一杯飲み屋の親父の酒と酒の日々
<のんべえ日記>平成23年8月分

日記の文責はすべて、酒たまねぎや店主の木下隆義にございます


零余子

8月31日水曜日晴れのち一時雨 △ 133

 石川県の落とし穴を掘ったアホ女について。

 ミクシィの日記に書きましたが、亡くなった方には鞭打つなという方もいらっしゃるでしょうが、なんぼなんでもこれはあかんだろう。

 余りにもアホ過ぎる。

 報道通りだとすると、巻き添えで御亡くなりになった旦那さんとそのご遺族は大変お気の毒だが、ある意味、結果として、この女性が自分が掘った穴に落ちて「まだ」よかったということではないのだろうか。

 旦那さん一人を落とす計画だったわけですから旦那さん「だけ」が御亡くなりになる可能性もあったわけです。

 その場合は、残ったこの女性は単なる人殺しでしょう。

 そもそも、万が一、他人を巻き込むという可能性も何も考えなかった時点で、この女性とそれを止めずに協力までしたその周りの連中はどうしようもないアホウだろう。

 掘った穴が深かろうが浅かろうが、その穴に他人が落ちる可能性があるわけです。

 亡くならなくても、たとえ十分の一の二十五センチの穴でも、もし他人が落ちる事があれば、怪我、ねんざ、骨折などする可能性もあるし、 なによりも、何も怪我がなくても他人様に迷惑をかけるとかいう考えが微塵もない事がわかります。

 他人が落ちないようにスコップを立ててあったとあったが、そんなもの何の役にも立たないし、現実には自分が作った目印さへ見落とすような処置の仕方ということは、当然、この落とし穴にまったく知らない他の方が落ちる可能性もあったわけだから。

 その場合も罪のない赤の他人が巻き添えで御亡くなりになっていたでしょう。

 自業自得としか言い様がない。

 話は飛躍し過ぎかも知れないが、泳げない自分の息子をライジャケも着けさせずに漁船に乗船させ漁にでていて、イージス艦と衝突して息子を殺した千葉の漁船の船長を思い出しました。

■落とし穴死亡、掘った妻も目印を見落とし転落

(読売新聞 - 08月31日 14:34)

http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1726018&media_id=20

 「むかご」山芋の葉の付け根にできる球芽で零余子と書くそうな。

 当店の店先に昨年、頂いた山芋を埋めて蔓が出て来て、枯れて、今年また出てきている。

 先日、神楽坂をブラブラしていたら、あるお宅の山芋に、むかごがついていたのを見つけました。

 

 帰って来てうちの店のはどうなんだろうと思って、今日、よく見たら小さなのがありました。

 

 

 

 初めてのお客様来店。当店にいらしてくださった方のご紹介だそう。

 ありがたいことです。

 Oさん、Nさん、SAORIさん来店。

 ドンチャン。

 今日は記憶あり。

 でも飲みに行く元気はない。

 サッサと寝る。

 サルよりマシ。


 

8月30日火曜日晴れ △ 132

 今日の築地本願寺の蓮

 こちらはまだ二輪だけですが、花が咲いており、楽しませてくれます。

 

 

 築地市場近辺に貼ってあったポスター

 これ、もうあかんだろうに。

 初めてのお客様Kさん、Aさん来店。

 ネットで当店のホームページのある意味典型的朝鮮人の生き方である「大山倍達の嘘」を見てくださり、ご来店いただいたようです。

http://www.tamanegiya.com/ooyamamasutatuitikousatu22.9.4.html

 現在の極真会系のホームページを改めて見直してみると、相変わらず大山倍達氏について、ありもしない全日本空手道選手権大会優勝、身延山・清澄山山籠り伝説、そして、拓殖大学入学という大嘘の経歴をそのまま掲載している。東京生まれとまで偽ってるホームページまである。

 朝鮮人、支那人がお得意の百回言えば嘘も本当になるとばかりに、一度ついた嘘をつき続ける気なのだろう。

国際空手道連盟極真会館(松井派)

http://www.kyokushinkaikan.org/ja/about/history/1920-1989.html

http://www.kyokushinkaikan.org/ja/glossary/a/post-43.html

極真会館大石道場

http://www.kyokushin.ne.jp/index_sousai.html

極真館城南大井町支部

http://www.kyokushinkan-jyonan.com/sokuseki.htm

 

 Wさん来店。

 Iさん来店。

 ドンチャン。

 記憶あり。

 サルよりマシ。


違和感

8月29日月曜日晴れ ○

 今日発売の二冊の週刊誌。

 

 見出しは

 週刊ポスト「全真相 島田紳介 汚れた笑売人」

 週刊現代「緊急大特集 ならば本当のことを書こう 島田紳介と暴力団」

 内容は週刊ポストは「Aは元ボクサーの渡辺二郎、Bは広域指定暴力団・山口組系K会会長」と書いているだけ。

 週刊現代は「山口組系極心連合会・橋本弘文会長(64歳)」グラビアP二十二と書いている。

 しかし、二つの週刊誌とも書いていないことがある。

 ネットで調べるとすぐに出てくることだが、橋本氏の本名である。

 例えば、週刊現代は「現在の山口組六代目組長の司忍(本名・篠田健市)」P四十二と書いているが、「橋本弘文(本名・○○○○)と書いていないのである。

 ネットでは下記のようになっています。

橋本弘文 氏

本名は姜 弘文(キョウ ヒロフミ)、? ??(カン ホンムン)。

極心連合会会長

山口組筆頭若頭補佐

山口組大阪南ブロック長

元・山健組組長代行

1976年、山健組に加入

1989年、山健組若頭に昇格

2003年、山健組組長代行に昇格

2005年、山口組直参に昇格

そのわずか2ヶ月後には最高幹部の筆頭若頭補佐に昇格

現在、山口組序列No.4

 橋本氏に対して、どうして「橋本弘文 (本名・姜 弘文)」と書かないのでしょう。

「山口組六代目組長の司忍(本名・篠田健市)」と書いているのですから、同様に表記すべきです。

 それとも、朝鮮名の名前は出したらダメなのでしょうか。

 日本人は出しても良いが、朝鮮人はダメなのはどうしてでしょう。

 逆差別なのでしょうか。

 

 昔は山口組三代目田岡一雄氏は戦後、朝鮮人、支那人の無法者と戦う為に山口組抜刀隊を組織しました。松葉会の藤田卯一郎氏も同様に朝鮮人どもと戦っています。

 しかし、朝鮮人は現在ヤクザの三十%を占めるとまで言われています。

 多くの朝鮮人が実名を隠し、イヤでイヤで仕方ない偽名を使っているのであるなら、ぜひとも大切な本名で生きてほしいものです。

 日帝は朝鮮人の大切な名前を奪ったりしませんから。

 今日は部屋でゴロゴロして一日が終わる。

 酒は飲まず。


 

そうかえんと美丈夫の会

8月28日日曜日曇りのち晴れ

 朝、早くから起きて「そうかえん」へ。

 池袋のレンタカー屋さんでSさん、Mさん御夫妻、ホロンさん、マロさん、Kさんと待ち合わせて「そうかえん」、陸上自衛隊富士総合火力演習へ向う。

 会場は既に大盛り上がり。

 

 

 

 

 

 「後ろの方の迷惑になりますので、立たないでください」といくら注意されても、守らないアホなオバハン。

 

 思わず、私もTシャツ購入。

 

 

 Yさんにお世話いただき招待券を都合付けていただいた今日の「そうかえん」はメチャ楽しかったです。

 来年は、「そうかえん」はもっと楽しみたいということで、「美丈夫」と別の日にということで決定。

 夕方から「酒たまねぎや 飲んべえの会 美丈夫」突入。

 出品酒

NO.1 平成23年 美丈夫 鑑評会出品酒 二本

NO.2 平成23年 夢許  純米大吟醸 30%

NO.3 平成22年 夢許  純米大吟醸 2年古酒30%

NO.4 平成20年 夢許  純米大吟醸 4年古酒30%

No.5 平成13年 夢許 純米大吟醸 斗瓶取り10年古酒30%

NO.6 平成3年 浜の鶴 純米大吟醸 20年古酒 40%

NO.7 平成23年 美丈夫 純米大吟醸    40%

NO.8 平成23年 美丈夫 純米大吟醸    45%

NO.9 平成23年 美丈夫 純米吟醸     50% 山田錦

NO.10 平成23年 美丈夫 純米吟醸    50% しずく媛

NO.11 平成23年 美丈夫 純米吟醸     50% 吟の夢

 

 

 

 

 

 三時間の予定が今日も延々とドンチャン。

 


