一寸一杯


小さい蔵元はうまくて、大きい蔵元はまずいか   
                    

 よくあの蔵は小さい蔵だから、旨い酒ができる。あの蔵は大きくなったからダメになった、小さい蔵の方がいい酒だったと言ってい方がいますが、その蔵が小さいから旨い酒を造っている訳ではありません。小さな蔵でもいい酒を造っているのであって、酒蔵の大小は酒の味に関係ありません。小さな蔵元さんだったのが、大きくなって味が変わったとか、まずくなったと言われるのは、元々そういう程度の技術と経営姿勢であったのであって、大きな蔵元さんでも、しっかりした管理で美味しい酒を造っているところもあれば、小さな蔵元さんで全然だめなところもあります。そこの蔵元さんの技術と経営者の姿勢によるものの差と言えると思います。大きな蔵元さんは、上は大吟醸、純米大吟醸から、下は廉価版の酒まで造っていますし、小さな蔵は生産量のうち吟醸、大吟などの割合を高くする事ができますので、その蔵の酒を飲んだ時に上のクラスの酒を飲む機会が増えるのは確かです。義侠のように、二千石の蔵が桶売りをやめて数百石にまで造りを減らしてまで、ほとんどの酒を純米吟醸、純米大吟で、仕込んでいる蔵もありますがしかし、それは経営者たる山田社長の酒に対する考え方であって、技術の上下ではありません。小さいといわれている蔵元がすべてが義侠、磯自慢、初亀、黒龍、美丈夫、松の司、酔鯨の様に吟醸の割合が高い蔵元さんのわけではありません。むしろそのような吟醸の占める割り合いが高い蔵元さんが少ないのです。そのような吟醸、大吟醸などの高級酒がメインの蔵だからこそ、よい技術者を雇えるのです。どの酒蔵でも上のクラスから下のクラスの酒が美味しいのが理想ですが、そうはいかないのが現実です。何度も書きますが、酒の味と蔵の大きさは関係ありません。経営者の姿勢の違いと技術による差が、味の差となるのですからむしろ同じ条件でしたら、大きな蔵の方が有利といえると思います。

酒の良さ、旨さを決める要素は
                  

 酒は、良い水と良い米があればだれでも旨い酒ができる、などとほざいているアホな人が昨日当店の常連さんがつれていらしていましたが、それは旨い酒を造るための条件の一つであって、すべてではありません。それだけで済むのであれば、蔵元さんは苦労しません。そこの蔵の醸造技術が大切であり、蔵元の酒に対しての姿勢、考え方が大事なのです。いくら最高の山田錦を使っても造る技術がへただと、不味い酒しかできません。私が懇意にしていただいている、蔵元さんなど、造りがへたな蔵は山田錦を使うなと言っています。また、いくら製造技術が良くて旨い酒を造っても、出荷するまでの管理技術が無いとその酒は消費者の手に入った時は、生ひねや、ひねか、だれ、などのある酒になっている可能性があります。つまり原材料である米と水、そしてそれらを使って酒を造る杜氏さんなどの技術、できた酒を管理、出荷する経営者の姿勢が大切になってきます。いくら旨い酒を造っても経営者がばかだと、出て来た時点で酒が劣化している可能性があります。
 随分前になりますが、東北のある蔵元さんで利き酒させていただいた時にすばらしい酒でした。現実にその年に鑑表会ですばらしい成績でした。そして、店に最初に送ってきたのは火入れ大吟醸で旨かったですが、その後、夏過ぎに生の順番でした。夏過ぎに送って来た酒は、全部生ひねしていました。普通は生を先に出してそのあと火入れを出すはずなのに、酒を管理していないからこういう基本的なミスをするし、それ以前に、その蔵には冷蔵倉庫がありませんでした。冷蔵室といえるぐらいのスペースしかなく、吟醸、大吟醸を管理できる体制にはなっていませんでした。冷蔵設備の無い蔵、あるいは作る予定も無い蔵は、大吟醸を管理できないのですから、造る資格が無いと思います。あともちろん、酒屋さんの姿勢も大切ですし、飲み屋の管理も大切です。とくに飲み屋の酒の管理、酒の出し方についての私なりの考え方は別に書かせていただきます。

