こうやって歴史は歪められていく

GHQ戦後占領政策

朝日新聞の例

文責はすべて、酒たまねぎや店主の木下隆義にございます


 

平成21年5月16日土曜日くもりのち雨 ×××

 元号を普通字、西暦を太文字で表記し、南京「大」虐殺、「従軍」慰安婦を捏造し、朝鮮人の犯罪者には寛大な朝日新聞はいつから赤い赤い新聞なのか。

 戦前はソビエトにとり英雄であるゾルゲとともに我が国を売ったまさに売国奴の尾崎秀実が属していた新聞社が朝日新聞です。

しかし、「二重橋前に赤子の群 立上がる日本民族 苦難突破の民草の声」の見出しとともに下記の記事が掲載されていたと手元にある江藤淳氏の著書にありました。

以下はその江藤氏の著書よりの引用です。

<略)

 静かなやうでありながら、そこには嵐があつた。国民の激しい感情の嵐であつた。広場の柵をつかまへて泣き叫んでいる少女があつた。日本人である。みんな日本人である。この日正午その耳に拝した玉音が深く胸に刻み込まれてのである。

あゝけふこの日、このやうな天皇陛下の御言葉を聴かうとは誰が想像してゐたであらう。戦争は勝てる。国民の一人一人があらん限りの力を出し尽くせば、大東亜戦争は必ず勝てる。

さう思ひ、さう信じて、この人達はきのふまで空襲も怖れずに戦つて来たのである。それがこんなことになつた。あれだけ長い苦しみを苦しみともせず耐へ抜いて来た戦ひであつた。

 泣けるのは当然である。群衆の中から歌声が流れはじめた。「海ゆかば」の歌である。一人が歌ひはじめると、すべての者が泣きじやくりながらこれに唱和した。

「大君の辺にこそ死なめかへりみはせじ」この歌声もまた大内山へと流れて行つた。またちがつた歌声が右の方から起つた。「君が代」である。歌はまたみんなに唱和された。あゝ、天皇陛下の御耳に届き参らせたであらうか。

 天皇陛下、お許し下さい。

 天皇陛下!悲痛な叫びがあちこちから聞こえた。一人の青年が立ち上つて、「天皇陛下万歳」とあらん限りの声をふりしぼつて奉唱した。群衆の後の方でまた「天皇陛下万歳」の声が起つた。将校と学生であつた。

 土下座の群衆は立ち去らうともしなかつた。歌つては泣き泣いては歌つた。通勤時間に、この群衆は二重橋を埋め尽してゐた。けふもあすもこの国民の声は続くであらう。あすもあさつても「海ゆかば・・・・・・」は歌ひつゞけられるであらう。民族の声である。大御心を奉戴し、苦難の生活に突進せんとする民草の声である。日本民族は敗れはしなかつた。>

朝日新聞 昭和二十年八月一六日第二面トップ記事

「忘れたこと 忘れさせられたこと」(江藤淳 文藝春秋 昭和五十四年刊)P十三〜十四

 朝日新聞は、昭和二十年九月十八日十六時から二十日十六時までの二日間、発行停止処分を受けます。

その発行停止命令の対象となった記事は

<“力は正義なり”を標榜する米国である以上、原子爆弾の使用や無辜の国民殺傷が病院船攻撃や毒ガス使用の国際法違反、戦争犯罪であることを拒むことは出来ぬであらう。

極力米人をして罹災地の惨状を視察せしめ、彼ら自身彼らの行為に対する報償の念と復興の責任とを自覚せしむること、日本の独力だけでは断じて復興の見通しのつかぬ事実を率直に披瀝し日本の民主主義的復興、国際貿易加入が米国の利益、世界の福祉と相反せぬ事実を認識せしむることに努力の基礎を置き、あくまで彼をして日本の復興に積極的協力を行はしむるごとく力を致さねばならぬ。>

鳩山一郎氏の談話 昭和二十年九月十五日付け朝日新聞

「求めたい軍の釈明 比島の暴行発表への国民の声」

<略)

