野田峯雄

平成20年11月15日土曜日晴れのちくもり△
 今日、あのテロ国家北朝鮮に拉致された市川修一さんのご母堂、市川トミさんがお亡くなりになったそうです。三〇年間もの間待ち続けた、息子の修一さんとの再会を果たす事無く旅立たれたのはさぞ御無念だったことと思います。
そして、今日は三一年前に、当時、中学生であった横田めぐみさんが新潟において、卑劣な北朝鮮工作員に拉致された日です。
 
 この横田めぐみさん、他の方々の北朝鮮による拉致について、小泉元首相が訪朝し、金正日が拉致を認めるまで、在日朝鮮人はもとより、我が国政治家、マスコミ、教授など多くの人間が北朝鮮擁護をし、家族会の皆様に対して酷い対応をしてきた。
 
辛淑玉女史、北川広和氏など「拉致はウソだ」と明確に否定する人物も多くいました。
 拉致が明らかになったとき、「救う会」の佐藤勝己会長は「九〇年代以降は、自民党のなかに
金丸信さん、渡辺美智雄さん、加藤紘一さん、野中広務さん、中山正暉さん、こういった方たちが、たえずコメを出すとか拉致問題を不問に付して日朝交渉をやれとかやってきたことが、今日まで拉致問題が問題にならなかった大きな理由の一つ」と述べています。黄元朝鮮労働党書記を日本に招こうとした行動にストップをかけたのは、中川秀直衆議院議員だそうですが、ジャーナリストという肩書きを持つ者の中にも、同じような人間が山ほどいます。
 野田峯雄氏などもそうです。
 野田氏は<国会議員秘書、「現代コリア」、産経、アエラ「横田めぐみさんら致騒動」で奇妙なハーモニー 起点”は佐藤勝巳氏?>という記事を月刊「宝石」で書いて、それを朝鮮新報が、九七年一二月二四日引用する形で記事にしています。(現在は削除されているのか見つける事ができません。)
 この中で、野田氏は<それにしても、産経新聞とアエラと西村議員。2月3日の彼らのハーモニーをどのように理解したらいいのか。
 たとえば産経新聞やアエラの記者たちはちょっとしたトリックにひっかかってしまったのではないか?>と横田めぐみさん拉致事件に疑問を呈し、
<「めぐみさん」は彼らの主義主張(いわば反北朝鮮過激派)の悲惨なマチエールと化してしまった感がしないでもない。>
と書いています。


 同じく、あの吉 田 康 彦氏が中心となって活動する「北朝鮮人道支援の会」の ニューズレターNO.5 2000(平成12)年5月1日
には「日本人拉致疑惑をめぐる“疑惑”」として、
 <4月下旬に横田めぐみさんの両親の滋さんと早紀江さんの住まいを訪れた。
緩慢ながら着実に前進している米朝協議、4月上旬に再開された日朝国交正常化交渉、6月中旬の南北朝鮮首脳会談、また、これらを手がかりに浮上してきたさまざまな経済的・対北朝鮮アプローチ(胎動)など、北東アジアがやっと過去に決別して新しい舞台へ入る、いわば回天の季節を迎えようとしている中で、なお、けっして見落とすことのできない「問題」があったからだ。>
として、
 <どうやら「拉致」と「ミサイル」と「不審船」を渾然一体化しているようなのである。なぜ渾然一体化するのか? ちなみに、防衛庁資料によるとミサイル(飛翔体)の軌跡は、日本上空には違いないが各国があたりまえに利用している人工衛星ゾーンであり(領空に関する国際的な共通概念や規定は存在しない)、おまけに同飛翔体の落下ポイントは、「三陸沖合」などどはとても言い難い、日本の領海の外縁からなお60キロほど向こうである。不審船のほうにもちょっと触れておく。2隻のうちの1隻(同名の漁船)の経歴には、奇妙なことだが、日本から「韓国」へ売られたことを示す痕跡がかい間みえる。
 
