西日本新聞のバカさ加減

5月16日月曜日晴れ ××× 平成18年1月15日日曜日URAに掲載
「日本政府、強制徴用も縮小・歪曲か」という朝鮮の中央日報の今日の記事を御覧いただきたい。
http://japanese.joins.com/article/article.php?aid=63579&servcode=200&sectcode=200
以下一部引用
 
日本政府が進めている朝鮮人徴用者遺骨調査が、極めて一部の企業を対象に行われており、正確な実態解明にはほど遠い縮小調査だという疑惑が提起された。 朝鮮人強制連行真相調査団は16日、記者会見を行い、「朝鮮人徴用者が働いていた企業は、日本政府の資料から確認されたものだけでも400カ所以上にのぼるが、日本政府の調査は100社余にすぎない」と明らかにした。また「日本政府が形式的な調査を行って一部の遺骨だけを返還し、強制徴用問題を早期に片付けてしまおうという意図があるのはでないか疑わしい」と指摘した。
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◇広範囲にわたる強制連行=植民地時代の朝鮮人徴用者の数は少なくとも60万人、多ければ100万人以上と推定されている。 日本厚生労働省の集計では、1939〜45年に66万7684人の朝鮮人が日本企業に徴用されたという。 うち、およそ1割にあたる6万7609人の名簿が、91年、日本政府の実態調査で確認された。 韓国政府もこの名簿を譲り受けた。
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2005.05.16 20:43:14

そして下記の文章は西日本新聞のホームページより引用したものです。
http://www.nishinippon.co.jp/news/wordbox/display/1443/
強制連行
 1938年に制定された国家総動員法に基づく国民徴用令により、39年から終戦(45年)まで、多くの朝鮮人や中国人が炭鉱、土木工事現場、軍需工場などで過酷な労働に従事させられたとされる。その人数については学界でも諸説あるが、朝鮮半島からは約70万人が連行されたとする説が多い。
後略)


 南北朝鮮が戦時売春婦を「従軍慰安婦」、女子挺身隊をも「子どもまでも強制連行して従軍慰安婦」、戦時徴用を「強制連行」と支那の万年属国のウソつき民族らしい事を言いまくっています。まあ、朝日新聞のようにマッチポンプ的に火をつけて煽動していたマスコミもありますが、朝鮮人のウソに反日日本人と我が国の腐れマスコミが便乗していました。

 過去に何度もいわれているように、「徴用」と「強制連行」は違います。それをキチガイマスコミの一つである西日本新聞では徴用=強制連行としているのです。
「強制徴用」という言葉もおかしいのですが、あの反日学者?である吉見義明氏がよく使う「広義の意味での強制連行」などと同じく都合よく解釈して意図して使っているのでしょう。
 我が国で徴用が制度化されたのは1939年(昭和13年) 国家総動員法第4条によってです。これにより39年4月にできた徴用令では男子15〜45歳、女子16〜25歳が対象となり、43年には男子12〜60歳、女子12〜40歳に拡大されました。
台湾でも39年徴用令に合わせて、10月府令で施行規則が制定され、台湾本島の他、内地や南方占領地に徴用されました。
 ところが、朝鮮には39年の時点では徴用令が施行されていません。自由募集だけだったのです。それまでの朝鮮人の内地への移住は、制限されていました。
40年に自由募集ながら計画的な運営が図られ、41年に軍関係の徴用が始まり、42年に自由募集が官斡旋に切り替わり事実上の徴用が始まりました。
内地同様の徴用令が施行されたのは44年からです。
このときに小磯国昭朝鮮府総督は、関係官を徴用事業所に派遣し、将来朝鮮の技術向上の礎石として活動できるよう受け入れ側に体制の整備を要求しました。厳罰主義をさけ、労働条件の悪いところには割り当てを減らすなどの処置を施しましたので、徴用拒否者が続出し44年徴用令施行より45年6月まで割当数の79%しか送り出せませんでした。
 42年からの官斡旋が強制連行といわれる場合が多いが、官斡旋の場合は徴用と違いあくまで自由意思であり拒否による罰則が無いことである。
 強制連行は嫌がる者を力ずくで連れていくことであり、教科書などでもあのい嘘つきの朝鮮人の朴慶植や、反日日本人で詐欺師の吉田清治の本などから引用した文が多いが、出頭する時間、場所が決まっていて自発的に出頭する徴用令による徴用を強制連行と呼んでいることは明らかな間違いです。その間違いを判っていてわざと使っている反日日本人や朝鮮人も多いと思います。
 徴用で出頭しなければ、一年以内の懲役または1000円以下の罰金に処せられました。徴用拒否の場合は強制労働ではなく、刑務所だったわけですので、「寝ているところをいきなり捕まり、トラックに乗せられ日本に連れてこられた」などという事がいかにウソか分かります。

 1943年から台湾から本土に来た少年たちによる「
台湾少年工」の人たちと朝鮮人との大きな意識の違いはなんでしょう。

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