半分が家畜以下であったはずの朝鮮人にとっての族譜とは

 (朴一氏の著書「『在日コリアン』ってなんでんねん」(講談社α文庫)より)

 そういえば、この朴という人は大学教授まで勤めながら、簡単な計算もできない。
 朴氏は「族譜」というものについて、
以下引用
韓国には、自分のルーツを明らかにするものがある。実は私の家にも族譜があり、毎年一一月になると故郷の慶尚南道で法事があり、そこに私も一族の長として参加する。わたしのところにはだいたい二〇〇坪ほどの墓に、先祖代々五〇の墓が集まっていて、そこに三〇代前まで遡って、密陽朴家の墓がずらりと並べてある。私も三五代目の朴家の長男であることが、族譜の中に書かれている。略)
 そうすると、ごくあたりまえのことですが、自分の存在の上には、お父さん、お母さんがいて、その上にはおじいちゃん、おばあちゃんが四人いるわけである。さらに、そのおじいちゃんとおばあちゃんの上には八人いて、さらにその上には一六人いる。それを三三代まで、私は名前を書きながらずっとたどっていってみたことがある、記録していったものが族譜です。そうすると
自分の上には何千人もの人々がそびえ立っていることがわかる。
引用終わり(P三三〜三四)

 この「何千人もの人々」といういのを「ちゃうやろ」と突っ込まれたので別の朴氏の著書(共書)ではその数を増やしています。
(たしか、浅川彰広氏の突っ込みだったと思って、その書いてある箇所を探したのですが見つかりませんでした)
朴氏がその数を増やした箇所。
以下引用 

「韓国には、自分のルーツを確認する族譜(チョッポ)というものがあります。ごく当たり前のことですが、自分の存在の上には、アボジ(お父さん)、オモニ(お母さん)がいて、その上にはハラボジ(おじいさん)、ハルモニ(おばあさん)が4人いるわけです。さらに、ハラボジとハルモニの上には8人いて、さらにその上には16人いる。それを30代以上にわたってさかのぼり、記録していったものが族譜です。これをみると、
自分の上には何千何万もの人々がそびえ立っていることがわかります。」
引用終わり
「歴史教科書 在日コリアンの歴史」 在日本大韓民国民団 中央民族教育委員会企画 作成委員会座長朴一 明石書店刊 P一二四

 でもこれでもまだまだ増やし足りなかった事をこの大学教授ともあろうお方は気がついていません。
 朴大学教授サマ御自身が書いているように、朴氏の上にはお父さん、お母さんの二人、その上にはおじいさん、おばあさんが四人、そして、ひいおじいさん、おばあさんが八人と計算して行くと、この時点で、二+四+八の一六人。つまり朴氏のような書き方をすると、二の三〇乗は一〇億七千、そして、三四乗は一七一億というとんでもない人数が上にどっかと乗っかっていることになる。
 何千でも何万でも的外れな事がわかる。この朴氏の書いてある数字とは何なのだろう。

 だいたい朝鮮の人々のいう族譜って、なんななのでしょう。李氏朝鮮の社会構造として、国王、王族、両班、常民、賤民、白丁まであって、それが無くなったのは我国の朝鮮総監府から総督府時代のはずなのに、不思議と朝鮮の人々は皆が皆、何十代前までもの族譜といというものを誇る。李朝末期でも奴婢は人口の約半数を占めているままであり、家畜といったほうが近いほどの扱いを受けていたといわれている。
 つまり現在の朝鮮人の少なくとも半分の人々は、我が国の朝鮮半島統治により歴史上初めて奴隷の身分より救われたのです。
そんな家畜なみの扱いを受けていた奴隷が多かったはずなのに、みんながみんな族譜を持っていることになっている。家畜の血統書と同じ奴隷の族譜なのでしょうか。
 ちなみに、以前に書いた事がございますが、百姓であった当家の場合はお寺さんに残されていた過去帳では、一番古いご先祖様の名前は小太郎だそうで、名字はありませんので、朝鮮の方のように誇るべきほどのご先祖様ではありません。李朝末期は約半分が両班だったそう。そして、残りの半分近くが奴隷。ふ〜ん。でも、不思議とみなさんごりっぱな族譜をおもちだそうで。

あほらし。

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