8月27日土曜日晴れ ○ 128

 初めてのお客様二名様来店。

 Y@横浜さん来店。

 Iさん二名様で来店。

 サンディエゴから帰られたそうだが、またすぐに行かれるそう。

 Wさん御夫妻来店。

 今日は飲まずに、明日の準備。

 


8月26日金曜日大雨 △127

 今日の築地本願寺の蓮

 こちらの鉢はもうだいぶん色が変わってきました。

 

 Oさん来店。

 バンブーさん来店。

 Tさん来店。

 Sさん四名様で来店。

 Nさん来店。

 Uさん御夫妻、Hさん来店。

 初めてのお客様二名様来店。

 ドンチャン。

 今日は記憶あり。

 ただ、飲みに行く元気も無く、サッサと寝る。

 サルよりマシ。


 

やっぱり支那人

8月24日水曜日晴れのち一時雨 △ 128

 台湾の雅ちゃんより忠烈祠へ行って来たというメールと共に、きれいな多くの写真を送ってくださいました。

 

 

 そこには唯一の日本人として山田良政が祀られて、結構詳しく説明文が書かれているそうですが、中は撮影禁止だそうです。

 雅ちゃんが送ってくださった他の写真で、やっぱ、台湾には二つの人種が居ると思った事がありました。

 蒋介石と一緒に支那から来たどうしようもない乞食どもと、我が国国民として五十年間暮らしてきた方々とその子孫のみなさんです。

 支那人は平気で嘘をつきます。

 其れは今の支那共産党を見ていればよくわかります。

 蒋介石とその一緒に来た支那乞食どもも同じです。

 

<上海に於ける対日抗戦

敵の兵力を六万余りも殲滅してから南京に転身しましに(ママ)。>

 現実は、我が軍は三ヶ月で戦死者一万七十六名、戦傷者三万千八百六十六名、合わせて四万千九百四十二名ものの死傷者を出したのは事実であるが、十倍近い敵軍を壊走させたのである。

 ましてや、支那軍は敗走の時に、堅壁清野と呼ばれる焦土作戦を用い、退却する際には掠奪と破壊が行われた。(我が国の左巻きのアホウどもが我が国の作戦として平気でウソを言っている「三光作戦」の事である。三光などという支那語を何が悲しゅうて作戦名に我が国軍隊が使わないかんのか。普通で考えればわかる事を、考える事ができないアホウだから左巻きをやっている)

 

 

<「814」の空中戦大勝

1937年8月14日、日本の木更津航空隊は96式爆撃機14機を出動させ、我が杭州の筧橋飛行場を爆撃し、錢塘江の上空で、我が第4大隊長高志航の率いる航空隊の迎撃を受け、一挙に敵機6機を撃墜し、零対6の輝かしい戦果を挙げた。>

 現実は八月十四日は、大村基地の木更津空は悪天候のため攻撃を延期したので、鹿屋空が台北の松山飛行場から九六式陸攻九機を杭州に出撃させたが迎撃を受け、五機が筧橋飛行場と僑司飛行場爆撃を実施し、二機が未帰還となった。

 別の九機は広徳の飛行場の爆撃に成功したが、迎撃により損傷した一機が基隆に不時着、一機が大破した。

 

 蒋介石と一緒に台湾に来た支那人らしい書き方です。

 支那人はこのようにありとあらゆるところで嘘をつく。

 流石は、嘘が国技の朝鮮の元宗主国様だけの事はあります。

 Sさん二名様で来店。

 小胡子さん来店。

 ドンチャン。

 一応、記憶あり。

 サルよりマシ。


松の司2008 SP純米大吟醸古酒 Black AZOLLA

8月23日火曜日曇り ○ 127

 先日、松の司の松瀬社長より届いたお知らせに、この前の「松の司の会」にわざわざ送ってくださった「松の司2008 SP純米大吟醸古酒 Black AZOLLA」が新商品として出す事が書かれてあった。

 四合瓶で四二五本出荷するそうで、

 東条産山田錦三十五%精米

 除草剤無使用の特別栽培米の徳上米のみ使用

 楽しみです。

 

 

 今日の築地本願寺の蓮

 昨年、植えられた蓮の鉢は既に花がすべて咲き終わったようです。

 

 

 今年の初めて植えられた二鉢は丈も短いですし、少し咲くのが遅かっただけあって、まだ花の蕾がありました。

 

 台湾の雅ちゃんは、私が台北に伺った時に、忠烈祠に行って日本人として只一人祀られているという山田良正の霊にお参りしたいと言っていたので、わざわざ、今日、忠烈祠に行って山田良正の位牌を確認してきてくれたそうです。

 多謝

 忠烈祠の中は写真撮影は禁止だそうです。

 Sくん御夫妻来店。

 初めてのお客様二名様来店。

 まあ、いろいろな人がいらっしゃいます。今日も初めての経験。

  大阪からマイミクの「ちょい悪ハム太郎」さん来店。

 今日は体調がイマイチなので飲まず。

 サッサと寝る。


「すし匠はなや与兵衛」「うさぎ」

8月22日月曜日くもり ×××

 四谷にある「すし匠はなや与兵衛」さんをユーさんが予約を取ってくださり、招待いただきました。

 六時五分前に着くと、丁度、ユーさん御夫妻と店のすぐ前でバッタリ。

 お店は「準備中」となっており、すぐ側にある有名な「鈴伝」さんに伺う。

 

 ユーさんは早速一歩ちゃんの「伊勢勇」さんに伺ったようで、その「伊勢勇」さんで購入したという「義侠 慶」「初亀 極」そして、「初亀 中汲み三十五」(H十五BY)を持ち込みという超贅沢。

 

 

 「すし匠はなや与兵衛」のご主人は「いろいろな酒を置いてますから」と置いてある酒をすすめてくださったが、普通の感覚だったら、今日、ユーさんが持ち込みしたお酒の方を飲みたいでしょう。初亀の最高酒である「初亀 中汲み三十五」の七年古酒など飲める機会はほとんどないでしょう。

 メチャ旨かったです。

 当然、三本すべて空になりました。

 

 私のお隣のカップルの方で、女性が「華やかであればあるほどいいです」とご希望。そのご希望に対して、利き酒師の免状を飾っているご主人が選んだのが「十四代 本丸」・・・・・・・

 

 お〜い・・・・・・

 

 

 

 

 

 また、御馳走になってしまった。

 またまた多謝。

 ユーさん御夫妻は今日の深夜に羽田からお帰りになられるそう。

 新橋まで行き、久しぶりに「うさぎ」さんへ。

 其の後、「うさぎ」のエリーさんと飲みに行きましょうということで、ドンチャン。

 まったく記憶無し。 

 サル以下なのは間違いない。

 今日も、帰りにコンビニでいろいろと買ったようだが、まったく覚えていない。

 アイスクリームを買ってなくてよかった。


 

「清壽」と「hajime」

8月21日日曜日曇り時々雨 △

 「そうかえん」には駐車券もあることからレンタカーにてみなさんと一緒に行く事に決定。

 四時過ぎに店を片付けていると「やってますか」とご近所に引っ越していらしたという初めてのお客様。

 店は休みだったが、せっかくいらしてくださったのでということで、包丁を研いだり、ドタバタしながら少しだけで申し訳なかったですが、飲んでいただく。

 今日は、マルガリータさんから預かった包丁を研ぐ。包丁は汚れを落とすだけでも切れが違うし、研げば百均の包丁でもそれなりに切れて使えるし、研がなければどんな高価な包丁も切れなくなる。

 

 七時より、ユーさんよりの招待で築地にある「清壽」さんという初めてのお店に伺う。

 高級天ぷら屋さん。

 

 車海老から始まり、蚫、鱚、穴子その他〆の天丼(もしくは天茶)までのコース。

 

 

 その後、ユーさんと二人で「hajime」さんへ。

 ユーさんにはすっかり御馳走になってしまいました。

 またまた多謝

 今日は意識は最後まであり。

 サルではない。

 エビでもない(食べたけど)


Tequila Herencia Historico “27 de Mayo”

8月20日晴れ △ 126 

 Nさん来店。

 アキラさん、Iさん六名様で来店。

 シンガポールより台湾のユーさん御夫妻と奥様の妹さん来店。

 

 お土産にエレンシア・イストリコ“27(ベインティシエテ) デ・マヨ”というテキーラとお茶をいただく。

 私がメキシコでプータローをやっていたのはもう三十年以上も前のこと。

 当時は一番上等なのは、サウサのトレスゼネレシオン、クエルボの1800でしたから、ユーさんからいただいたテキーラの銘柄を当然知りませんから、ネットで調べて見ると・・・・・