酒にもワインと同じ様にヴィンテージはあるか。 ありません。
                   
 ワインにおけるヴィンテージとは、ぶどうの収穫期、収穫年度などの意味ですが、転じて、年による作柄の事も呼ぶようになったらしいです。良い年のワインをヴィンテージワインとかヴィンテージものとか言ったりしますですね。ワインはぶどうの出来、不出来が非常にワインの品質に影響するため、その事と酒とを関連ずけようとする人もいますが、酒(日本酒)においては豊作の年に造られた酒はうまいかというと一概には言えません。昔から、不作年に腐造無しというらしいです。不作年には粕歩合を高くしたりして酒の質を高めたり、いろいろ工夫するようです。お米の質は非常に大切でしょうが、豊作の時の食べて美味しいお米が、本当に酒造りにむいているかどうかは、まだ科学的には証明されていないそうです。蔵元さんの技術が酒の味に占める割合が高いですから、いくら豊作の年でも、出来の良い酒になった蔵もあればそうでない蔵もあるわけです。それぞれの蔵元さんによる出来、不出来の年があるだけです。たとえば、今年のあの蔵の酒の○○のできは去年より良かったとか悪かったとかいいますが、全部の蔵が米の豊作年の造りが良かったり、悪かったりすることはありません。随分前にブルータスという雑誌で、そんな事の特集を無理矢理やっている女性ライターがいました。書く前に、それは無いとあれほど言ったのに、訳のわからんメチャメチャひどい記事をかいていました。
 

辛口の酒はうまくて、甘口はまずい。本当? 大嘘です。
              

 
酒ずきな方がよく辛口の酒、辛口の酒と呪文のようにおっしゃる方がいます。
辛口の酒が旨くて、甘口が不味いといっている人がいたらその人は単なるアホです。その酒のバランスが一番大切であって、甘い、辛いと旨い、不味いは関係ありません。大体、酒の甘い辛いの表示の日本酒度は一つのめあすにはなりますが、ただそれだけです。同じ日本酒度でも酸などにより感じかたが異なります。特に吟醸酒の場合は日本酒度が高くても口あたりが柔らかいので、甘く感じる酒が多いです。そして醸造用アルコールをガンガンいれた酒を飲んでピリピリする酒を辛口と思って旨いと飲んでいる人がおおいのです。

酒の飲み方   
酒の飲み方は人それぞれですが、中にはどうしてもいただけない飲み方の方がいらっしゃいます。一番気になる飲み方の人は、なにを勘違いしているのかクチュクチュと酒を口の中で音をたてて飲む人です。あれは利き酒の時の飲み方であって、酒を飲む時の飲み方ではないのに、最初から最後までそうやってクチュクチュ耳障りな音を出して飲んでいる人がいます。本人は酒に詳しいつもりでいるからよけい始末が悪く、注意しようものなら、『この飲み方が本当の酒の飲み方よ知らないのあなたは』と鬼の首を取ったごとく説教をくらいますので黙ってのんでいましよう。そして『この阿呆が』と心の中で笑っておきましょう。でもうるさいですよね。
 あと眉間にしわをよせてシンケンに両手でちょこを囲むように香りを嗅いで、(香道じゃないちゅうのに)そしてそのちょこを飲んでいる間ず〜とワイングラスを回すように、回すのはやめましょう。(ワイングラスでさえず〜とまわしている人はアホですが)そんな人はいないと思うでしょう。あんたはあまい。去年、大島にある『なかなか』でやった長谷川酒店さんの飲み会でそんな自称日本酒のプロのキキザケシの女性を私は見ました。わたしのすぐ斜前の席に座っていました。蘭奢待を飲んで、この酒は自分を主張しすぎて生意気な感じがするだの、生ひねが出ている酒を飲んで、生ひねを感じる事ができなかったくせに、この酒は偉そうにしているとか、しょうゆのふたまで開けて、醤油の銘柄を当ててみせるとかやっていました。当たりませんでしたけど、めちゃめちゃ笑えました。その人は、はずかしさを感じないのでしょう。思わずこーちゃんは、今日のために吉本から芸人さんを呼んできたんかいなと思いました。酒を飲む時そんなに難しく考えずに、もっと楽しく酒を味わえないのかいなと思います。

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