松岡徹 

(民主党)朝鮮総連・ヤミ専従・差別を叫び人権利権を守る腐れ同和人権屋

文責はすべて、酒たまねぎや店主の木下隆義にございます


民主党 松岡徹

平成21年7月16日木曜日晴れ △

 農水省の出先機関で勤務中の違法活動というニュースがすこし前にありました。

 以下引用

 勤務中1400回の組合集会、農水出先機関で違法活動広がる

 略)

 国家公務員法は勤務中の集会参加などを禁じており、同省は職務専念義務違反の疑いがあることを認め、改めて調査を始めた。現在、省内で進められているヤミ専従の調査対象者142人以外の職員も参加していたことが確認されており、違法な組合活動が職場全体に広がっていたことが浮き彫りになった。

 同省が地方分権改革推進委員会に提出した「労働情勢報告」で明らかになった。全農林労働組合の各地での活動状況を本省に報告するため、全国の出先機関が毎月作成しているもので、活動内容や時間、参加者などが記されている。実態を把握しながら放置していた同省の責任も問われそうだ。

 報告書によると、勤務時間内に行われた職場集会、定期大会、組織強化のための「オルグ」は06年度が少なくとも約700回、07年度が約580回、08年度は約130回にのぼった。

 国家公務員法では、労使で行う交渉・協議は勤務時間内でも認められているが、組合の開くオルグや職場集会は休暇を取らなければ参加することはできない。現在、同省が休暇取得状況を順次調べているが、関東農政局(さいたま市)の場合、219人が参加して勤務時間中にオルグが開かれた07年10月25日に、休暇を取得していたのは同局の組合員約480人中、33人だけだった。

略)

引用終わり

(2009年6月17日03時07分  読売新聞)

 そして、その後も

職員の違法な組合活動(ヤミ専従)問題を調査していた第三者委員会の秋山昭八委員長(左)から報告書を受け取る石破茂農水相。就業時間中の無断職場離脱を年間30日以上、行っていた者は198人に上った(15日) 2009年7月14日【時事通信社】

 このように大騒ぎになっていますが、では、民主党の松岡徹氏の場合はどうでしょう。

<2009年1月14日 (水)

部落解放同盟大阪府連の新年出発のつどいで挨拶

1月8日、昨年まで執行委員長を務めていた部落解放同盟大阪府連合会の「2009年出発の集い」に招かれ、挨拶しました。>

と、ご自分のホームページに書いています。

http://www.matsuoka-toru.jp/2009/01/post-2917.html

 ここに書かれているように、松岡氏は部落解放同盟大阪府連の委員長役員でもありました。

そして、部落解放同盟中央本部の書記長で、

公式ホームページのプロフィール では

「1951年11月26日、大阪市西成区生まれ。 1970年、初芝高校卒業。 1972年から89年まで大阪市職員。 1991年、大阪市会議員に当選、3期 12年、人権課題の集中した西成で住民とともに「福祉と人権のまちづくり」に取り組む。」

 http://www.matsuoka-toru.jp/profile.html

と、一九七二年から八十九年まで十七年間大阪市職員となっていますが、下記のようなページが存在します。

<1975年 解放同盟府連市内ブロックオルグに

24歳のとき、府連のオルグになりました。当時は行政闘争が盛んで、大阪市内の要求がどんどん高まり、支部ごとに徹夜の行政交渉が連日続きました。身体はきつかったが各支部の実情や部落解放運動のあり方など全体像が理解できるようになってきました。市内ブロックの運動が府内の各支部の運動に大きな影響を与えていましたので、市内ブロックでの論議はシビアでしたね。良い勉強になりました。こうした組織の裏方として20年あまりやってきたわけです。>

(松岡とおるサイト/松岡とおる物語)

http://web.archive.org/web/20040125213940/www.matsuoka-toru.jp/history.html

 

つまり、大阪市地方公務員であった一九七五年より部落解放同盟大阪府連のオルグ(専従職員)となっている。

専従職員でありながら地方公務員でもあったわけである。

もし、大阪市から市職員としての給料が出ながら部落解放同盟のため専従職員として働いているのであれば、今、騒がれている闇専従になるのではないか。

 「組合の開くオルグや職場集会は休暇を取らなければ参加することはできない。」と先の読売新聞の記事にもあるように、休職扱いであれば、奈良市職員でありながら部落解放同盟県連の奈良市支部協議会副議長であった中川昌史(朝鮮人と同じように南畑安太郎という偽名まで使っていました)のように長期休職扱いであったのであろうか。

 一九七五年から退職する一九八九年まで十四年も休職扱いであったのであろうか。

地方公務員の場合、病気でもなくそのような事が可能なのであろうか。

 現在は、国会議員という公職にある身分としては、当然、このような疑問にお答えいただけるものと存じますがいかがだろう。

ということで、松岡議員に七月十一日にメールにてこのことについて、問い合わせをさせていただきました。

 もちろん、当方の住所、氏名、電話番号も明記させていただきました。

 返事は今日現在いただいておりません。

 

部落解放同盟と北朝鮮とのつながり

7月17日金曜日晴れ △

 民主党松岡徹議員はあの犯罪国家である北朝鮮の首領様金日成を讃える生誕九十五周年記念、金正日生誕六十五周年記念として平成十九年四月七日大阪で開かれた「自主と平和のための全国フォーラム」、同じく平成二十一年六月七日に大阪で開かれた「自主と平和のための全国フォーラム」に参加し、挨拶をおこなっている。