 国内は完売で入手不可能、生産本数百二十本の超・超・高級テキーラでした。

 ひえ〜

 ドンチャン。

 記憶あり。

 サルよりマシ。


8月19日金曜日一時大雨のちくもり×125

 河岸にいる時にメチャメチャな雨。

 まあ、河岸に仕入れに行く人間は皆ゴム長を履いているので、足もとの心配はしなくていいが、皮靴の人は今日は大変だろう。

 バンブーさん来店。

 女性のお客様御一人様来店。

 故ロック岩崎氏のことなどいろいろと興味深いお話を聞かせていただく。

 ホロンさん来店。

 Iさん来店。

 Iさんから以前にもうかがったことがあったが、日本映画監督協会理事長にあのアホ在日朝鮮人の崔洋一がなったとたんに、アホにはついて行けんと四百人いた会員が半分の二百人になったそう。

 ごもっっともW

 Oさん来店。

 後で一名様合流。

 金ちゃん、マロさん、リエちゃん来店。

 Wさん御夫妻来店。

 ドンチャン。

 記憶無し。

 サル・・・・


 

明石元二郎と台湾

8月18日木曜日晴れ ××× 124

 下記は明石元二郎陸軍大将が少佐時代の明治二十九年(一八九六年)十月に川上操六参謀次長などと台湾を巡視した時に書いた文章です。

 我が国の植民地統治と他国の統治の違いがよくわかる文と思います。

 「台湾島の兵備軍制は、常に其行政と相関連するを以って、兵備を論ずると共に行政に論及するの必要は免るる能はざる所なり。全て各機関の組織運営は、今日に於いて社会の一問題として議論百出する所なり。文武官の軋轢を防遏すべし。

 凡そ血を流して人の国を併せ、難を排して之が経営を計る所以は、何人もその目的を知るを難しとせざる所にて、他の富を移して己の富を増すに過ぎず。世界列強の植民地一として此準縄に従わざる者なし。故に始めより人権の軽重をして本国と同一ならしめ、一視同仁主義の政策を行なわんとするが如きは、独り百年の施政に困難を残すのみならず、新領土の人民をして習慣を失はしめ、其仁政を徳とせざるの感を生ぜしむること往々免れざる所なり。

(夫れ成木を速にせんと欲して、徒に肥料を損し、萠芽を枯死せしめ、発育を急にせんと欲して、徒に食糧を失い、雛鳥を斃すが如きは最も感心せざる所にして、須く暫次の開発感化を期せざる可らず。是を以て『其地方の制度慣習の如きは、我利益を損せざる限りは之を許容し』)故に人権の如きは、成るべく吝惜し必要に応じて之を興ふるも、之に反し其従来の習慣制度は成り得る限り、之を許容し漸を以て開発感化するの手段に依らざる可ならず。約言せば、可成従来該島に行わるる厭制は改めずして之を保存し、以って我利益の為転用すべく、風俗慣習等は其報酬として彼の好む所に任ずるに在り。之の如くせば、台湾島を(本土と同一の精神を有する)真の日本国となすに、幾多の歳月を累ねざる可らざるを以って、其手段の遅緩なるを咎むる者あらん・・・・」

「世界の歴史を変えた日本人 明石元二郎」(清水克之 さくらの花出版 平成二十一年刊)P四十八〜四十九

 今日の河岸は入荷が薄いので、価格はメチャ高いし、塩水雲丹の入荷も無し。

 

 Oさん来店。

 御自宅のクーラーが壊れて大変だったそうです。

 Sさん二名様で来店。

 営業終了後、「Arrivee」さんに久しぶりに伺う。

 記憶無し。

 帰りにコンビニで山ほどいろいろな物を買って来ていたが全然覚えていない。

 サル以下・・・・・

 エビではなかったと思うが・・・・・


「飛行25000時間」

8月17日水曜日晴れ ○

 先日、探していた本の一冊を高田馬場で開かれていた古本市で見つけ購入いたしました。

 「飛行25000時間」これは、高山正之氏による元全日空機長であった故・森和人氏の半生記です。

 高山氏の週刊新潮に掲載されているコラムで森氏の事が度々引用されていましたので、どうしても読んでみたかった本の一冊でした。

 私は過去に日記で、「正論」に掲載された支那のプロバガンダについての松尾一郎氏による論文と高山氏のコラムよりの引用として、支那において我が国パイロットがどのように扱われたかを書きました。

 その高山氏が著書にあった故・森和人氏の証言として書かれている我が国パイロットに対しての支那人の扱いです。

 

 以下引用

 <山口(注 中華航空北京支所操縦士)は石家荘に置かれた軍の基地に一ヶ月配属され、主として山東半島などの連絡飛行に飛び回っていた。

略)

 「森、お前も知っておいていいだろう」

 そう山口はいった。

 和人が上海に赴任する少し前、華北で乗機エンジン故障を無線連絡したのを最後に、消息を絶っていた北京支所所属のS操縦士についての話だった。

「軍部から本社に入った連絡で生存が確認されたんだ」

「・・・・・」

 山口の表情でよかったですねと言うべきかどうか迷っている和人を無視して山口は続けた。それは生存というにはあまりにも惨い状態だった。

 Sは予想された通り、石家荘付近で発動機故障のため不時着後、抗日ゲリラに捕まっていた。

 飛行機の乗員に対する処置は決まっている。からだひとつがやっと入る木箱に押し込められる。木箱の前面は鉄の格子がはめられ、それは一見して、動物の檻であった。動物でない証拠に、「東洋鬼」と書かれた木札が釘で打ち付けられ、町から村に、見世物にされ引き回されているのだ、という。

「日本人は舌を噛んで死ぬ」と大陸では信じられている。事実、手足を曲げたまま身動きも出来ないつらさから舌を噛む東洋鬼もいたらしい。だから捕虜にされると同時に、その場で歯を全部抜かれてしまう。

 時に脱走しないように、手も足も切断してしまうこともあるという。

 「Sも」と、同期委托生だった一人がポツリと小声でつけ加えた。

 「歯は全部抜かれている。そしてもう操縦出来ないようにと、指も落とされていたそうだ」

 飛行機にトラブルはつきものである。中でもエンジン不調は日常茶飯事とはいわないまでも、和人自身、八尾からこっち、何回か体験している。ほっておいて自然になおることもあるし、ダメな時もある。

 「エンジンが停まったら操縦席から見下ろせる範囲内に不時着地点を見つけよ」と岐阜弁の教官が何度も言っていた。「離陸直後でも飛行場に引き返そうと思うな」とも。

 あとは不時着の技術にかかる。いってみればパイロットのハシカか、感覚的には不時着陸は事故にも入らないかも知れない。

 が、この地ではその感覚は通用しない。日本軍の勢力範囲の飛行場から一歩飛び出せばあとはゲリラの海の上を飛ぶ事になる。不時着は即、死につながりかねないというのである。

 「森。お前も憶えておいた方がいい。不時着はするなよ。どんなことがあっても飛行場に帰ることを心がけるんだな」

「満航のT操縦士も」と泰天から飛んで来たばかりのもう一人の先輩が口をはさんだ。

 「霧で帰路を失った。降りてみたらソ連領ですぐ捕虜だ。民間航空のパイロットだなんていっても通用しないんだ。肩腕を付け根から切り落とされて、あの荒原に放り出され、すんでのところで救出されたんだ」

 ソ連国境ではノモンハン事件が起きた。停戦協定が何とか成立したとはいえ、国境付近はまだ生きた戦場のままなのである。

 「それでも生還できたり、Sのように生きている事が確認されたのはまだマシな方だ。エンジン故障を無線で連絡して来て行方不明というのも何件かある。共産ゲリラ地帯だったら、まず全員処刑されているハズだ」

 処刑の方法は残虐を極める。地面に首まで埋められ、耳と鼻は削ぎ落とし、目と目に針金が通して・・・・・。

 「まあ、民間だから、なんて思ってたら、とんだ了見違いだってことだな」

 「東洋鬼」の箱詰めの事は広東に近い海軍航空隊基地に寄った時にも聞かされた。

 丁度一年前のバイアス湾、広東攻略作戦の時だったという。海軍は最新鋭の九七式艦上攻撃機を香港の北、三荘島の基地から四十数回も出撃させていた。固定脚ながら操縦性は抜群、機速も勝っていて、真珠湾攻撃にも参加する程の名機だった。

 広東周辺には百五十門の高射砲と二十ミリの対空砲網が待ち構えていたが、操縦士たちが恐れていたのは艦攻の初期型に積んでいたエンジンだった。かなりの確立でトラブルが起き、とまってしまう。不時着する。待ち構えていたようにゲリラが現れて、箱詰めにする。見せしめの後は処刑と聞かされていた。