いずれにしろ、すべてを一括して北朝鮮に背負い込ませる「思考」パターンから、私たちは、もう脱却すべきではないだろうか。あまつさえ「拉致」の場合、これまでいくらでもチャンスがあったにもかかわらず、日本の捜査当局(および外務省)は、だれもが納得できる明確な証拠を私たちにも北朝鮮にも提示し得ていない。いいかえれば、いまもって「行方不明者」と「北朝鮮」を結ぶ鮮明な糸がない。
略)
 さて、横田滋さんの署名活動についての説明(前述)によってとくに喚起されたのは、今日、私たちの耳にしている「拉致」が、行方不明者たちの個々の事件の客観的な検証に立脚しているのではなく、「ミサイル」や「不審船」などに強く結びつけられ、支えられて、なんとか成立しているという点である。そのため「拉致」はいったいどんな形に成長したのか?
略)
 
おそらく、「元北朝鮮工作員の囁く横田めぐみさん」や「売国奴!」や「日の丸」や「うさぎ追いしかの山」の混濁した沼からは、何も生まれないだろう。
 と書いています。(現在は、これらは消されており、ホームページではNO.二〇からしか見る事はできません。)

北朝鮮工作船については「何を物語る−江ノ島騒動」として
「朝鮮新報」2002年 1月 25,28日付
 <昨年12月、海上保安庁は東シナ海で戦後初めて危害射撃を行い、船舶を沈没させて15人の命を奪った。
 小泉首相はそれを「正当防衛」だと言う。だが、この主張はまさに子供だましでしかない。武力による威かくや武力攻撃を禁じた憲法下では、原則に忠実なら、いかなる形であれ攻撃的な武器使用は許されない。ましてや一件は「公海」で発生している。国際慣習法や国内法を踏みにじった行為である。そこには自分勝手な秩序を主張するごう慢さが張りついている。
 事件の経緯から見てもさまざまな疑問が浮かぶ。
 自衛隊は「不審船」が出港する時点で電波を傍受したと言う。とすればなおさら、海上自衛隊の哨戒機P3Cが奄美大島付近で「不審船」を視認した時、海上保安庁にすぐさま通報しなかったのはなぜか。通報するまで自衛隊は何をしていたのか。
 船が撃沈された場所は、最初に視認された場所から遠く離れている。なぜ海上保安庁は中国の排他的経済水域(EEZ)まで「不審船」を追跡、あまつさえ3度も攻撃し沈没させなくてはならなかったのか。腑に落ちないことがあまりにも多い。
 公開された映像も作為的だ。たとえば「不審船」が北の方向へ向かう映像が繰り返し流されている点に私は強い疑問を感じている。
 
そもそも日本政府は、「不審船」が「北朝鮮のもの」であることを大前提にして対処しているのだ。彼らがなぜそう言えるのか。客観的に検証されたものは何もない。
 また、自衛隊は「不審船」と朝鮮の間で交わしたとみられる無線交信を傍受したと言う。しかし、今まで自衛隊が傍受電波の存在を公表したのは83年の大韓機撃墜事件のときだけである。それ以外は一切ない。としたら、なぜ今回に限ってこれをむやみに振りまわすのだろうか。軍事、安全保障上の問題があるなら、逆にすべての電波情報を 国民に提示すべきではないか。その方が事の真相を明らかにすることができる。
 ところで、
日本では、いわゆる北朝鮮がらみの事件が起きるたびに必ず国内の世論を一定の方向へ持っていくような付随的な動きが発生する点を見落とすわけにはいかない。今回もそうだった。
 事件後、ハングル入りの漂流物や菓子袋が発見されるなど補足的な情報が流れた。それらがデマなのか、真実なのかは脇に置くとして、とにかく活字や映像にすれば世論を一定の方向へ誘導していくことができる。

 つまり、予断ありき。そのうえで事件化をはかる。できるだけ多くの情報を加工してメディアに流す。あたかも第3者が認めた証拠であるがごとく提示し、人々の頭の中にすり込んでいく――。日本政府は北朝鮮問題に関してこのような 「定型化したパターン」を何十年も繰り返しながら、偏見と脅威をあおってきたのだった。
 このたびも平然と人殺しを犯しながら、その正当性と真実を明確に開示しないばかりか、世論を一気に有事法制支持に持っていこうとしている。

 略)
 
日本人拉致、不審船…。事実かどうかが検証されていないふわふわとした出来事が今や既成事実化され、「北朝鮮はテロ行為をやっている」という認識が拡大、普遍化されている。その過程で首相が「次は有事法制だ」と断言しても誰も異議を唱えない。有事法制が何かもわからないまま。