 北朝鮮に拉致された我が国同胞の問題が解決されていないのに、国民を守るべき国会議員がこのような行動をとるとは考えられない事ですが、北朝鮮と部落解放同盟の関係を考えた時には、ある意味納得出来る事です。

 以下は「同和利権の真相三」(宝島社 平成十五年)の寺園敦史氏の「部落解放同盟の人権不感症体質を検証する」よりの引用です。

以下引用

< 部落解放同盟は昭和六十年(一九八五年)以来より北朝鮮と密接な関係を維持している。昭和五七年(一九八二年)に上杉佐一郎氏が中央本部委員長に就任後、解放同盟は反差別運動を掲げ国際活動を重視し始める。北朝鮮との交流もその一環であった。

 その交流内容からも解放同盟の人権感覚の鈍さが浮き上がってくる。

 昭和六〇年五月下旬、上杉氏ら本部役員七人が初めて北朝鮮を訪問している。訪朝団は約一週間かけて金日成生誕地や、チェチュ思想塔、板門店、博物館や美術館などをめぐり、観劇、映画『金正日書記』鑑賞など、もっぱら観光旅行をしていたが、金日成と会談したり、チュチェ思想学習会にも参加したりしている。

 解放同盟中央本部編『上杉佐一郎伝』(解放出版社)によると、上杉氏の訪朝の動機は、「あの戦争による日本人の行動に対する深い悔恨の思いがあった」からだという。

略)

 訪問最終日に催された解放同盟主催の「答礼宴」での上杉氏の挨拶は驚くべきものだった。

「(前略)

 なによりも偉大な指導者、金日成主席閣下とお会い出来た事は、私達にとって生涯忘れる事のできない光栄な出来事でありました。

(中略)

 この偉大な事業が、チュチェ思想に導かれたものであることを学び、今後私達の部落解放運動も、いっそうチュチェ思想の学習を深めて行かなければならないと決意しています。

(中略)

 ここで偉大なる指導者、金日成主席閣下の万年長寿と、共和国の人民が敬愛してやまない金正日書記の万年長寿のために

(中略)

乾杯を提唱したいと思います」

(解放新聞 八五年九月九日)>

引用終わり

(p二十九〜三十)

 その後も部落解放同盟の北朝鮮に対しての賛美はやみません。

同じく同書より

<平成十四年(二〇〇二年)六月の組坂繁之委員長を団長とする訪朝団において、

朝鮮対外文化連絡協議会(対文教)を表敬訪問した組坂氏は

<アリラン祭には大いに感動した、と語りながら、日本の軍国主義復活を阻止し、アジアの平和、朝鮮の自主的平和統一にともにがんばりたい、今後とも連帯の絆を強くしていきたい、と語ったという>

(「解放新聞」〇二年七月十五日より)

 同じく同行した笠松「解放新聞」編集長の訪問記

<拉致疑惑、不審船問題、テポドン問題などを含め、何かあると『北が犯人、何をしでかすかわからない』という形で共和国が犯人視されて当然、という空気が作り出されている。>

<学校、学生少年宮殿を訪れ、多くの子供達に接した。その限りでは、子供達の栄養状態は改善されている、と見えた。子供達の目は輝き、自分自身が向上することが、社会全体の向上につながる、という確信に満ちた表情にあふれていた。そこは、受験戦争などとは無縁な、公教育を大切にしながら、社会変革の主体としての人間を育てよう、という政策が見えた>

<たしかに、今は、世界的に孤立を強いられていることからも、いわゆる国力は強いとは言えない。しかし、緑と水にあふれ、ゆっくりと時間が流れるピョンヤンの方が、人間的だと思える。医療費、教育費は無料、というのもすばらしい、と感じられる>

(「解放新聞」〇二年七月二十二日) 

 「不審船」と言われた北朝鮮工作船が東シナ海において、我が国の海上保安庁により銃撃戦ののち沈没したのは平成十三年十二月二十二日の事です。

 よど号ハイジャック犯の柴田泰弘の妻である八尾恵が、すでにこの平成十四年(二〇〇二年)三月十二日に同じくよど号ハイジャック犯の妻である赤城恵美子の第三回公判において証言し、その日にマスコミ各社に当てて、自分の犯行についてFAXを流している。

 この部落解放同盟の連中が北朝鮮に行っているのはそれから四〜六ヶ月以上も経ってからです。

 そして、部落解放同盟大阪府連の委員長役員でもあった民主党の松岡徹議員は、北朝鮮による工作船が引き上げられ、そして小泉首相の訪朝により拉致が明らかになったのちも、朝鮮総連の集会において、我が国の国会議員として挨拶しています。

 北朝鮮と、部落解放同盟のつながりの深さと我が国同胞に対しての意識がよくわかる事例です。

 こんな人間が民主党の「次の内閣」ネクスト副法務大臣だそうです。

ブラックジョーク以外の何ものでもありません。

 同和問題についてはこの後も続く予定です。

 今日、「九平次」蔵元の萬乗醸造さんに電話すると、丁度九平治さんが電話に出てくださり、飲んべえの会の打ち合わせ。

結局、10月3日土曜日に決定。今回の目玉は別誂の一升瓶三年間の垂直。

 

 京都からKさん来店。Oさんのネットゲーム仲間だそうで、そのOさんのご紹介。

 Tさん来店。Kくん四名様で来店。Mさん二名様で来店。Mさん二名様で来店。

 今日は飲み始めが遅く、一応一通り飲んでオシマイ。

 記憶はあり。


朝鮮人、支那人の不正入国を助ける国会議員

 

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