「広東に通じる鉄橋の爆撃に行った時、仲間のNが帰投途中、エンストを起こした。翼を振って滑空しながら広東方面に戻っていく。しかし、目の下は陽に輝く青々とした田んぼ。それが何処までも続く農村地帯だ。対空砲火が唸っているところじゃあないと人間、死ぬ気になれないらしいんだな。降下角が甘くなっていって見えなくなった」

 其の後、半月ほどしてNがやっぱり捕まって、箱詰めにされて鉄道で広東に運ばれるという情報が入った。買収した現地人からの連絡だった。

「鉄橋攻撃の時と同じ部隊が全員で出撃したよ。列車を爆撃しにね。両脚を切られ、歯を抜かれ、身動き出来ない箱に詰められているよりは、彼もその方が喜んでくれると思って・・・」

 直撃弾を食って転覆して水蒸気を吐き続ける列車に何度もピッケをかけ、機銃弾にいたるまで全弾打ち込んで来たと、応召中の海軍委託十四期生の後藤安二は話していた。>

引用終わり

「飛行25000時間」(高山正之 文藝春秋 昭和五十八年刊)P四十三〜四十六

 

 私は平成十九年九月十一日の日記において、「正論」に掲載されていた支那のプロバガンダについての松尾一郎氏による論文についての高山氏のコラムを引用し支那人について書きました。

 松尾氏の論文中にアメリカの写真雑誌「ライフ」一九三七年九月号に、南京爆撃を行った後に、被弾あるいは故障による日本機が田んぼに突っ込んだ後に、操縦士が鉢巻きをして割腹した写真が掲載されていたそうです。その写真に記事には「いかにも日本の武士らしい最後」と書かれてあったそうです。

 この写真の操縦士が割腹した理由として、高山正之氏が週刊新潮の「変見自在」というコラムの平成一九年六月七日号に日本最長飛行時間記録を持つ故・森和人全日空機長の体験談を書いていました。

 下記に高山氏の週刊新潮のコラムを引用掲載させていただきますが、細かいところの相違は少しありますが、ほぼ同じです。

 

<残忍な民との付き合い方

 米誌『TIME』を立ち上げたヘンリー・ルースは宣教師の息子として中国の青島(チンタオ)に生まれ、十四歳までその地で育った。それで中国に強烈なノスタルジーと愛着を持ち、日本との間にトラブルが起きると、ひたすら蒋介石の肩を持った。

通例一人一回の『TIME』の表紙に蒋を四回も載せ、さらに西安事件の起きた年に創刊した写真誌『LIFE』の表紙には妻、宋美齢を取り上げている。

 この写真誌の創刊翌年には盧溝橋事件に端を発した支那事変が始まる。同誌は親中国路線で事変の写真報道を派手に続けた。

 その一つが雑誌「正論」〇六年六月号に載っていた。

 南京爆撃のあと被弾、あるいはエンジントラブルで田んぼに不時着した日本の戦闘機の操縦士が割腹して果てている組み写真だ。

 この記事と写真を見て二つの話を思い出した。

 一つは米国の軍事評論家フレッチャー・プラットの論評だ。

 彼は「日本人は性能のいい飛行機をつくる事も出来なければ、それを巧みに操縦することもできない」と分析した。

 その理由は「日本人はたいてい近眼であるうえに、人種的に内耳に欠陥がある。これが彼らのバランス感覚を失わせている」こと。

 加えて「武士道および個人の命を無価値とする日本人の掟にある。飛行機がきりもみ降下をしたり、他の面倒なことに巻き込まれたりすると、彼らは胸元で腕組をして日本の栄光のために嬉々として死んで行く」ことだと。

南京郊外のケースはまさに彼の論評の生きた症例ということになる。

人種偏見に満ちた米国人はそれで納得したらしいが、それでは割腹の説明にはならない。

もう一つが日本の最長飛行時間を持つ故・森和人全日空機長の体験談だ。

森さんは戦前、中華航空の乗員として上海・大場鎮飛行場に赴任したが、のっけに聞かされたのが石家荘付近で不時着し、そのまま行方不明だった先輩操縦士の救出ニュースだった。

生還は喜ばしい知らせだったが、ただ操縦士は歯を抜かれ、両手の指も全て切断され、ほとんど廃人状態だった、と。

「それが蒋介石派の匪賊の手口で、歯を抜くのは日本人が舌を噛んで自殺するから。指は抵抗したり逃げたりしないように切り落とすと聞かされた」

しかし共産ゲリラはもっと残酷だった。

  姉妹航空会社の満州航空乗員がエンジン故障で不時着した。

救援隊が現場に着くと操縦士は首まで地面に埋められて耳と鼻は削がれ、両の眼に針金が通されていた。「絶命していたのが救いだったとみんなは話していた」

因みに彼らは針金を良く使う。支那事変で日本軍が働くきっかけとなった通州事件にも登場する。

 この事件は中国人保安隊が日本人居留民220人を虐殺したものだが、特に旭食堂は酸鼻を極めた。

 男は両目をえぐられ、女性5人は強姦されたうえ陰部に銃剣を突きたてられて殺害されていた。

旅館金水楼では19人の宿泊客が殺され、女中4人が一晩中暴行されたあと、鼻や喉を針金で突き通してつながれ、空き地に引き出されて処刑された。

 話を戻して。不時着した民間機の乗員でもこのありさまだから、まして戦闘機乗りは「敵の砲火より(不時着の原因になる)エンジン故障が怖かった」と広東攻略戦に97式艦上攻撃機で参加した日航の後藤安二氏は語っていた。

 「爆撃を終えて三荘島の基地に戻るとき僚機のプロペラが止まった。彼は眼下に広がる水田に突っ込むと合図して編隊を離れた」が、そんなのどかな景色の中で人はそう簡単には死ねない。

 「半年ほどして彼が不時着して捕まった、そして指を切られ、歯を抜かれ、鉄格子のはまった小さな木箱に押し込められ、広東に鉄道で護送されるという情報があった。部隊が出撃してその列車を爆撃した。彼の死に勝る苦痛を終わらせてやるためだった」

 日清戦争のおり、山縣有朋も「敵国は極めて残忍の性を有す。生擒となるよりむしろ潔く一死を遂ぐべし」と訓示している。

 南京で不時着した操縦士はだから腹を切った。

 先人の思いを踏まえれば、どういう風に付き合うべき民族か自ずと分かってくる。>

(週刊新潮コラム『変見自在』高山正行 二〇〇七年六月七日号掲載)

 高山氏のコラムの題名となっていた「残忍な民との付き合い方

」というものは現在も通用するものであると思います。

 支那人が、チベット、東トルキスタンなどでどのような事をやっているか。また、自国民に対しても法輪功の人々にどのような事をやっているか。

 我々は支那人とはこのような民族である事を忘れてはならないと思います。

 今日は食事以外は出かけず。部屋でゴロゴロ。

 当然、酒も飲まず。


なんだかな〜

8月16日晴れ ○

 今日、昼飯を食いに入った店にあった朝日新聞に<生きるための「新政府」建築家、熊本で首相に>という記事がありました。

 帰って来てからネットで見ると、http://www.asahi.com/culture/news_culture/TKY201108160151.html

 

 <原発事故を契機にした迷走が収まらぬ中央政府に愛想を尽かし、九州「西南」で「新政府」を立ち上げたアーティストがいる。避難民を受け入れ、福島県の子供たちにサマースクールを用意。半年以内には格安の“団地”も実現させると、意気軒高だ。>

<「モバイルハウス」が駐車してある。ホームセンターで売っている2万6千円分の材料を自分で組み立て、中にベッドを設置、2畳半ほどの小さな“家屋”にしたもの。屋根にソーラーパネルをとりつけ、電子機器なら動く。

床部分に小さな車輪をつけたのがみそで、建築基準法に照らせば、規制でがんじがらめの「建築物」ではなくなる。半年以内に、デザインの違う家をコンペで募り、「モバイルビレッジ」にする計画がある。

 「市民農園を借りてモバイルハウスを置けば、借地代は月400円。『バイトで1日1時間働け、年間3万円で生きていける世界を作ろう』とアジってる」>

<東京・銀座にある、所有権未登録の土地を国土とし、国連に加盟申請する>

となっている。

 

 まあ、その二万六千円で制作した小屋を田んぼに置いて到底そのままで住めるとは思えないが、それよりも勝手に名乗るという「なんとか共和国」みたいな話題作りだったら良いのだろうが、とても新聞記事とは思えない事も書いてあった。

 

<自給自足が目的ではないが、自家製ビールを造り、塩を作り、イチジクの葉でたばこを作る。>

 

 近藤康太郎という朝日新聞の記者は、自家製ビールが違法という事を知っているのであろうか。まあ、年間六十klのお酒を製造販売するということで、醸造免許をとるとか、アルコール度数を一%未満になるように醸造するとかでしたら別でしょうけど。

 煙草はいくらイチジクの葉で作ろうと、「製造たばこ」とみなされ、同じくたばこ事業法に反するということを知っていて記事にしているのであろうか。

 

http://law.e-gov.go.jp/htmldata/S59/S59HO068.html

これに、

第三十八条  製造たばこ代用品は、これを製造たばことみなしてこの法律の規定を適用する。>

とあり、麻薬、医薬品等を除くほとんどが適用対象なので、当然、イチジクの葉であろうとも適用されると思うのですがどうなのでしょう。

 現実には自家製ビール等は「ビールの作り方」「酒の作り方」などという図、写真入りの本まで堂々と書店で売られている時代であるが、天下のチョンイル新聞が、このような報道の仕方をしていいのであろうか。

 まあ、我が国が嫌いなチョンイル新聞の事ですから、「独立国家」だから我が国の法律等守らなくても良いと思っているのでしょうか?

