美丈夫

 濱川商店 高知県安芸郡田野町2150ー1
 代表者 濱川尚明  杜氏 濱川尚明(15BYより)

 高知県の蔵元のなかで一番東側に位置するこの蔵元さんは約五百石の造りしかありませんが、全生産量のなんと80%が吟醸、純米吟醸、大吟醸、純米大吟、そしてそれぞれの微発泡酒などに力を入れている蔵元さんです。そのことは、三十坪と十坪の冷蔵倉庫を持ち、造った酒の全量を冷蔵管理という蔵元の姿勢にもよく表れています。ここの蔵元さんの酒で最高酒は特A山田錦を30%まで磨いて仕込む「夢許」です。私の一番好きな酒のひとつです。しかし、なんといっても美丈夫『舞』として出されている純米吟醸(山田錦50%)が、安程度、味、値段とコストパフォーマンスも高くお薦めの酒です。そして、他の蔵元さんも認める技術としては微発泡の酒だと思います。純米吟醸、純米大吟醸のうすにごりとして製品化されているこの酒は、埼玉とか他の蔵によくある炭酸分による爽快感によるごまかしとか、にごりの舌にのこる甘さ、ざらつきといったものと無縁の酒です。現社長の濱川尚明氏は平成三年に長谷川さんより紹介され(当時は専務)、その時よりお互いに歳が同じということもありなんとなくアホな飲み方も似ていてそれなりに気があっておつき合いさせていただいています。長谷川さんが、最初濱川氏を紹介してくださる時に『今は無名の蔵だけれども、五年後はだれでも知っているような蔵に・・・。』といっていたのを思い出します。現実にその時はおつき合いさせていただいた酒は『濱乃鶴』純米吟醸山田錦50%だけでした。(当時濱乃鶴というブランド名でした。)そして平成五年(4BY)美丈夫純米大吟醸(山田錦40%)は他の蔵元さんも絶賛するほどのすばらしい酒でした。そしてその翌年の平成六年(5BY)純米大吟醸(山田錦40%)はそれ以上の酒でわたしが今まで飲んだ酒の中でもトップクラスです。

『美丈夫』の酒名は、幕末の土佐の英雄である坂本竜馬をイメージし長谷川浩一氏が命名し、『華のように薫がごとく雅に舞う麗人』をキャッチフレーズにしています。

 1965年生まれの若き杜氏の相原さんは、当店が酒いわしやとして早稲田にて営業していたときからのお客さまであり、当店濱川社長と出会い『一度の人生ですから、どうせだったら好きな事をやりたい。』とコンピューターのSEからまったく畑違いの酒造業界に飛び込んだ人です。

 相原さんが、そのあたりによくいる単なる日本酒バカと違うところは、杜氏見習いとして入社早々、四国で利き酒で一位となり、平成11年には第24回全国利き酒選手権大会(日本酒造青年協議会主催)で優勝と確かな舌を持っています。(この大会はよく我々のようなド素人が参加できるような会ではありません。もちろんあのバカ利き酒師の連中の利き酒会でもありません)濱川社長は相原さんが入社したばかりの頃『利き酒は全然だめなやつが、いくら努力してもだめだ。その才能があるやつが、努力しなければ日本一になれない。』と一緒に酒を飲んだ時に言っていました。そして『相原は、いつか日本一になる。それが二年後か三年後かわからんが必ず日本一になる。』とも言っていましたが、そのとおりになりました。好漢相原宏一郎は必ず記憶に残るような、すばらしい酒を造ってくれる事と思います。

酒の紹介

美丈夫 斗瓶取り おり酒のスペシャル やっぱり今年も旨かったです。ぜひ一度お召し上がりになってみて下さい。ただし他店では100%無理です。

美丈夫 純米吟醸生山田錦50% うすにごり 
   
美丈夫の定番であるこの酒は、50%のにごりで日本一と思います。

美丈夫 夢許 純米大吟醸30%斗瓶取り 同社最高酒。相原杜氏のここで最後の造りの酒となった14BYはすばらしい酒です。


 美丈夫の名称は平成三年以降の名前であり、平成二年よりと書いてある本、ホームページをよく見かけますが、間違いです。どうしてならば、長谷川さんと私がおつき合いさせていただいたのが、平成二年の暮れからですが、その後に長谷川さんが名前をつけたわけですから、平成三年以降になります。平成二年の大吟醸は「濱の鶴」の名前で出されています。当店に今でもありますから間違いありません。


 今年度(15BY)より相原杜氏の退職により、濱川社長が自ら杜氏を勤めます。濱川社長は、相原前杜氏が入社以前より蔵に入り、造りをして来た人ですので、今年の新しい美丈夫に期待したいと思います。

濱川商店「美丈夫」酔鯨酒造「酔鯨」16年8月

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