麻原彰晃被告の判決要旨

 平成16年2月27日、東京地裁が言い渡したオウム真理教の麻原彰晃被告(四八)=本名・松本智津夫=の判決要旨(敬称、呼称略)

教団の設立と発展

 被告人は、昭和30年3月2日、熊本県八代郡金剛村で出生し、婚姻後、鍼灸師として生計を立てていた。このころ既に宗教活動に入り、「麻原彰晃」を名乗り、都内でヨーガ教室を開いて指導に当たった。昭和61年夏ころ最終解脱をしたと称するようになった。

 昭和62年6月ころ、名称を「オウム真理教」に変更するとともに、自らをオウムの主宰神であるシヴァ大神とコンタクトを取ることのできるグルであると称して、自己の絶対化をもくろんだ。昭和62年ころから、核戦争の可能性について不安をあおりながらオウムによる人類救済を説いた。

 出家信者らは、グルである被告人に対する絶対的な帰依に努めながら、被告人の言う3万人の成就者の中に入ることを目指して、それぞれに課せられた信徒勧誘活動のほか各種のワークに従事していた。 ≪田口修二さん殺害事件≫

 岡崎一明らは昭和63年9月下旬ころ、富士山総本部道場で修行していた真島照之を死亡させてしまった。被告人は、警察等に連絡しないこととし、岡崎らに命じ、ドラム缶に真島の遺体を入れ焼却した。岡崎のほか、村井秀夫、新実智光、早川紀代秀らがかかわり、田口修二(当時21歳)も遺体焼却に関与した。

 被告人は、同年12月中旬ころ、オウム出版の責任者である岡崎に指示し、田口をその営業に従事させた。しかし、田口が不満を述べたため、富士山総本部の独房修行用のコンテナに入れ、両手や両足をロープで縛るなどした。田口は、教団から脱会する旨主張し、被告人は、脱会させると真島事件が公表されるおそれがあり、教団が痛手を受けるなどと考え、殺害するしかないと決意した。

 被告人は平成元年2月上旬の深夜、サティアンビル4階の図書室に岡崎、村井、早川、新実及び大内利裕らを集め「ポアするしかないな」などと言って、田口殺害などを命じた。

 岡崎、村井、早川、新実及び大内利裕は、田口に意思を確認したが、教団に残って修行しようとは思わないなどと言われ、殺害を実行することとした。

 被告人は、岡崎、村井、早川、新実及び大内利裕と共謀の上、平成元年2月上旬ころ、コンテナ内において、田口に対し、頚部にロープを巻いて絞め付け、両手で頚部を強くひねるなどし、殺害した。弁護人は、被告人は岡崎らに田口殺害を指示したことはなく、岡崎証言は信用できない、被告人が言ったという「ポア」とは殺害を意味するものではないなどと主張する。

 そこで判断すると、岡崎は、「田口の遺体を焼却中に、被告人が『骨がなくなるまで粉々にできないのか』などと村井に聞いた」旨証言する。

 岡崎証言は、具体的かつ詳細で、共謀の前後の事実関係とも整合している。脱会させると、真島事件について口外する可能性を否定できないことに照らすと、証言の中で述べられている被告人の指示内容は自然かつ合理的である。証言の信用性は認められる。

 なお、被告人が謀議の際「ポア」という言葉をどのような意味で使ったかについて検討すると、被告人は昭和62年1月の説法では、場合によっては、グルの指示に従って人を殺してその者を高い世界に上昇させることで功徳を積むことができるという説明の中で、人を殺す意味で「ポア」という言葉を用いている。

 その後の一連の殺人、殺人未遂事件において、共犯者の多くが、被告人が言ったポアとは殺害を意味する旨供述していることに照らすと、田口殺害の謀議の際被告人が言った「ポア」とは殺害を意味する旨の岡崎証言の信用性に疑問はないというべきで、その後の事件における謀議の中で、被告人が使った「ポア」という言葉は同様に、殺害を意味すると認められる。

教団の武装化

 被告人は、平成2年の衆院選挙に真理党として立候補したが惨敗したことから同年4月ごろ、教団幹部らを集め、無差別大量殺人の実行を宣言して以来、ボツリヌス菌の培養、ホスゲン爆弾の製造、核兵器の開発、炭疽菌の培養等を教団幹部らに指示して武装化を強力に推進し、その一環としてサリンをプラントで大量に生成するとともに、多数の自動小銃を製造しようと考えた。

 被告人は「真理にあだなす者は早く殺さなければならない」旨の説法をし武力によって国家権力を打倒し日本にオウム国家を建設して自らがその王となる意図を明らかにした。≪サリンプラント建設事件≫