 第四の見解は、今日突如として米軍がこれを発表するにいたつた真意はどこにあるかといふことである。一部では、聯合軍上陸以来若干の暴行事件があり、これは新聞にも報道され、米軍側でも厳重取締りを約し、最近次第に事件が減じつつあるが、暴行事件の報道と、日本軍の非行の発表とは、何らかの関係があるのではないかといふ疑問を洩らす向もある。

激烈な戦闘中における異常心理による暴虐と、今次の如き平和的進駐における場合の暴行とは、同日に論ずべきではないが、日本軍の暴虐は比島における民心をつなぎ得なかった一原因であつたとか、米軍新聞記者によつて指摘されてゐる。この点は若干事情を異にするとはいへ、今日日本における聯合軍についてもあてはまることであり、日本が新たな平和への再出発にあたり、聯合軍側があくまで人道に立つて正しく行動してもらひたいと希望してゐる。>

 朝日新聞昭和二十年九月十七日掲載記事

以上二つの記事は(「閉された言語空間」 江藤淳 文春文庫 平成六年)P百八十七〜百八十九 より引用

 至極まともな記事であり、特に一つ目の鳩山一郎氏の談話は、ハトポッポと言われている今の鳩山兄弟にぜひ読んでもらいたい。

 聯合軍の戦争犯罪、戦後の非道を隠匿し、我が国軍隊にその罪を転嫁するための情報統制に他なりません。 今の朝日新聞からは想像もできません。

 しかし、このたった二日間の発行停止にビビった朝日新聞は、その一ヶ月後、わずか終戦から二ヶ月後には朝日新聞は下記のような記事を掲載する。

  <十五年の忍苦の甲斐あって今回解放された日本共産党徳田球一、志賀義雄、金天海氏等十五氏を迎へる『人民大会』は十日午後二時から日比谷公会堂の広場で遂行されるはずであったが、飛行館に変更し、

略)

『民主主義万歳』『生活必要物資ハ人民ノ管理ニ』等のアジビラの下には、

略)

自由法曹団の布施、梨木、栗林の諸弁護団や中西伊之助、伊藤憲一等の諸氏が獄中の苦しい生活でしはがれた声をふりしぼって運動に倒れた同志の思い出に涙を流し、デモクラシーと共産主義を謳歌し、天皇制の打倒なくして人民の真の解放はありえないと絶叫した。

略)

 大会終了後直ちに赤旗を打ちふって街頭デモに移りマッカーサー司令部前で万歳を叫んで解散した>

 昭和二十年十月十一日付 朝日新聞

<過去十有余年間の政治が歪められたものであり、その歪められた政治の準縄をもって決定された犯罪人が釈放されるとするとその反対に同じ十数年間、歪曲された政治の規矩をもって、褒賞され、位勲を授けられ、また地位を與へられた地位を辞すべしという論が成り立つ> 昭和二十年十月十二日朝日新聞「天声人語」

以上 二つの記事の引用先「筑紫哲也を斬る」(水間政憲 日新報道 平成十五年刊)P二十八〜二十九

 ゾルゲ事件にて処刑された尾崎秀実とともに関与したとして退社していた田中慎次郎氏が復職したのが、この記事が掲載された翌月であった。

 まさに、今の朝日新聞そのままの姿がここにある。

参考および引用

「閉された言語空間」(江藤淳 文春文庫 平成六年刊)

「忘れたこと 忘れさせられたこと」(江藤淳 文藝春秋 昭和五十四年刊)

「筑紫哲也を斬る」(水間政憲 日新報道 平成十五年刊)

 民主党の党首が「日本列島は日本人だけの所有物じゃあない」とほざいたハトポッポ兄になったそうな。

 朝鮮でも支那でもいいから故郷に河野洋平とともに一日でも早く帰ってほしいものです。

 

 午後よりスポーツセンターに行く。調子はいまいち。

 小胡子さん来店。後で友人の方が合流。遅い時間に坪ちゃん来店。

坪ちゃんは当店が移転時に手伝ってくれていて、その後、磯自慢さんで蔵人をやり、今は故郷の山形の男山さんで蔵人をやっている。

移転時の大変な時に、坪ちゃんがいてくれてなかったらどうなっていたか。

坪ちゃんと明るくなるまでドンチャン。記憶はあやふや。サルよりはマシな程度。

 


 


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