 朝日新聞の近藤康太郎さんどうなんですかね。

 

 食事に出かけた帰りに、気違いが集まっているビルの前を通った時に目がいっちゃっているオバハンらが配っていた本。

 創価学会も統一教会も元朝鮮人といわれる人間や朝鮮人が中心人物ですが、いくら嘘が国技の朝鮮人だからと言ってもよくまあホイホイと騙されると感心します。

 今日はほとんど一日中部屋にいてゴロゴロとしていて、マンガ、雑誌などを読んで一日が終わりました。


靖國神社昇殿参拝

8月15日月曜日晴れ △

 午後に着慣れないスーツを着て、靖國神社へ。

 

 毎年、八月十五日に参拝される方が増えているように思う。それも若い方や女性の方が増えているように思う。

 

 靖国神社境内にある参集殿前へ。すでに多くの方が西村眞悟氏と昇殿参拝をするために集まっていらした。

 

参集殿での記帳

 

 其の後、ホテルグランドパレスにて開かれた「西村真悟活動報告会&暑気払い」に参加させていただく。

 西村氏が活動報告会の中で、ありがたい事にわざわざ「酒たまねぎや」の名前を出して、当ホームページの内容を紹介してくださった。

 みなさんに多くの方も紹介いただきました。

 

 店に寄り、資源ゴミを出した後に帰宅。

 今日はサルにもエビにもならず。

 寝床で雑誌を読んでいて、そのまま寝ていました。


8月14日日曜日晴れ ×123

 初めてのお客様来店。

 初めてのお客様Sさん二名様で来店。

 Oさん来店。

 Yさん、NAOKOさん来店。

 「そうかえん」の招待券を持って来てくださいました。

 「そうかえん」を観覧される方は個々にメールさせていただきます。

 東大阪からMさん四名様で来店。

 明日、靖國神社に参拝されてから御帰りになられるそうです。

 

 ドンチャン。

 記憶なし

 サル


8月13日土曜日晴れ ×122

 本日、台湾の雅ちゃんより誠に嬉しき知らせあり。

 御父上の夢枕に立たれたおばあちゃんに感謝。

 写真は、我が国の統治時代から使われている雅ちゃんが送ってくれた台北の碧潭にあるお餅屋さんの型の写真。

 

   

 名古屋よりMさん来店。

 二名様来店。

 本間さん、文月ちゃん来店。

 本間さんが理科大ラグビー部時代から二十三年ものおつき合い。

 大野さん二名様で来店。

 大野さんも早稲田大学レスリング部の時からで、当店の一番古いお客様。

 Wさん御夫妻来店。

 困った時のへべれけ頼みということで、へべれけさんにパソコンのメンテナンスを今回も御願いする。

 今日は早い時間からドンチャン。

 記憶無し

 サル


8月12日金曜日晴れ △ 121

 埼玉のMさんが六月の二十五周年の時にくださったメルロー。随分と枝がのびました。

 

 バンブーさん来店。

 めぐろのしみずさん来店。

 Hさん二名様で来店。

 初めてのお客様Oさん三名様で来店。

 今日は記憶あり。

 サルよりマシ。


 

廣枝音右衛門(広枝音右衛門)

8月11日木曜日晴れ △ 120

 廣枝音右衛門は明治三十八年十二月二十三日、神奈川県足柄下郡片浦村(現在の小田原市)で生まれ、逗子の開成中学、日本大学予科と進み、昭和三年四月二十三才のときに幹部候補生として佐倉歩兵第五十七連隊に入隊、軍曹となり満期で除隊後、湯河原の小学校教員などをへて、昭和五年台湾にわたり競争率百倍という難関の台湾総督府巡査となる。

 ついで、警察官及び司獄官教習所に入所、乙科生として学び、新竹州巡査として竹南郡勤務となる。同郡では主に警察課勤務をしている。

 此の時代は台湾における警察官の任務として、治安維持は当然として、内地の日本人と同等の教育・文化水準に引き上げるということで、行政面でも重要な役割を託されていた。

 台湾の行政区画は二十で、各庁に警務課が設けられ、庁の下には支庁があり、警部が支庁長を務めた。

大正九年、文民の田健治郎台湾総督が就任すると、「支庁長」が廃止され、「郡守」が設けられ行政権と警察権を分離させ、警察権は郡守の下に置かれた。

 行政の中に警察があるため、台湾の警察は単に犯罪を取り締まるだけでなく、行政施行の任務も含まれていた。たとえば、衛生清潔運動の検査をはじめ、道路建設や補修、耕地や防風林の植林、農産物の耕作計画、納税の催促、経済政策の執行、浮浪者の収容、職業訓練など、人々の生活にかかわるあらゆる面をカバーしていた。

 日本の台湾領有当時、台湾では憲兵が三千四百人、警察官が三千百人であった。人口の増加に伴い憲兵、警察官が一万人前後まで増加していった。これだけの人数で台湾の治安を守り、台湾近代化最大の守護役を担ったのが彼等である。 

 

 そして、住民と直接接触する警察官は、台湾語は必須であった。日本人の中でも最も台湾語が堪能だったのは彼等である。これに比べて、戦後台湾に入って来た国民党の警官は台湾語を学ぼうとせずにほとんどできなかったため、トラブルが絶えなかった。

 

 

 廣枝音右衛門は昭和十七年五月警部に昇進。新竹州竹南郡政主任勤務(新竹州警部)の時に大東亜戦争による戦線拡大にともない台湾で結成された総勢二千名におよぶ海軍巡査隊の総指揮官に海軍巡査として任命される。

 昭和十八年十二月八日朝、廣枝隊長に率いられた海軍巡査隊は、高雄港より特務艦「武昌丸」に乗り込み、フィリピンはマニラ・ガビデ港へと向かう。廣枝隊長は家族四人を残しての離台であった。マニラでは厳しい訓練に次ぐ訓練のなか、廣枝隊長は常に部下の先頭に立って、励ました。そんな廣枝隊長を部下もとても慕ったそうです。巡査隊の任務は主に物資の運搬、補給など後方支援であったが、戦況は刻々と悪化する。昭和二十年二月、マニラ市近郊に上陸した米軍に対峙する事三週間、海軍巡査隊にも棒地雷と円錐弾が配られ「これで敵戦車に体当たりしてその場で全員玉砕せよ」と総攻撃の命令を受けた廣枝隊長は、巡査隊の小隊長を務めていた劉維添(りゅういてん)氏を伴い、台湾人の命を保証するよう密かに米軍と交渉する。

 その結果

「諸君(台湾人海軍巡査隊)はよく国の為に戦ってくれた。だが、もうよい。戦闘の続行は不可能である。そうはいっても、今ここで軍の命令どおり玉砕する事は犬死に等しい。祖国台湾には、諸君らの生還を心から願っている家族が待っているのだ。全員、米軍の捕虜となろうとも生きて帰ってくれ。責任はすべて私がとる。私は日本人だからね」

そう言い遺して廣枝隊長は、壕に入り拳銃で二発頭部を撃ち自決した。

昭和二十年二月二十三日午後三時頃のことであった。享年四十才。

 この一死をもって代えた廣枝隊長の決断により、海軍巡査隊の台湾青年たち二千名は故郷の台湾に無事帰る事ができた。

 その時の恩を忘れぬ台湾の部下の方々により、台湾仏教の聖地である獅頭山にある化堂に、廣枝音右衛門隊長をお祀りして供養する式典が、昭和五十一年九月二十六日におこなわれました。