 被告人は村井秀夫らと共謀の上、サリンを生成し、これを発散させて不特定多数の者を殺害する目的で、平成5年11月ごろから平成6年12月下旬までの間、山梨県上九一色村の第7サティアン及び周辺教団施設等において、サリンプラントをほぼ完成させ、さらに、サリン生成に要する原料であるフッ化ナトリウム、イソプロピルアルコール等の化学薬品を調達し、これらをサリンの生成工程に応じて同プラントに投入し、作動させてサリンの生成を企て、殺人の予備をした。

 弁護人は、サリンプラントは、平成5年11月の段階のみならず平成6年12月の時点でもサリンを生成できる見込みは全くなく、法益侵害の相当の危険性がなかったから殺人予備は成立しないと主張する。

 しかしながら、平成5年11月ごろまでに(1)土谷正実らによる研究、検討の結果、少量で多数の者を殺傷し得る化学兵器であるサリンを大量生成するための工程がほぼ確立され、その工程に基づき実際にサリンを含有する600グラムサリン溶液が生成されたこと(2)その工程によりサリンを大量生成するために必要な化学薬品等が、教団のダミー会社を介して大量に購入され始めたことなど、証拠によって認められる事実関係に照らすと、平成5年11月ごろには既にサリンの大量生成工程がほぼ確立しているのであるから、殺人予備に該当すると解される。

 また弁護人は、サリンプラントは、村井が提案した荒唐無稽な企画の一つであり、被告人は、その実現は不可能と考えたが、村井らのマハームドラーの修行にもなると考え、村井に任せたにすぎず、被告人には殺人の目的も殺人予備の共謀もないと主張する。

 しかしながら、被告人は、サリンプラントの完成に向け(1)1年以上もの期間にわたり多額の金員と多数の人員をプラント建設に充てるなどし(2)その進ちょくがはかばかしくないことにいらだって、随時人材を投入してプラント建設担当者の増強を図ったり、滝澤和義に対し、グルの絶対命令だ、無間地獄行きだなどと脅してプラントの早期完成を命じたりするなどし、実際にプラントにおいてジクロ及びジフロを生成することができているのであるから、被告人がプラントによるサリン生成が実現可能と考えていたと認められる。

落田耕太郎さん殺害事件

 落田耕太郎(当時29歳)は、元信者らの協力を得、平成6年1月30日午前3時ころ、元信者の母親を連れ出すために、元信者と共に第6サティアンに侵入し、母親を抱えて部屋から出ようとしたところ、教団信者に発見され捕まえられそうになったため、用意していた催涙スプレーを噴射するなどして抵抗したが、教団信者に取り押さえられ、いずれも両手に前手錠を掛けられた。

 新実智光は、越川真一らに、落田と元信者を監視するよう指示して、第6サティアン1階の被告人の部屋に行き、落田らの侵入事件について報告した。被告人は、それを聞いて、落田が破戒をして脱走したにとどまらず、元信者と共に、その母親を無断で連れ出そうとし、そのために被告人の居住する第6サティアンという神聖な場所に侵入して暴れるなどの教団ないし被告人に対する敵対行為に及んだものであり、このまま落田と元信者を放置するわけにはいかず、落田らを殺害するほかないと決意し、新実に対し、落田と元信者を第2サティアン3階に連れていくよう指示した。被告人は、松本知子に先導させて杉本繁郎運転の被告人専用車両に乗り込み、杉本に第2サティアンに行くよう指示し、出発させた直後に「今から処刑を行う」と言った。

 被告人は、第2サティアンに到着後、村井秀夫らから落田らの持ち物等について報告を受けるなどした後、「これからポアを行うがどうだ」と、落田及び元信者を殺害するつもりであることを話した。村井や新実は相づちを打ち、井上嘉浩は賛意を表し、他の者も被告人に同調した。

 被告人は、元信者らと共謀の上、落田を殺害しようと企て、平成6年1月30日未明、山梨県西八代郡上九一色村の第2サティアン3階の瞑想室において、元信者が、落田に対し、その頚部に二つ折りにしたロープを巻いて頚部を絞めたものの、手錠が掛けられていたため十分に力が入らず、新実から助言を受けて、ロープの折り返し部分に右足を掛け、他方の端を両手で引っ張る方法で落田の頚部を絞め続け、その間、周囲にいた井上、越川、後藤誠、丸山美智麿ら数名が落田の身体を押さえ、被告人が、中川智正から落田の脈拍の有無について報告を受ける都度、元信者に対し落田の頚部を絞め続けるよう指示するなどし、落田を窒息死させて殺害した。

