在外国人が朝鮮人である事からも明らかです。

 今現在、他国における移民としての日本人と朝鮮人の一般的評価の違い等を井筒氏は考えようとしないし、理解しようともしない。

 そんな考え方を持った李氏が解説を務める番組ですから、但馬氏が

 <番組は当然の事ながら、羅雲奎監督の強い民族意識に対する賞賛と抵抗史観にもとづいて話が進められており、おそらくこれを見た日本人は韓国に対する新たな贖罪意識を植え付けられたことだろう。>

と書くような番組だったようです。

 ただ、但馬氏も指摘されていますが、

<韓国人が好んでいうところの「人類史上類例のない過酷な植民地統治」下でどうしてこのような反日映画の製作・公開が許されたのだろうかということだ。

 それに関して、番組では時代背景を含めた一切の説明がなされてないのである。

 考えてみてほしい、チベット人が中国共産党の圧政を告発する映画を作り、中国国内で上映することが可能だろうか。

 はたして、北朝鮮で体制批判の映画が生まれるだろうか。

 GHQは日本占領時、表現活動のことごとくを検閲しチャンバラ映画でさえこれを禁止したではないか。それに比べ、この時代の朝鮮総督府の検閲がいかに寛容だったかわかろう。>

 この但馬氏の言葉がすべてを語っていると思います。

 NHKや朝鮮人がウソをついて、我が国においての戦前、戦後の悪行を隠匿し、被害者面していかに歴史を歪めてきたか。またそれを続けようとしているかのよい例だと思います。

 

 この映画に対して李鳳宇氏が使った「元祖韓流映画の原点」というのは、どこかで読んだ事がある思って、探したら、この「アリラン」について報道された時に毎日新聞が使用しています。

下記はその数年前の毎日新聞の記事です。

 以下引用

(韓流の原点)傑作映画「アリラン」は? 伝説の収集家死去

 映画人の間で「伝説のコレクター」と呼ばれていた東大阪市の映像収集家、安部善重(よししげ)さんが9日、亡くなった。その中に植民地時代の朝鮮でつくられた傑作映画「アリラン」が眠っている可能性があり、南北朝鮮の映画関係者が争奪戦を繰り広げてきた。収集家に身寄りはなく、文化庁が調査に乗り出すことになった。韓流映画の原点は見つかるか?

略)

 「アリラン」は、夭逝(ようせつ)の天才映画人といわれる羅雲奎(ラウンギュ)が監督、主演した無声映画。1926年に製作された。日本の植民地支配に抗議する三・一独立運動の際に拷問にあった大学生が故郷に戻り、家族を苦しめている地主をかまで殺害、警察に捕まるという筋書き。連行されていくラストシーンで、観衆は日本人にもなじみのある主題歌「アリラン」を涙ながらに歌ったといわれている。

 略)

  映画評論家でもある文化庁文化部長の寺脇研さんは「日本で見つかったとしても、それはアジアの宝、世界の宝。必要なら韓国の専門家にも協力を仰いで調査したい。韓流映画のルーツですからね、発見できればうれしいですが……」と話す。

 略)

(毎日新聞) -平成17年 2月11日3時2分更新

 まあ、植民地と書いてあるのは毎日新聞だからしかたがないかなと思いますが、このニュースで我が国の併合時代に朝鮮人映画監督、主演により反日映画が作られて上映されていたという事実について毎日新聞も何も書いていません。

 それが許されていた日本統治時代だったということです。過酷な統治とはどういうことなのでしょう。

「家族を苦しめていて殺害される地主」というのは朝鮮人という事も書いていません。実際、朝鮮半島において当時の地主のほとんどは朝鮮人でした。

 朝鮮人にとっての「過酷な統治」とは、餓死者が激減し、人口が倍に増え、帝国大学も作り、識字率もアップし、奴隷がいなくなったという不思議な統治。

あほらし

 今日は昨日の酒のせいもあり、どこにも行く気もなく、部屋でゴロゴロして一日が終わる。

 酒は飲まず。



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