朝日新聞の反日とテロ

平成19年5月1日火曜日雨 ×~
 今日の「阪神支局襲撃20年―言論はテロに屈しない」と題された朝日新聞社説はいかにも朝日新聞らしいものでした。
以下引用

略)
 ◇靖国と教科書
 そんなテロと暴力の流れの中で、80年代に起きたのが赤報隊の事件だった。
 犯人は事件を起こすたびに声明文を通信社に送りつけたが、「50年前にかえれ」というぐらいしか具体的な要求を示さなかった。
 
@だが、犯行の引き金になったと思われる手がかりがある。首相の靖国神社参拝と復古調の教科書の問題だ。B
 88年3月、静岡支局に爆発物を仕掛けたとき、犯人は中曽根康弘前首相と竹下登首相に脅迫状を送りつけた。
 中曽根氏は85年の終戦記念日に靖国神社に参拝したが、中国や韓国の反発で、その後は取りやめた。中曽根氏は当時論議を呼んだ復古調の歴史教科書の検定でも、中韓の反発で再修正を求めた。
 そんな中曽根氏を赤報隊は「裏切りもの」とののしり、靖国神社に参拝しなければ処刑すると竹下首相を脅した。
 朝日新聞は当時も、首相の靖国神社参拝に反対し、教科書問題でも批判的な姿勢をとっていた。
 赤報隊は犯行を重ねることで恐怖をふりまき、新聞や政治家を自分の思う方向に持っていこうとしたのだろう。
 そうした犯行は過去のものではない。
 経済同友会の小林陽太郎元代表幹事の自宅に火炎瓶が置かれたのは05年1月のことだ。小林氏は当時の小泉純一郎首相の靖国参拝について「個人的にはやめていただきたい」と発言していた。
 昨夏には、参拝を批判していた加藤紘一元自民党幹事長の実家と事務所が放火された。靖国神社へのA級戦犯合祀(ごうし)をめぐる昭和天皇の発言を報じた日本経済新聞社に火炎瓶が投げつけられた事件では、右翼の男が逮捕された。

 
@慰安婦問題を中学校の教科書に載せたことに対し、教科書会社幹部や執筆者に脅迫状が届いたことも忘れられない。
 気になるのは、テロや暴力に対し、政界や経済界の動きが鈍いことだ。加藤元幹事長の事件で小泉首相が犯行を批判したのは、ずいぶんたってからだ。
 それどころか、石原慎太郎東京都知事は、北朝鮮外交を進めていた田中均外務審議官の自宅に発火物が仕掛けられたことについて、「あったり前の話だ」とテロをあおるような発言をした。
 テロが起きた場合、政治家や経済人がすかさず強い姿勢を示す。被害者が自分と違う意見の持ち主であっても、である。それが暴力をふるう者を孤立させ、テロの芽を摘むうえで、欠かせない。メディアが暴力に敏感に反応しなければならないのはいうまでもない。

 
@◇レッテル張りの怖さ
 自由な言論を揺るがすのは、むきだしの暴力だけではない。
 地域や職場で、他人と違う意見を言うだけで奇異な目で見る。「ノー」と声をあげる人をつまはじきする。そんな雰囲気が広がっていないか。
 赤報隊が使った「反日」という言葉は、いまや雑誌やネットにあふれている。自分と相いれない意見を「反日」や「売国」と決めつける。そうした一方的なレッテル張りが、問答無用の暴力を誘い出してしまう。そんな心配がある。
 憲法施行から60年を迎えた今春、またも長崎市長が銃撃され、伊藤一長氏が亡くなった。
 「われわれは暴力を憎む。暴力によって筆をゆるめることはない」。小尻記者が凶弾に倒れたとき、私たちは社説でこう書いた。その決意を新たにしたい。
B
引用終わり
2007年05月01日(火曜日)付朝日新聞社説

 この朝日新聞の社説の「靖国と教科書」と書かれたところには、赤報隊の事件と「靖国参拝」「復古調の教科書の問題」と結びつけて書き、いかにもそれがテロや暴力の根源であるという書き方である。
 今までの教科書がいかにも現代にあっているという考えを導き出すために、つくる会の教科書を古臭い感じのする「『復古調』の教科書」という書き方をわざわざしただけでなく、「慰安婦問題を中学校の教科書に載せたことに対し、教科書会社幹部や執筆者に脅迫状が届いたことも忘れられない」「経済同友会の小林陽太郎元代表幹事の自宅に火炎瓶が置かれた」と一部のバカが起こした事を書きながら、同じ教科書問題といわれるものにおいて、平成一三年八月七日に革労協木元派革命軍が、つくる会事務所に放火というテロに対して犯行声明を出したことも書かれていなければ、翌年、平成一四年一二月に 公安調査庁が「つくる会」教科書の採択反対運動への過激派の関与を指摘し「内外の労組,市民団体や,在日韓国人団体などと共闘し,全国各地で教育委員会や地方議会に対して,不採択とするよう要求する陳情・要請活動を展開した」と記述した事を無視あるいは意図して書いていないし、平成一七年の都杉並区にての反対派団体による抗議行動が中核派活動家などが中心となりおこなわれたことなどが隠匿されている。

 反日という言葉についても、「自分と相いれない意見を「反日」や「売国」と決めつける。そうした一方的なレッテル張りが、問答無用の暴力を誘い出してしまう。そんな心配がある。 」といかにも「反日」「売国奴」と使っている人間がテロリストでもあるような書き方であるが、朝日新聞を「反日」や「売国奴」と思うのは、このように自分の都合の悪い事を隠して報道を歪めるという醜いイデオロギーに染まった朝日新聞というものを受け入れられない普通の日本人の感覚であると思う。
 普通の日本人の感覚とは自分の生まれたこの日本という国が好きだというごくごく当たり前の事だと思う。我が国を守るために戦ってくれた先人に感謝し、先人が築いた我が国の歴史、文化に誇りを持つという当たり前のその感覚を持った人々により、朝日新聞という報道機関が「反日」「売国奴」といわれている事を気付いていない、あるいは気付いていないふりをしているとしか思えない。
 ましてや「憲法施行から60年を迎えた今春、またも長崎市長が銃撃され、伊藤一長氏が亡くなった。」とまだ背後関係も不明な腐れヤクザの起こした事件を他の事件と同一視させるとは、言論機関による得意な歪んだ手法のひとつでしょう。

 この社説に書かれている<「われわれは暴力を憎む。暴力によって筆をゆるめることはない」。小尻記者が凶弾に倒れたとき、私たちは社説でこう書いた。その決意を新たにしたい。>という言葉がいかにも虚しい。