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趙博・非行は宝

文責はすべて、酒たまねぎや店主の木下隆義にございます


平成19年3月7日水曜日晴れ ×××
 あの在日朝鮮人で自称「浪速の唄う巨人」
博氏の事が先日毎日新聞に掲載されていました。
以下引用
必要なのは発想の転換=在日ミュージシャン・趙博さん
 僕は在日朝鮮人として大阪の被差別部落に生まれ、劣悪な住環境の中で生後2週間で右目を失いました。西山と名乗って朝鮮人という事実をひた隠し、隻眼(せきがん)をバカにされまいと、勉強、けんか、スポーツ、何でも一番やないと終わりなんやと必死でした。学校は一瞬も気が抜けない戦場だったのです。
 最難関の高校を目指した中学3年の冬。「出世したる。この家にいたら未来はない、秘眛(ひしょう)せよ」を生活訓にし、1日4時間の睡眠。これがたたって結核になり、生死をさまよい受験はパー。境遇への憎悪から卒業証書を燃やしました。
 でも、妥協して入った高校が良かった。保健室の美人な先生に勧められ、萩原朔太郎や井上靖らの詩や小説に触れ、吉田拓郎、ボブ・ディランらのフォークソングにはまった。 文学と音楽を愛する格好いい自由人を目指しました。
 大学では、学生運動に没頭。予備校講師を18年務め、「ロックで学ぶ入試英語」など好き放題やりました。でも、「未来形の『Will』に何で過去形があるのか」などとこっけいでも、講師をうならせた生徒たちが、「この参考書をやれば〇○大学に入れますか」と年々おかしくなった。ギラギラさがない。予備校では、国が仕掛けた偏差値競争と闘う反権力闘争だと信じてやってきたのに、今やすり寄るばかり。
塾の最終講義では、闘争の敗北を認めつつ、「おまえら終わっとるんじゃ」とぼろくそに言ってやった。
 学校でも、子どものいじめが陰湿化し、被害者と加害者が入れ替わる。1回どついたら友情は修復不可能。おかしいやろ。娘が、小中学校で不登校になったが、その豊かな感受性から不登校になったことを心底誇りに思います。
 
大阪の学校には「非行は宝」という言葉がある。必要なのは、こうした発想の転換。
学校に期待するよりも、僕らおやじが人生を楽しんでいる姿を子どもに見せましょう。

<聞き手・大場弘行> 毎日新聞平成一九年二月二六日
http://www.mainichi-msn.co.jp/shakai/edu/gakkou/news/20070226ddm004070032000c.html
引用終わり

 流石は自分のホームページで浜松駅で、JR職員に暴力を振るって脅した事を自慢げに書いてヒンシュクをかい、あっという間に削除しただけのことはあってすばらしい内容です。
 <大阪の学校には「非行は宝」という言葉がある> って、これどうみてもオオウソでしょ。学校って何処の学校でしょう。大阪の在日朝鮮人だけの言葉ではないでしょうか。
 予備校講師をやりながら、<予備校では、国が仕掛けた 偏差値競争と闘う反権力闘争だと信じてやってきた>・・・あの辛淑玉女史と同じくアホとしか言い様がありません。こんなのを持ち上げている日本の腐れマスコミ。
 
 今日は午後からスポーツセンターに行く。まだ、古本市が開催されていたので、ついつい本多勝一氏と同じ穴のムジナである笠原十九司氏の著書「アジアのなかの日本軍」などを購入。しかし、こんなのを教授にしている都留文化大学ってなんざんしょ。そういやあ、随分前に「今度戦争があったら従軍慰安婦にしてやる」とかホザいていたという在日北朝鮮人でレイプ疑惑?でたった二ヶ月の停職になったという男がこの笠原氏と同じ文学部・比較文化学科の助教授をやっていたとかいうのをネットで見た事があるのですが、まだいるのでしょうか。まあ、あの東大の上野千鶴子女史とか姜尚中氏とかを税金で養っているくらいですから、珍しくもないでしょうが我が国も太っ腹です。

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