横田喜三郎

平成19年11月4日日曜日晴れ ○
 店を片付けてから、久しぶりにスポーツセンターに行く。
 部屋に帰ると、テレビがニュースで小沢一郎氏の民主党代表辞意を伝えていた。連立など小沢氏にとったら珍しくもないでしょう。
 自由党党首時代の九八年には、当時の自民党幹事長であった野中氏と会って、自民党との連立をやっている。シェーフアー大使は晒しもの状態の公開でしか会わず。安部前総理が要望した党首会談にも出てこなかったのに、福田総理とはどういうわけか密室会談。
 今日、つけっぱなしにしていたテレビに出ていた小沢氏の側近だったという人。確か平野貞夫氏だったと思うが、テレビをあまり見ていなかったので名前の記憶がイマイチです。その人が戦後民主主義とかで「横田喜三郎」の名前を出して絶賛していたが、少しまともな考えを持てる人間であれば、横田喜三郎などという変節漢の名前は恥ずかしくて出せないと思います。

 戦後まもない昭和二二年、東京帝国大学法学部教授の身分で「こんどの戦争で、日本は極端な侵略戦争を行い、その戦争中において、また驚くべき暴虐行為を行つた(ママ)」「戦争犯罪の理論については、実質に重きをおかなければならない。形式にとらわれてはならぬ。まして、形式上のささいな不備などを理由とし、技術的な論理をもてあそび、実質を無視するようなことがあってはならない」と書いて、大東亜戦争を侵略戦争と断じ、東京裁判を全面的に支持する「戦争犯罪論」を書き、「民主主義のてっていという点から見れば、日本の新憲法などは、まだまだ不十分であり、微温的というべきものである。一つの例をあげてみれば、天皇制を維持したこと、つまり君主制を保存したことがそうである。略)かように、特定の人が世襲によって特別な地位、身分、権利を有することは、民主主義の根本理念に反する」とまで書いた「戦争の放棄」、「いわゆる万世一系の血統に生まれたというだけの理由によって、当然に、右のような(天皇としての)特殊な権力をにぎり、特殊な利益を受けている」「これらのことを統合してみれば、天皇制を維持する理由はないといわなくてはならない」と書いた「天皇制」の著者。そして、その後、最高裁長官にまで上り詰め、文化勲章まで授与され、国際技術財団理事長の時には「皇太子殿下と妃殿下の御臨席を願う」と自伝に書いた横田喜三郎という生き方に賛同などできるはずはないであろう。
 流石は小沢一郎氏の側近であったというだけのことはある。