 これは、廣枝音右衛門隊長の戦死の実情を根気強く調査した台湾新竹州警友会の人々の成果です。この台湾における慰霊顕彰の動きは、日本にも伝播し、廣枝隊長の義挙を末永く語り継ぐべく「顕彰碑」の健立となって実現する。

 

 弘経寺にある顕彰碑の後半にはその時のことが彫られている。

 

<泰然自若として所持の拳銃を放ちて自決す 

 時に二月二十四日なり その最後たる克く凡人の為し得さる所

 宣なるかな戦後台湾は外国となりたるも この義挙に因り生還するを得

 吾等の今日あるは彼の時隊長の殺身成仁の義挙にありたればこそと 斉しく称讃し此の大恩は孫々に至るも忘却する事無く 報恩感謝の誠を捧げて慰霊せんと 昭和五十一年九月二十六日隊長縁りの地

 霊峰獅子頭山権化堂にてその御霊を祀り 盛大なる英魂安置式を行う

 この事を知り得て吾等日本在住の警友痛く感動し相謀りて故人の偉大なる義挙を永遠に語り伝えその遺徳を顕彰せんとしてこの碑を健立す

                       元台湾新竹州警友会>

と記されています。

 私は平成十八年二月二十日月曜日、その日はあいにくの雨でしたが、取手の弘経寺にある廣枝音右衛門海軍巡査隊長の遺徳顕彰碑を訪ねる事ができました。

 取手駅にある交番で「弘経寺(ぐぎょうじ)」と尋ねても、年輩のお巡りさんも若いお巡りさんもすぐにはわからずに、住所を言ってはじめて教えてもらう事ができました。駅からは歩いて一五分ほどでしょうか。

大きな敷地のりっぱなお寺さんです。廣枝家の墓域に、「ああ壮烈 義人 廣枝音右衛門」と書かれたその顕彰碑は建てられていました。

 昭和五十八年五月、小隊長をつとめた劉維添氏は、かつての隊長の自決の地であるフィリピンを訪れ、隊長終焉の地の土を集め、茨城県取手市に住むふみ未亡人の手渡されたそうです。

(ふみ未亡人は平成元年二月十日、七六才で死去)

 

 こうして広枝隊長は、獅頭山の権化堂に神様として祭られ、鬼籍の人となったふみ夫人も、広枝隊長の位牌とともに、かつての部下だった新竹警友会の人たちの手によって観化堂に祭られたそうです。

 今回の台湾行きの目的の一つは、廣枝音右衛門海軍巡査隊長とその妻であるふみ夫人が神として祀られている新竹県にある観化堂に御参りする事でした。

 

 

 台北駅より急行で約一時間半で竹南駅に着き、そこからバス(一日乗り放題で百元)かタクシー(六百元)で台湾の仏教聖地獅頭山勧化堂口に着く。

 

 

 

 開山は百年以上前で道教の寺であったが、曹洞宗の寺院となり、其の後、この獅頭山には現在は大小十八の寺院が存在する。その一つが観化堂であるが、この山全体の名称も観化堂と呼ばれている。

 山道を登り、勧化堂に行けるが、現在は勧化堂のすぐ側まで車で行くことができる道があり、この山道はすっかり寂れてしまっている。

 

 

 

 

 

 

 途中にある「常夜灯」

 

 

 それに伴い門前町も寂れてしまってほとんど人の気配がない。

 

車ですぐそばまで行け、宿泊施設も整っている。

 

 

 元は日本風の建物だったであろうが、今はすっかり中華風に変わってしまっている。

 

 

 

 

 

 その大きなお寺さん(勧化堂)に廣枝音右衛門海軍巡査隊長とその妻であるふみ夫人が神として祀られている。

 

 御位牌にはこう書かれている。

 

  「天昇院法眞活道居士神位」

  「浮蓮院台譽妙往清大姉神位」

 傍に、もうひとつ

「 護国の神と祀られた故廣枝様に捧ぐ

 九千萬の民の命はつきるともすめらぎの国ゆ 

 るぎべからず        (故城戸咲朗詠)」

「南庄郷獅子頭山上の勧化堂に不滅の御霊と鎮まりまさむ

                   (水に咲く花詠)」

 

 書かれて置かれている。

 廣枝音右衛門がどれほど慕われていたかを物語るものであると思います。

 

 雅ちゃんこのおかげで、今回この獅頭山に何の苦労もなく行くことができました。

 雅ちゃんは、その前に二回も確認のために行ってくれたそうです。

 感謝、ありがたいの言葉のみしかありません。

 多謝

下記の著作より参考及び引用させていただきました。

「台湾と日本 交流秘話」 (許國雄 監修名越二荒之助・草開省三編著 展転社 平成八年刊)

「捏造された日本史」(黄文雄 日本文芸社 平成九年刊)

「台湾は日本人がつくった」(黄文雄 徳間書店 平成十三年刊)

「日本人が台湾に遺した武士道精神」(黄文雄 徳間書店 平成十一年刊)

 副店長さん二名様で来店。

 Sさん来店。

 ドンチャン。

 記憶あり。

 サルよりマシ。


台湾の酒事情

8月10日晴れ メチャ暑い △ 119 

 台北滞在三日目は雅ちゃんが日本酒売り場に連れて行ってくれました。

 私の店でおつき合いいただいている蔵元さんの中では「醸し人 九平次」さんの純米大吟醸(四十%)と別誂(三十五%)がありました。

 別誂が四千六百元(約一万二千円)ですから、約三倍です。

 

 お店で飲むといくらぐらいなのでしょう。

 Kさん四名様で来店。

 ホロンさん来店。

 軽く飲む。

 記憶はあり。

 サルよりまし。

 雅ちゃんより、9日の日記で文旦の「北極星」を品種と書いたのは間違いで、業者名と教えていただきました。訂正させていただきます。


 

「多謝 台湾計画」

 台北より帰国

8月9日火曜日一時豪雨のち晴れ ○

 朝食は昨日買ってきた果物(トマト含む)。

 トマトは河岸に入っている茨城の「小春ちゃん」と同じ品種だと思いますが、皮がしっかりしているというより固い。そして甘みがそれほどではない。

 

 

釈迦(シャケ)美味しい。

 

 

 

 百香果(パッションフルーツ)

 

 蓮霧(レンブー)

 

 グァバ

 

 文旦(ブンタン)北極星(業者名)

 

 

 コーヒーをホテルのカフェで飲んでから、松山空港へ。

 空港のトイレ内の表示

 

 何となく意味が理解出来る。

 夕方六時に羽田着。

 間違いなく台北より暑い。

 初めて伺った台北では、雅ちゃんはもちろん、呂さん御夫妻、葉さんを始め多くの皆様にお世話になりました。

 来年は「プチたまねぎやin台北」計画もございますので、ぜひ、早いうちにまた伺いたいものです。

 多くの台湾の皆様、本当にお世話になりました。


 

「多謝 台湾計画」台北3日目

8月8日月曜日晴れのち一時豪雨 △

 今日は雅ちゃんに台北市内をいろいろと案内していただく。

 

 

 まずは、台北駅近く?の雅ちゃんがよく行くというお店にて昼食。

 

 

 

 

 お父上が始めてから五十八年だそう。

 飲食店を蔑みすぐに社長になりたがる朝鮮人では絶対にないお店。

 

 

 

 

 

 日本統治時代の古い建物などを見て回る。

 

 

 

 

 

 

 台湾神社の狛犬を見に行ったところで、大雨。

 

 

 食べた事のない果物を市場、スーパーなどで明日の朝食用に購入。

 

 

 

 

 夜は「父の日」のために家族での御祝いが終わった雅ちゃんに、いつも行っているカフェに案内していただく。

 

 

 今日は流石にあまり飲む元気もなく、おとなしくホテルに帰る。

 流石にサルではない。


「多謝 台湾計画」台北2日目

8月7日日曜日晴れのち一時豪雨 ×

 

 

 

 

 食事後、近くの國父記念館駅より台北駅へ。

 十時発の急行にて竹南まで。

 

 竹南駅よりバスが出ているが、少し時間が合わなかったのでタクシーで獅頭山勧化堂口まで行く。(六百元)

 「曹洞宗獅頭山 勧化堂開善寺」

 

 

  

 写真のとおり、中々の道中。

 

 

 

 

 この険しい道を雅ちゃんは確認の為に二回も来てくれたそうな。

 一度目は雨上がりでサンダルで来た為に何度も転びそうになったそうです。

 多謝

 途中にある「常夜灯」

 

 勧化堂のそばまで行って、その理由が判明。

 

