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保阪正康

平成20年4月22日火曜日晴れ ×
 今発売中の週刊現代五月三日号に、ノンフィクション作家保阪正康氏の「今こそ日本の『罪の世代』が『歴史問題』を清算せよ」と題した記事が掲載されている。それには福田議員が首相に就任する少し前に保阪氏と福田氏の会食の会話から始まるもので、下記のような内容です。
以下引用。
 <福田氏は当時日本で起こっていた感情的な中国批判の風潮を「ああいうことをやって何の意味があるのか」と深く嘆いていた。私もまったく同感だった。
 終戦の六年前、昭和一四年に生まれた私は「戦争体験」は持っているが「戦場体験」は持っていない。それは福田首相もそうだ。
 ところが、五月に訪日予定の胡錦濤主席(四二年生まれ)や、昨年四月に来日した温家宝首相(同)ら私と同世代の中国人らは戦争体験だけでなく、戦場体験も持ち合わせている。なぜなら、八年間続いた日中戦争の戦場は、中国全土にわたったからだ。
 五年ほど前、中国の東北部(旧満州)を訪問したが、案内役の中国人元外交官は、私と同世代だった。この外交官が、雑談の最中にふと漏らした。
「私が育った新京(現在の吉林省長春)では、小学校の同級生の過半数が、親族の誰かを日本軍に殺されていました。親族を日本軍に殺された彼らの怒りは、戦後何年経っても消えることはありません。」
 私はこの話を聞いた時、日中間で戦争認識の”ズレ”があることを再認識した。
 戦争体験を持った日本人に求められているのは、むしろ彼等の声を真摯に受けとめることなのである。我々の世代が彼らの叫びをきちんと受けとめてやることによって、初めて日中間の不幸な歴史を精算することが可能となるのだ。
 その意味では、現在七一歳の福田首相も、六八歳の私もいわば「罪を負った世代」である。だからわれわれの世代が、負うべき罪をきちんと背負って使命を終えることで、次の世代は歴史に対してフリーハンドになれる。
 逆に、いま歴史問題に対して、中国側の主張に対応することは、日本にとって得にはならない。なぜなら、そのような態度を取れば、われわれはいつまでたっても歴史を精算できないからだ。対中強硬派の主張は、歴史を精算しようとしているかに見えて、結局は回り道をしているのだ>

引用終わり
 (週刊現代平成二〇年五月三日号p二九〜三〇)

 保坂氏はまず、我が国国民と違って、支那の国民を「戦争体験」だけでなく「戦場体験」を持っているとしているが、我が国も米軍による無差別爆撃により焦土とされ、沖縄においては我が国政府は一七八隻もの艦艇による一六万人の沖縄県民の疎開させたのち、残された沖縄県民の方々は日本軍とともに戦い多くの方が亡くなられました。その後の過った歴史教育によりその米軍より、我が国軍隊が悪というイメージがまかり通っていますが、我が国国民も戦場体験を持っているのです。
 沖縄において、米軍より我が軍に対して悪い感情を持っているのは、戦後の沖縄においての政策、教育であり、同様に支那人の現在の我が国に対しての反日感情は支那政府の政策であり、教育なのです。

 支那へ我が国が軍隊を送り、支那大陸においての戦闘により多くの民間人が命を失ったことは事実である。しかし、現在、支那政府が行っている反日政策は、それにより支那にとって大成功しているからです。
 支那にとっての反日政策について、古森義久氏の著書「日中再考」(扶桑社刊)に二〇〇〇年一〇月一一日のAP通信の報道として下記のような記述があります。
 「中国共産党は、日本軍への抗戦を主導したことを統治の正当性(レジティマシー)の支えとし、そのためには日本軍の残虐行為などに関する記憶を国家が管理するメディアの頻繁な報道でいつまでも生き生きとさせておこうとする」(P三八〜三九)
 このAP通信の記事は支那がいつまでも我が国を糾弾する理由としての要因を示しています。そして、古森氏は外務省の北京駐在支那専門官の指摘として、支那の現在の中高教科書に我が国の戦争行為にかんする記述だけで、戦後の日本に関する記述がほとんど無い事なども書いています。我が国が憲法第九条を後生大事にし、非核三原則を守り、戦後一度も軍事力を行使していないなどということは支那の子供達には教えられていないのです。つまり、我が国のイメージは戦前のままなのです。
 それはどうしてか。そのほうが、現在の一党独裁という共産党統治を支えるための政治宣伝としては効果が高められることになるからです。
 古森氏はまた、香港の英字新聞サウスチャイナ・モーニングポスト二〇〇〇年一〇月六日のマイク・オニ−ル記者の「われわれは許さない。だがあなた方のカネは取る」と題した記事よりの引用として
「中国共産党が貿易、経済援助、投資、観光などの最有力相手の日本を過去の戦争問題でたたきつづけるのは、日本を決して贖罪を果たし得ない罪人として押さえておくという戦略のためだ」「日本がいくら謝罪しても、いくら援助資金を贈っても、絶対に十分というふうにはならない」(アジア人外交官)
 そして、オニ−ル記者は結びとして、支那側の日本糾弾の理由のひとつを強調しているそうです。
 「それはこの反日政策が大成功であることだ。日本を間断なく攻撃しても、中国側になんの不利な結果もないことだ。日本の企業は中国に依然、投資を続け、観光客は訪中をつづけ、正負は援助資金を提供し続けてきた」
 だから中国にとってこれほど便利な外交戦略はなかったというのである。(同書P四二)

 これらから、支那の我が国に対する歴史問題というものがどのようなものかよく解るし、保坂氏が書くような「我々の世代が彼らの叫びをきちんと受けとめてやることによって、初めて日中間の不幸な歴史を精算することが可能となるのだ。」ということでは決してない事もわかる。ましてや、「「罪を負った世代」である。だからわれわれの世代が、負うべき罪をきちんと背負って使命を終えることで、次の世代は歴史に対してフリーハンドになれる。」と書くようにフリーハンドにはなれない。支那がそうさせないからです。

 ところで、この週刊現代も胡錦濤や温家宝にわざわざ(フージンタオ)、(ウエンジャバオ)と振り仮名を朝日新聞なみにふってあったが、これって、この雑誌の姿勢を表している?

裏表紙