 被告人は、村井、丸山らと共謀の上、同日、第2サティアン地下室において、落田の死体をマイクロ波加熱装置とドラム缶等を組み合わせた焼却装置(マイクロ波焼却装置)の中に入れ、マイクロ波を照射して加熱焼却し、同人の死体を損壊した。

 弁護人は、(1)被告人は、「素手で落田の首を絞めれば帰してやる」と告げたにすぎず、落田の殺害を指示してはいない(2)被告人は、落田の死体の取扱いについては、村井に後は任せるとだけ告げてその場から去ったのであり、被告人には死体損壊の認識も共謀も存在しないと主張する。

 そこで判断すると、元信者、杉本及び丸山は、被告人が村井、新実ら弟子たちや元信者に落田の殺害を指示し、村井や丸山ら弟子たちに落田の死体の焼却を指示したことについて、前記各犯行に至る経緯に係る事実に沿う証言をしている。これらの各証言は、いずれも落田の殺害及びその死体焼却を指示した状況等につき、具体的かつ詳細に述べられたものであり、事柄の核心部分についてよく合致し、相互にその信用性を補強し合っている。したがって、上記元信者、杉本及び丸山の各証言の信用性は高いというべきである。

 そして、各証言によれば、被告人が前記のとおり落田の殺害及びその死体の焼却を指示したことを優に認定することができる。

 このとき現場にいた最高責任者は被告人であり、被告人の指示以外のことをやるのであれば、当然被告人の許可を受けなければならないのであるから、被告人が、元信者に対し、素手で落田の首を絞めるよう指示したのであれば、なぜ元信者がロープで落田の首を絞めて殺害したのか、しかも、なぜそばにいた弟子たちはだれ一人としてこれを止めようとせずむしろ元信者にロープを渡しこれに加勢したのか甚だ疑問である。

 したがって、一連の事実経過に照らし、不自然不合理といわざるを得ず、信用性の高い元信者、杉本及び丸山の各証言に照らし、信用できない。弁護人の主張は採用できない。≪水野昇さんVX襲撃事件≫

 被告人は、松本サリン事件後、現場からサリンが検出された旨の報道がされ、同事件が教団の犯行によるものであることが発覚しないよう、サリンの使用を控えることとし、それに代わるものとして、毒性がサリンの1000倍ともいわれるVXを教団で生成することとした。平成6年8月ころ、土谷正実に対し1キログラムを目標としてVXを生成するよう指示した。被告人や新実智光、井上嘉浩らVX関係者は、VXを「神通」又は「神通力」と呼ぶようになった。

 被告人は、在家信徒の出家阻止・脱会等のための活動を行っている滝本太郎弁護士に対し、VXを付着させその殺傷能力を確かめようと考え、平成6年9月中旬ころ、新実や遠藤誠一に対し、滝本の自動車のドアにVXを付けるよう指示したが、付着させる方法等に問題があったため、VXの効果を確かめることはできなかった。

 水野昇(当時82歳)は、平成6年当時、東京都中野区本町の自宅で一人暮らしをしていたが、元信者とは約20年来の知り合いであった。

 元信者は、平成6年8月には家族と共に出家、数千万円の金品を教団に拠出したが、同月中旬ころ、教団施設を出て水野方に逃げ込んだ。教団信者が元信者らを連れ戻しに水野方に押し掛けてきたが、水野はこれを追い返した。被告人は、水野が元信者を背後から操っているのではないかと考え、VXで水野を殺害しようと企て、同月下旬ころ、村井を介して土谷に対し、100グラムのVXを至急生成するよう指示した。

 被告人は、同月26日ころの朝、新実、井上及び遠藤に対し、「水野は悪業を積んでいる。元信者の布施の返還請求は、すべて水野が陰で入れ知恵をしている。水野にVXを掛けてポアしろ。これはVXの実験でもある」などと言って、水野にVXをかけて殺害することを指示した。

 井上ら実行メンバー6名は、同年12月2日早朝、車に分乗して水野方付近に行き、見張りをしていた平田悟が、同日午前8時30分ころ、水野が自宅から出てきたのを見て、新実及び山形明は水野に近づいていき、新実が水野の前に立って「おはようございます。お寒いですね」と声を掛け、山形が水野の後方に近寄った。

 被告人は、新実、遠藤、井上、中川、山形及び高橋克也らと共謀の上、水野にVXを付着、浸透させて同人を殺害することを企て、平成6年12月2日午前8時30分ころ、水野方付近路上において、山形が、あらかじめ準備していた注射器内のVXを同人の後頭部付近に掛けて体内に浸透させたが、同人に加療61日間を要するVX中毒症の傷害を負わせたにとどまり、殺害の目的を遂げなかった。 ≪滝本弁護士サリン襲撃事件≫