 車ですぐそばまで行けるので、使われなくなってしまった道だった。

 その為に門前町は寂れてしまっていた。

 お寺さん自体は非常に大きな立派なお寺さん。

 最も、建物は日本時代のものではなくなっていましたが。

 雅ちゃんは支那風のお寺は好きじゃあないのだそうです。

 

 

  勧化堂に神として祀られている廣枝音右衛門夫妻。

 

 

   「天昇院法眞活道居士神位」

   「浮蓮院台譽妙往清大姉神位」

 傍に、

「 護国の神と祀られた故廣枝様に捧ぐ

 九千萬の民の命はつきるともすめらぎの国ゆ 

 るぎべからず        (故城戸咲朗詠)」

「南庄郷獅子頭山上の勧化堂に不滅の御霊と鎮まりまさむ

                   (水に咲く花詠)」

 帰りはバス。

 

 急行の席が取れなかったので、普通便にて台北まで。

 

 ホテルで一休み後、雅ちゃんとタクシーで呂さん御夫妻、葉さんらが待ってくださっているお店へ。

 

 他にはマイクさん、アンジェラさん、シュラさん、閔ちゃんのみなさん。

 

 

 

 

 このお店も非常に流行っているお店。

 表にある素材を選んで調理してもらうスタイル。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しかし、みなさん勝手に冷蔵庫からビールを持って来て開けるは、持ち込みの酒を開けるは、途中から素材?を買ってきてカクテルを作るまでやり放題。

 いいのかな??????

 

 

 

 

 磯自慢を撮りそこねてる・・・・・・

 途中より、呂さんの友人の笹寿司の楊氏も参加してくださり、ドンチャン。

 

 宝くじをおばちゃんが売りに来て、そのうちの一枚が四百元の当たり。

 

 其の後、もう一軒行ってドンチャン。

 

  帰り際に楊さんと一緒に同じく笹寿司の李清瑞氏がわざわざいらしてくださり、挨拶をさせていただく。

 タクシーでホテルまで帰る。

 今日もサル。


 

「多謝 台湾計画」台北1日目

8月6日土曜日くもり △

 羽田空港にて食事した店で、出てきたお膳。

 普通はご飯は左だろうにと思ったら、スタッフは支那人だった。

 ろくな店じゃあねえ。

 

 羽田午前十時二十分発の全日空にて台湾・松山空港まで。台風のため少し遅れて、松山空港着。

 空港まで雅ちゃんが迎えに来てくださっていたので大助かり。

 ホテルチャックイン後、雅ちゃんの友達がオーナーの奥様という「京盛宇」というお茶屋さんにて休憩。

 このお店は文字通りお茶だけのお店。

 

 

 

 其の後、「寿司MASA」にて葉さんが酒を持ち込んでくださり、ドンチャン。

 

 お店のオーナーは呉富昌氏。

 

 

 きれいなお店で、いろいろなツマミを出してくださり、すごく楽しめました。

 (ドンチャン中で料理の撮り忘れ多し。あと、食べてしまってから写したのも・・・)

 

 

 

 

 

 

 

 

 人気店のようで、私達が滞在中にも多くのお客様がいらしたのに、満席のため、入店出来ず帰られる人これまた多し。

 

 昌さんがご自分の酒(マッカラン)まで出してくださり、結局、閉店まで居座ってしまった。

 

 多謝。

 窓ガラスのないビルの飲み屋さん

 

 

 ホテルに帰って、バタンキュー。

 台湾でもサル。


「多謝 台湾計画」

8月5日金曜日晴れ △118

 八月六日土曜日より九日火曜日まで、酒たまねぎやは「多謝 台湾計画」といたしまして、台湾にての日本酒研修に参加してきます。

 そのため、当店は御休みさせていただきます。

 どうぞよろしくお願いいたします。

 なを、九日火曜日は帰国後の体調によりまして、

どっかに出没するかバタンキュウで寝てしますかもです。

 多謝に関して、マイミクのめぐろのしみずさんより下記のようなアドバイスを頂きました。

ちなみに、謝は「シェ」というよりも、心持ち長めに「シィェ」と言ったほうが通じます。

なので、多謝は「ドゥォ シィェ」 みたいな感じで。

謝謝は、後ろの「謝」は軽く飲み込むように短く発音するので、「シィェ シエ」、みたいな感じで。>

だそうです。

 多謝

 金曜日だというのにメチャヒマ。

 Mさん二名様で来店。

 Eさん来店。

 飲まずにおこうと思いながら、ついつい飲む。

 営業終了後、パッキング。

 当然、記憶あり。

 サルでも、エビでもない。


パチンコ屋に並ぶアホウども

8月4日木曜日晴れのち曇り ×117

 8月3日のミクシィの日記にも書きましたが、

我が国ではコンニャクゼリーを喉に詰まらせ子供が死んだら大騒ぎ。

パチンコ屋の駐車場で親のパチンコ依存症で子供が殺されても、

社会問題化しない不思議。

 子連れパチンコ客の車拒否要請とかいう記事があったが、

http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1694033&media_id=4

 

 違法賭博が堂々と街中にあるという異常な状態のパチンコそのものを禁止するのが一番だろうに。

 現在、大手のパチンコ店はオムロン等が開発した顔認証システム、そして遠隔管理システムまで導入して、客の出玉をコントロールしている。

たとえば、顔認証システムとしては「パチンコホール見張番」といわれるものがあります。

顔認証システムの例

http://img18.imagevenue.com/img.php?image=68556_omrom_face_122_384lo.jpg

ホール専用自動追尾カメラシステムの例

http://www.e-nature.co.jp/solution/pachinko.html

 顔認証システムでは、顧客の過去の来店日時、遊技時間、勝敗はすべて記録されているために、コンピュータが個人を識別し、自動的に判断、出玉を調整することにより、パチプロとか、セミパチプロ的な熟練者、つまりパチンコ屋にとっては「店に被害を与える者(悪い者)」には勝ちにくくなってくるぶん、適当勝ったり負けたりして店の経営を支えている大多数の層に勝たせる事ができ、その分、パチンコ愛好家等と言われるアホウども、パチンコ屋にとっては「利益を与えてくれる都合のいい善人」、つまり人間のゴミども、どうしようもないアホウどもはパチンコ中毒になっていく。

 

そして、ロマンなどと戯けたことを宣うアホもいる。

<パチンコに通うのは男のロマン「日常生活にはない夢がある」

NEWポストセブン2011.05.05 07:00

 * * *  ま、はっきりいって負けることが多いですね。カーッと熱くなって1日に5万円もつぎこんだりして、給料日のはるか前なのにスッテンテンになることもあります。

 でも、それでもやめないのは、何回かに1回の可能性を求めているんです。普通の生活のなかにはない夢がパチンコにはある。けっして金もうけだけを考えているんじゃない。男のロマンなんですよ。>

 そんなパチンコ中毒のゴミ人間の末路

 中学校長が修学旅行費を着服、パチンコ代に

(読売新聞 2010年 06月30日 17:45)

 神奈川県教育委員会は29日、生徒の修学旅行費用や教職員の懇親会費の積立金の一部を着服したとして、藤沢市立大清水中の安西友和校長(57)と、横須賀市立浦賀中の北原悟事務主事(22)を懲戒免職にするとともに、関係職員2人を戒告処分にした。

パチンコで消えたプレゼント代…「妻に言えず」に強盗“自作自演” 

2010.12.21 00:02産経新聞

 20日午後5時ごろ、大阪市此花区のマンション一室で、この部屋に住む会社員の男性(36)が玄関先に倒れているのを帰宅した妻(35)が発見。此花署が強盗事件として捜査を始めたが、子どもへのクリスマスプレゼント代をパチンコに使ってしまった男性の作り話と判明した。「パチンコに使ったことを妻に言えなかった」と話しているという。

元同志社大生、コントラバス盗…パチスロで借金

 同志社大を今年3月末に自主退学した住所不定、無職久保田翔容疑者(24)が、キャンパス内でコントラバス(約13万円相当)を3月下旬に盗んだとして、今月5日に逮捕された。

 久保田容疑者が京都府警上京署の調べに「パチスロにのめり込んで生活費に困り、ほかにも盗んだ」と供述していることがわかった。

(2011年6月9日12時13分  読売新聞)

 パチプロ、セミプロは淘汰されていき、こんなアホパチンコ中毒どもが残る結果となり、店には必ず計算された利益があがる。

 

