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横田早紀江さん

文責はすべて、酒たまねぎや店主の木下隆義にございます


 

平成18年4月29日土曜日 晴れ ○
 昭和帝の誕生日である今日、北朝鮮による拉致被害者横田めぐみさんの母上早紀江さんが、27日の米下院外交委の公聴会で、訪朝してめぐみさんの娘キム・ヘギョンさんを「すぐにでも飛んでいって抱きしめたいと思った」との心情を吐露し、多くの米国議員の共感を得たのに続き、ブッシュ大統領と面会したというニュースが新聞に掲載されました。

以下引用
 
面会は三十分間で、加藤良三日本大使が仲介役として同席した。早紀江さんらは北朝鮮側が提供してきた、拉致された直後とみられるめぐみさんの写真や他の拉致被害者の写真、早紀江さんら家族が英文でメッセージをかいた手紙、拉致被害者救出の象徴である「ブルーリボンバッジ」などを大統領に手渡し拉致問題解決への協力を訴えた。

 ブッシュ大統領は神妙な表情で早紀江さんの訴えを聞き、早紀江さんもブッシュ大統領の話をひざの上で手を組んで真剣に耳を傾けた。拓也さんは大統領の方に身を傾けて、一言も聞き漏らさないような表情だった。

 面会で大統領は、「最も心を動かされた面会の一つだ。お母さん(早紀江さん)がほしいのは再会だけだ。信じがたいのは、国家として拉致を許したことだ。指導者が拉致を奨励することは心がない」と指摘。

 さらに、被害者家族たちが拉致問題解決に向けさまざまな運動を展開していることに、「人権を尊重しない人に発言するのは勇気のいることだ。お母さんたちの行動を誇りに思う。人権を尊重することを私たちは守る」と語った。
略)

 一方、公聴会を主催した国際人権小委員会のスミス委員長(共和党)は、拉致問題を七月にロシアのサンクトペテルブルクで開かれる主要国首脳会議(サミット)の主要議題として提起するよう、ブッシュ大統領に働きかけていく意向を表明した。
引用終わり
平成十八年四月二九日産経新聞

同じく産経新聞に掲載された横田早紀江さんのブッシュ大統領への手紙です。
以下引用
 
親愛なる大統領閣下

 娘のめぐみは一九七七年、北朝鮮に拉致されたとき、十三歳で、中学校から歩いて帰る途中だった。その後、二十年間は、彼女に何が起きたのか分からず、苦悩の時を過ごした。

 後に亡命した北朝鮮工作員からめぐみが拉致されたことを聞いた。工作員は「彼女は、工作船の船底にある小さな暗い部屋に閉じ込められ、(日本から北朝鮮へ)暗い海を渡る間、『お母さん助けて』と叫びながら、部屋の壁をつめでかきむしっていた」と証言した。

 同封したのは、拉致された後、北朝鮮で撮られためぐみの写真。めぐみは、音楽が好きで、元気な女の子だった。でも、この写真では、とても寂しそうで、私は、思わず「めぐみ、あなたはこんなところにいたの。とても怖かったでしょうね。まだ助けてあげられなくてごめんね」と言い、写真をなでた。

 今でも、めぐみとほかの拉致被害者は、北朝鮮で生きているに違いない。子供の失われた年月は、取り返しがつかないが、世界中の国から拉致された被害者を救い、残りの人生を自由の国で過ごさせてあげることはできる。政府から非道な人権侵害を受ける北朝鮮の国民のことも忘れてはならない。

 大統領、私たちがあなたと米国民の助けをどんなにありがたいと感じているか知っていただきたい。横田早紀江

引用終わり


 同じ新聞に横田めぐみさんの双子の弟さんのおひとりの拓也さんの言葉として、
めぐみさんについて必死で訴える母。「ありがたい機会だった。一方で、またつらい思いをさせる機会でもあった」
「早く楽をさせてあげたい」
「こんなに長い間、家族はつらい思いをしている。でも、一番つらいのは姉本人なのです。一秒でも早く返してあげたい」
という言葉を紹介しています。

