我が国が朝鮮語を使うのを禁じたと報じた嘘つきのアホ記者・前田安正

文責はすべて、酒たまねぎや店主の木下隆義にございます


 

平成20年2月29日金曜日晴れ △
 随分前のチョンイル新聞(通名朝日新聞)の前田安正記者の記事です。
 <ソウルの学生街で先月、「国名を漢字で書いて」と頼んだ。「大・民・國」は書けるが、「韓」が出てこない。
略)
 通りかかった学生たちに声を掛けたが、国名・国旗名を正しく書けたのは、一人もいなかった。
略)
 韓国はハングルの国、漢字をい書けないのは当然だ。
一九一〇年から四五年まで、日本の植民地として母国語が奪われた。
略)
 前田安正>
(アジアズームイン 漢字圏 D 二〇〇五年一月一八日夕刊)

 この記事を書いた前田安正氏は、わが国が併合により、いったいどのようにして朝鮮の言葉を奪ったとでもいうのでしょうか。朝鮮語を使ってはいけないという法令は、わが国が朝鮮半島を併合していた間には、一回もだしてはいません。朝鮮だけでなく、台湾などわが国が統治していたところは、日本語が公用語です。それは、他国もおなじです。しかし、それにより朝鮮語を日常的使用を禁止する必要性はなにもない。ハングルはわが国の統治により広まった文字です。一九四一年(昭和一六年)に普通学校(小学校)においての朝鮮語教育は止められたが、授業がなくなっただけで、朝鮮語の使用を禁止したわけではない。最低でも、一九三七年(昭和一二年)までの三〇年ちかくは朝鮮語の教育が必修科目だったのです。一九三八年南総督が民意を聞くために開いた面談会で、「朝鮮人の進むべき道」などを書いた朝鮮人の玄永燮は朝鮮語の全廃を主張したが、南総督はそれを拒否している。
 そして、一九三九年(昭和一四年)まで官庁では朝鮮語の学習を奨励する朝鮮語奨励費が支出されている。民族を抹殺するには、その民族の歴史を教えなければいい。これは
オランダのインドネシア統治、戦後のGHQのわが国における占領政策もよく表れている。ところが、わが国は朝鮮史教育は、一九一五年(大正四年)景福宮に総督府博物館を設け、慶州、開城、平壌、扶余、公州に博物館または分館を設けた。
 一九二二年(大正一一年)には朝鮮史編纂委員会を設け、一九四一年(昭和一六年)まで毎年五万円から一〇万円投資し、アジア各地から資料を集め、新羅統一以前から李朝後期まで、全三五巻、二万四〇〇〇頁の朝鮮史を刊行している。
 授業でも日本史の一環として朝鮮史にも配慮されている。歴史教育が始まったのは、初等教育が四年制から六年制に延長された一九二一年(大正一〇年)からですが、日本史には朝鮮史が含まれていた。朝鮮半島に作られた京城帝国大学では朝鮮史の研究は最期までおこなわれていた。ましてや、現代の朝鮮人が漢字を書けないのは、朝鮮人自身の問題であって、日本のせいではない。それを、「日本の植民地として母国語が奪われた」と書くとは、この前田安正氏というチョンイル新聞の記者さんの程度がよくわかる記事です。

 アホウ過ぎる


 

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