 つまりパチンコとは、経営者(ほとんどが朝鮮人)により完璧にコントロールできるイカサマ博打以外のなにものでもありません。

 そんな何の生産性もないパチンコの売り上げは95年の30兆よりは減ったが、23兆円とも言われているがそのほとんどが、在日朝鮮人どもの経営するものです。

 脱税、そして、このようなパチンコ中毒による被害の温床でありつづけるパチンコはすべて潰さなければならない。

 朝鮮人どもに戦後不法に搾取された土地などは正当な持ち主に返されなければならない。

 ちなみに、写真は人間のクズどもがパチンコ屋の開店前から並んでいる写真。

 

 久しぶりにスポーツセンターへ行く。

 帰りに高田馬場で開かれている古本市に寄って、二冊購入。

 其の後、マルガリータさん宅に寄り、引っ越しで処分するという食器類の中から店で使えそうなものをいただく。

 流石は五代分という量の食器。

 初めてのお客様Kさん三名様で来店。

 酔狂師さん来店。

 Tさん来店。

 最近の程度の低い営業マン連中の話で盛り上がる。

 

 ドンチャン。

 記憶無し。

 サル。でも、エビではない。


 

アキカン民主党の異常さ

国賓待遇の救助隊

8月3日水曜日くもり一時豪雨 △116 

 今日、下記のようなニュースがあった。

以下引用

 <総統候補の蔡主席が9月訪米=10月には日本へ―台湾・民進党

 時事通信8月3日(水)19時39分配信

 【台北時事】台湾の野党・民進党は3日、来年1月の総統選挙に立候補する蔡英文主席が9月12日から訪米することを明らかにした。滞在期間は10日間の予定。10月には日本を訪問する方向で調整を進めている。同党は8月中に今後10年を見据えた政策綱領をまとめる方針で、蔡主席は米国滞在中、政府要人らと会い、対中政策の指針などを直接説明する見通しだ。>

 台湾からの要人を我が国政府はどのような迎え方をするのであろうか。

 東日本大震災の時と同じような非礼を持って迎えるのであろうか。

 まあ、支那の傀儡政権である馬政権も安倍元総理に対して、自らタクシーを拾って移動させるという非礼をはたらいているが。

 我が国の現政府は支那、朝鮮には異常な気の使い方である。

 例えば、何度も書いているが、東日本大震災に対しての義援金額は公表されていない。

 絶対にあり得ない事だが、もし、支那朝鮮からの義援金が多ければ同じ事をしただろうか。

 ほとんどが民間からであるというダントツに多い二〇〇億もの義援金が台湾からのだから,公表しないのだろう。

<中国、日本赤十字社に義援金(2.5億円)   

http://topics.jp.msn.com/wadai/searchina/article.aspx?articleid=544857

 中国  赤十字社は29日、日本赤十字 社の災害後の救助と復興を支援するため、さらに2000万元(約2億5000万円)の寄付金を提供することを決定した。中国国際放送局が報じた。  

 東北関東大震災の発生後、中国赤十字社は義援金の振込口座を発表し、社会各界からの義援金を受け付けている。   

 中国赤十字社は12日と15日の両日、日本赤十字社にそれぞれ100万元(約1250万円)と500万元(約6250万円)の寄付金を提供していた。(編集担当:村山健二)

2011,3,30日11:28分のサーチナ>

 でも、日中友好を叫ぶ支那人らしい事はちゃんとやってます。

中国ヘリ、護衛艦に90mまで接近…東シナ海

http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20110327-OYT1T00012.htm

 26日午後4時45分頃、東シナ海の中部海域で、中国国家海洋局所属と見られるヘリが、

警戒監視にあたっていた海上自衛隊の護衛艦「いそゆき」に異常接近した。 >

 そして、何度も書いているが、各国のセブンイレブンに設置された義援金箱では、台湾では総額三億三六八万円(一店舗あたり六万三千八百九十二円)の義援金に対して、七四万円、一店舗あたり二一七円もの義援金をくださった朝鮮人も、支那に負けじと

韓国が竹島の海洋基地建設 今月中にも基礎工事

 産経新聞4月4日(月)21時4分配信

 【ソウル=加藤達也】日韓両国が領有権を主張する竹島(韓国名・独島)近海の洋上で、建設が構想されている韓国の「総合海洋科学基地」について、韓国政府が今月中にも基礎工事に着手する方針であることが4日、分かった。聯合ニュースが伝えた。

 この方針は、韓国国会の「独島領土守護対策特別委員会」に提出された政府資料に示されているもので、やぐらの鉄骨組み上げなどの基礎工事が行われる。工事は年内に終える予定という。

 海洋科学基地は竹島の北西約1キロの地点で建設が計画され、韓国政府は2013年の竣工を目標とし、既に300億ウォン(約22億円)の予算を認めている。

 火事場泥棒

 さすがです。

 

 民族性?

 こんな素晴らしい国を特別扱いしているのは我が国政府です。

以下引用

<国賓待遇の救助隊って…中韓をなぜ特別扱いするのかっ!

2011.03.14産経新聞    

 東日本大震災の被災者を救出するため、世界各国から緊急救助隊が駆け付けているが、なぜか、中国と韓国の救助隊だけを外務副大臣が空港で出迎えていたことが分かった。菅政権の特異な感覚が明らかになった。  

 韓国の救助隊(5人)は12日、中国の救助隊(15人)は13日に羽田空港に到着。それぞれ、高橋千秋副大臣と伴野豊副大臣が出迎えたという。

 同盟国であり、空母ロナルド・レーガンや多くの在日米軍を動員、約150人もの大救助隊を派遣した米国をはじめ、英国(63人)、シンガポール(5人)など世界各国から救助隊は駆け付けているが、副大臣が出迎えたのは中韓2国だけ。

 菅政権は、韓国に一方的に古書を引き渡すことを約束したり、尖閣沖での中国漁船衝突事件の映像を隠蔽するなど、中韓2国を優遇する姿勢が目立つ。日本史上最大の大震災で閣僚クラスは大忙しなのに、なぜ、そこまで特別扱いするのか!?>

引用終わり

 

 ネットで評判になった立教新座高校渡辺憲司校長の「卒業式を中止した立教新座高校3年生諸君へ。」というメッセージでは支那の救助に対し下記のように書かれている。

http://niiza.rikkyo.ac.jp/news/2011/03/8549/

 <いち早く、中国・韓国の隣人がやってきた。アメリカ軍は三陸沖に空母を派遣し、ヘリポートの基地を提供し、ロシアは天然ガスの供給を提示した。窮状を抱えたニュージーランドからも支援が来た。世界の各国から多くの救援が来ている。地球人とはなにか。地球上に共に生きるということは何か。そのことを考える。>

 それは一番に救援隊派遣を申し出た台湾を断ったからです。

<台湾の救援隊、2日待たされ到着 日本、中国側に配慮か

2011年3月14日20時48分朝日新聞

【台北=村上太輝夫】台湾の救援隊が14日、羽田空港に到着した。11日の地震発生直後にすでに隊員派遣の用意を表明しながら、丸二日も待機を強いられた。台湾側は「中国要因でしょう」(外交関係者)と受け止めている。

 日本側はいったん受け入れると返答したが、その後「現場が混乱している」として待つよう要請した。だが、その間に各国から救援隊が入り、台湾メディアから「なぜ入れないのか」と疑問が出始めていた。日本政府は1972年に台湾と断交、「台湾は中国の一部」とする中国の立場に配慮しており、台湾隊受け入れをためらったとみられる。

 13日に中国の救援隊が現地入りし、同日夜にやっと台湾隊受け入れが決まった。>

 朝日新聞ですら報道している菅直人と民主党という極左政権の異常さ。

 国賓待遇で迎えたのが、現地で写真ばかり取りまくっていたという支那救援隊十五人と東京で「朝鮮人の安全確認が主任務」という五人+二匹の救助隊。

 ましてや、食われるのがイヤだったのか朝鮮人が連れてきた犬の一匹が逃げたというネットでの書き込みもあったが。

 お笑いでっか。

 アホカンどもには早く死んでほしいとつくづく思う。

 今日はメチャヒマ。

 ホロンさん来店。

 結果として、オチャッピーストッパーの役目を果たしてくれたようです。

 今日はサルでもエビでもない。


8月2日火曜日晴れ 涼しい △115

 築地本願寺

 盆祭りの準備中

 蓮の一年目の鉢。二年目の鉢ほど葉が大きくない。

 Tさん三名様で来店。

 めじろのしみずさん来店。

 Kさん来店。

 試験中だそう。

 初めてのお客様二名様来店。

 Kくん研修生と二人で来店。

 

 ドンチャン。

 記憶あり。

 サルよりマシ。

 

  


8月1日月曜日くもり 涼しい ○

 今日は外に出ずに一日中部屋で過ごす。

 酒は飲まず。



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