 愛する子供を悪の国である北朝鮮から取りかえそうとするこの横田早紀江さんの崇高な姿は我々日本人が忘れていた、あるいはなくしてしまった大切なものを思い出させてくれます。それを支える御家族の姿も。

 現在まで、我が国の首相は拉致被害者家族の方たちには会おうともしません。芸能人に会ったり、オペラを聞きにいく時間はあるのにです。
同胞が他国に拉致されているのに経済制裁をも発動しません。そのために、一民間人に過ぎない拉致家族の方たちが、わざわざアメリカまで行かなければならなかったのです。日本の何人の政治家がブッシュ大統領のように「お母さんたちの行動を誇りに思う。人権を尊重することを私たちは守る」と言ったのでしょう。何よりも、国民ひとりひとりができる事をやっていくことが大切だと思います。そして、この歪な我が国の形を少しでもまともな普通の形にしたいものです。

横田めぐみさん
4月8日土曜日雨のち晴れ×

 今日の産経新聞に掲載されているさかもと未明さんの「おしえてプリーズ」は横田めぐみさんの御両親に御会いになった事が掲載されていました。
その中にお父さんの滋さんは「信仰には頼りませんでした。祈るだけではめぐみは帰らない。行動あるのみ、と意思だけに頼りました」
お母さんの横田早紀江さんは拉致問題を契機に信仰を得られたという。そして「暗い船倉に閉じ込められて送られたと聞いていますが、どれだけ怖かったかと・・・
・・だから・・・何があっても助けたいのです」とおっしゃっています。
そして、北朝鮮へのメッセージとして次のように語っています。

<北朝鮮のみなさん
 指導者の方
 ひとりの親としていわせてください

 子を失った
 親の気持ちはご想像いただけるとおもいます

 私たちは十分に苦しみました

 この状況をこれ以上長引かせることは
 お互いの国にとってよくないと思うのです

 そちらの国の
 飢えた子供たちを助けるためにも

 私たちの家族を返してください

 私個人としては
 家族を返してくだされば
 むやみに恨んだりはいたしません

 ・・・過ちの罰は受けていただかねばならないにしても

 みんな幸せになりたくないですか?

 もう悲しいことは終わりにしましょう>



 そして、さかもと未明さんのそのマンガはこう結んでいます。
 <どうぞ皆さん、苦しんでいる私たちの同胞に目をそむけないで!
 拉致の解決は、私たちの家族と未来を守ること
 そのことを忘れないでね>

 アムネスティ、法務省人権擁護局、日弁連人権擁護委員会、当時の首相である小渕恵三、同じく武見敬三外務政務次官、小沢一郎自由党党首、高村正彦外相、中山正暉自民党議員そして日本赤十字社など数え切れないぐらいの組織と人に横田御夫妻は会ったそうですが、何もしてくれなかったそうです。今の小泉首相は会おうともしないそうです。それでいて、ミス○○とか芸能人は大好きですぐに会っています。

 今日は立川にいきマルガリータさんに歯の治療でお世話になる。駅前には隔週で立川駅前で活動されている特定失踪調査会のボランティアの方がいらっしゃっいました。ご苦労様です。なんでもいいから自分達ができる事をする。それが大切だろうと思います。街中とか電車などで、ブルーリボンを付けている人とほとんど会った事がなく、集会とかであんなに付けている多くの人はどこにいったのだろうと思っていたので、先月、御招待いただいた早稲田大学棒術会の追い出しコンパでもサカイさんなどは当店が配らせていただいたブルーリボンバッチを付けていてくれてうれしかった。北朝鮮という犯罪国家に同胞が拉致されたというこの醜い現実を我々は風化させずに一日も早く解決しなければならないと思います。

 Kさん二名様で来店。二回めですが、わかり辛くてずいぶんと迷われたそうで、申し訳ございません。初めてのお客様Eさん二名様で来店。お連れさんは長野県で蔵人をされているそうで、五年目だそうですが、がっんばっていいお酒を造ってください。Yさん来店。
友達の酒屋さんがダウンしたのとは関係ないのですが、今日は飲まず。


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