「yes,BUT」

文責はすべて、酒たまねぎや店主の木下隆義にございます


 

5月6日土曜日晴れのちくもり ○ 
 5月4日の朝日新聞の九面には「歴史と向き合う」として「『靖国』米国はどうみますか」とケント・カルダーという米国人(と思う)を登場させていた。
この中で靖國参拝を「死者の追悼は国内問題」とことわりながら、「外交問題としての側面」と語っている。そして、「何人かの保守政治家が言うように、靖国参拝は政治問題化してはいけないと思う。中国がこの問題で日本に指図するのはおかしい」としながら「現実には首相が参拝し続けるかぎり、政治争点であり続けるのです」とする。聞き手である朝日新聞の論説委員・三浦俊章氏は「靖国参拝は、中国に屈するなという文脈で語られています」と質問を投げかけ、「靖国参拝が日本の中国に対する強い姿勢を象徴するようになったのは、非常に不幸なことだと思っています。略)
日本は中国から大きな挑戦を受けている。東アジアにおける領土や資源をめぐる地勢的な挑戦です。本来は歴史とは別の問題なのに、日本が靖国問題などで中国を刺激したので両者が結びついた側面があります」
 つまり、このカルダー氏は我が国が支那を歴史問題で刺激したからいけないのだと言っているのです。
このカルダー氏は「歴史問題は、第二次世界大戦における日本の立場を正当化し、美化しているものではないでしょうか」まで言っているのです。
 三浦氏は最後に「今後の歴史問題にはどのような取り組みが必要だと思いますか」と問いかけ、それに対してカルダー氏は「米国が公式に直接、この問題に介入すべきではありません」といいながら「多国間の枠組みでやるべきです。日米中の3カ国だけでなく、多くの国、たとえば、カナダ、スエーデン、ドイツなど善意の第三国、さらには歴史問題の直接かかわりのないアジアの他の国々などが加わることが望ましい」と言わせています。
つまり、我が国の歴史について「歴史問題は政治問題化してはいけない」しかし「多国間の枠組みでやるべき」と宣う。つまり政治問題化しろという。
 朝日新聞OBの稲垣武氏が書いていた朝日新聞の伝統芸ともいう「yes,BUT」手法でしょうか。まあ、稲垣氏は伝統芸と書かずに、「yes,BUT」論と書いていましたけど・・・つまりyesは小さく、BUTはでかい。思わず納得。
 まずこの問題はというより問題にしたのは、「(従軍)慰安婦」「毒ガス兵器破棄」「教科書」などと同じく反日主義者のマスコミ総本山である朝日新聞がマッチポンプをやりこのような形にしたという事を忘れてはなりません。そして、この正義面して語る米国人がいう「歴史問題は、第二次世界大戦における日本の立場を正当化し、美化しているものではないでしょうか」という言葉こそ、朝日新聞などと同じく、まさに天に唾するものです。先の大戦は我が国が「悪」で、それに対して米国が「正義の戦い」をしたものとでも思っているのでしょうか。歴史は多面的なものであり、そのような単純なものではありません。米国人はそうは思いたくはないし、忘れたいだろうが。

  このような企画を読んでつくづく思うのは、朝日新聞という新聞社は日本の新聞社ではなく、支那、朝鮮のためにある新聞社ということがよくわかります。



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