割腹の理由 支那人の民族性

平成19年9月11日火曜日くもり後大雨 ○
 「正論」に支那のプロバガンダについての松尾一郎氏による論文が掲載されていました。その中にアメリカの写真雑誌「ライフ」一九三七年九月号に、南京爆撃を行った後に、被弾あるいは故障による日本機が田んぼに突っ込んだ後に、操縦士が鉢巻きをして割腹した写真が掲載されていたそうです。その写真に記事には「いかにも日本の武士らしい最後」と書かれてあったそうです。
 この写真の操縦士が割腹した理由として、高山正之氏が週刊新潮の「変見自在」というコラムの平成一九年六月七日号に日本最長飛行時間記録を持つ故・森和人全日空機長の体験談を書いていました。
以下引用
 <戦前、中華航空の乗員として上海・大場鎮飛行場に赴任したが、のっけに聞かされたのが、石家荘付近で不時着し、そのまま行方不明だった先輩操縦士の救出ニュースだった。
 生還は喜ばしい知らせだったが、ただ操縦士は歯を抜かれ、両手の指もすべて切断され、ほとんど廃人状態だった、と。
「それが蒋介石派の匪族の手口で、歯を抜くのは日本人が舌を噛んで自殺するから。指は抵抗したり逃げたりしないようにしないように切り落とすと聞かされた」
 しかし、共産ゲリラはもっと残酷だった。姉妹航空会社の満州航空機がエンジンの故障で不時着した。救援隊が現場に着くと操縦士は首まで地面に埋められて耳と鼻は削がれ、両の目に針金が通されていた。「絶命していたのが救いだったとみんなは話していた」>
引用終わり
 民間航空機の乗員でもこのような悲惨なありさまである。まして戦闘機となるとどうなるか。
 同じく広東攻略戦に九七式艦上攻撃機で参加した日航の後藤安二氏の話として
以下引用
<「敵の砲火より(不時着の原因となる)エンジン故障が怖かった」
略)
「爆撃を終えて三荘島の基地に戻るとき僚機のプロペラが止まった。彼は眼下の水田に突っ込むと合図して編隊を離れた」
略)
「半月ほどして彼が不時着して捕まった、そして指を切られ、歯を抜かれ、鉄格子のはまった小さな木箱に押し込められ、広東に鉄道で護送されるという情報があった。部隊が出撃してその列車を爆撃した。彼の死に勝る苦痛を終わらせてやるためだった」
引用終わり
  
 そして、高山氏はコラムをこう結んでいます。
 
<日清戦争のおり、山縣有朋も「敵国は極めて残忍の性をを有す。生擒となるよりむしろ潔く一死を遂ぐべし」と訓じしている。
 南京で不時着した操縦士はだから腹を切った。
 先人の思いをふまえれば、どういう風に付き合うべき民族か自ずと分かってくる。>