 私は声を大にして言いたい。人殺しは決して「これから始める」と宣言して始まるものではないのだ。むしろ戦争は喜劇じみたふるまいから始まることを歴史が教えている。あの冷酷な侵略戦争に突き進んだ日本の歴史がそれを証明している。>

拉致問題があきらかになった後も、「拉致問題から抜け落ちた視点」として、北朝鮮人道支援の会ホームページにて、
<“9・17衝撃”の拡大過程で奇妙なほどきれいに抜け落ちてしまった視点が、以下の通り、3つある。
(1)日本の警察は何をしていたのか、何をしているのか
拉致事案にもっとも深くかかわってきた官庁はいうまでもなく警察である。したがって彼らはいまこそ前面に立つべきなのに、まるでかき消えてしまったようだ。
略)いずれにしろ、度し難い無責任と怠惰で、まず被害者の家族を絶望の淵に追い込んだのは警察官僚であった。
 略)
 (2)いわゆる日本人拉致問題の解説者たちの横顔
 その多くは妙な方々である。「横田めぐみさん事案」が発火した1997年に戻ろう。横田さんレポート(活字と映像)に関与した者たちはいずれも、当時、新潟市の現場に出向いていない。彼らは韓国の情報機関や同機関の用意した元北朝鮮工作員からの?おもらい情報?で記事をつくっている。
略)
 
目をカッと見開いて注視すべきなのは、彼らの多くが直感に憶測や妄想や偏見のたぐいを結びつけてワケ知り顔で語る手法をいまもテレビや新聞などで続け、9・17現象と呼ぶべき集団ヒステリーの様相を平然と肥大化させている点である。蓄積データを元に推測や推定を、そう断言した上で語るのは自由だし、むしろきわめて大切である。が、憶測や妄想や偏見を狂騒にまぎれ事実にスリ替えるマジックは犯罪だとしか言いようがない。

 (3)なぜ我(特異な日本列島の枠組み)にのみ囚われ、彼(北朝鮮)を見ないのか
 国交正常化交渉の再開は金正日が日本からのカネを欲しいためだと喧伝されている。そうだろうか。重要なのは彼我を等分に凝視する姿勢である。そもそも9・17では小泉首相にも訪朝する理由があった。彼が今日の苦境から国民の目をそらせたり、日本史に自分の名前をゴチック体で記されたいために北朝鮮カードを利用している側面を看過するわけにはいかない。
 また、北朝鮮はいまだ「朝鮮戦争」を戦っている。敵は米国である。いま北朝鮮の最大課題は米国の経済封鎖を解除させることだ。そのため冷酷にも拉致問題をテコに、まず日本を動かそうとしているのではないか。もし米国の経済封鎖が解ければ、欧米資本や中国・華僑資本や韓国資本などが入り、日本の位置は相対的に低下する。米系資本はすでに、地球最後の開発地と言われる人口約1億5000万人の北東ア・マーケット(朝鮮半島+中国東北部+極東ロシア+モンゴル)への進出シナリオを作成している。
 つまり、我のみ、言い換えると「ぬくぬくとした特殊日本列島」の枠組みでモノゴトを理解しようとしては、おまけに蔑視とセットになった金持ち幻影に溺れていては、北朝鮮の言動(狙い)を読み取ることができないのだ。> 
引用終わり。

 このように、北朝鮮が拉致を認めるまでは、拉致に対して否定的であり、そして、北朝鮮核兵器開発についても、北朝鮮工作船についても同様に否定的、あるいは擁護までしている。しかし、それはすべて、外れた結果、警察の無能さ、拉致報道について真摯な報道をして来た人たちをまさに逆切れして攻めて、そして、「北朝鮮は今だに戦争中である」のだと開き直る醜態を曝しています。
 この男のジャーナリストとしてのアホさ、無能さだけが証明されたわけですが、私には、野田峯雄氏の文章のどこからも拉致をした北朝鮮という犯罪国家に対しての怒りも、拉致された罪なき同胞に対しての日本人としての思いも感じられない。己のイデオロギーに基づく記事を書くだけの典型的な腐れジャーナリストの姿だけしか見えない。 

裏表紙