 滝本太郎は、平成元年11月、オウム真理教被害対策弁護団に入り、平成2年以降、教団を相手方とする民事訴訟等の代理人として活動し、平成5年7月ごろから、教団信者の親族から依頼を受け、信者の出家阻止・脱会のために、元出家信者の協力を得るなどして信者に対するカウンセリング活動を行い、ほぼ全員が脱会した。被告人は、滝本をこのまま放置することはできず、教団の活動の妨げとなる滝本を排除する必要があるものと考え、滝本の殺害を決意するに至った。

 被告人は、青山吉伸、遠藤誠一、中川智正、富永昌宏及び元信者と共謀の上、サリンを発散させて滝本を殺害しようと企て、平成6年5月9日午後1時15分ごろ、甲府地方裁判所西側駐車場において、元信者が、同所に駐車中の滝本所有の普通乗用自動車の運転席側のフロントウインドーアンダーパネルの溝及びその付近に、所携の遠沈管内のサリンを含有する溶液を滴下し、サリンを気化・発散させて同車両内に流入させるなどし、運転し走行させた滝本をしてサリンガスを吸入させるなどしたが、滝本にサリン中毒症の傷害を負わせたにとどまり、殺害の目的を遂げなかった。

 弁護人は、青色サリン溶液を滝本車両に滴下した元信者の本件行為は人を死に至らせる危険性がなく、殺人の実行行為に該当しないと主張する。

 本件行為は、同人をサリン中毒により直接的に又は交通事故等を介して間接的に死亡させる現実的危険性を有するものであり、現に滝本は気化したサリンを吸入してサリン中毒症にかかるなど死の危険にさらされたものであるから、本件行為が殺人の実行行為性を有することは明らかである。

 弁護人は、青色サリン溶液がサリンであるか疑問であると主張する。

 しかしながら、青色サリン溶液の気化ガスを吸入してサリン中毒と同様の症状に陥った者が少なくないことなど証拠によって認められる事実関係を併せ考えると、本件で使用された青色サリン溶液がサリンを相当程度含有するものであることは明らかである。

 弁護人は、被告人は、青色サリン溶液の殺傷能力に対する認識がなく、滝本に対する殺意も、殺人についての共謀もなかったと主張する。

 しかしながら、被告人はサリンの殺傷能力について繰り返し説法等に及び、また、教団の武装化の一環として、平成5年6月ごろ以降、村井や土谷正実、滝澤和義、中川らに対し、直接又は間接的に、サリンの生成を指示するなど証拠によって認められる事実関係を総合すれば、被告人が青色サリン溶液中のサリンの殺傷能力や本件行為の現実的危険性を認識した上で、青山、遠藤、中川、富永及び元信者の5名に対し、滝本の殺害を指示し、滝本を殺害する旨の共謀を遂げたことは優に認められる。弁護人の主張は採用することができない。

坂本弁護士一家殺害事件

 坂本堤(当時33歳)は、平成元年5月ころから、教団に出家した信者の親たちの依頼を受け、その子供の帰宅や子供との面会などについて教団と交渉するようになった。同年10月には、教団に入信して家に帰ってこない子供の親たちが、坂本弁護士の支援の下で、オウム真理教被害者の会を結成し、永岡弘行がその会長に就いた。

 被告人は、同月に開かれた大師会議で、被害者の会を組織したのは坂本弁護士であり、被害者の会から弁護士を介して警察に事情を話し教団を捜査させるという考えを持っていることなどを話し、信者に対し、坂本弁護士に抗議をするよう指示した。

 信者らは、同月31日夜、坂本弁護士の勤務する横浜法律事務所を訪れ、DNAのイニシエーションについて説明し理解を求めたが、議論は平行線となった。坂本弁護士は、被害者の会の目的は、会員である親たちのもとに信者の子供たちが戻ることができるようにすることである旨説明し、未成年の出家信者は必ず家に帰し、他の出家信者には少なくとも家に連絡をさせることなどを申し入れるとともに、会員から教団に対し法的措置をとることも考えている旨伝えた。

 被告人は、坂本弁護士が被害者の会の実質的リーダーとして同会を指導している人物であると考え、坂本弁護士の活動をこのまま放っておけば、勢力を伸長させようとしている教団や最終解脱者を自称する被告人自身が打撃を受け、教団からの出馬を決めている次回の総選挙に向けての選挙活動に支障を来し、総選挙の結果にも悪影響を及ぼすものと考え、坂本弁護士を殺害することを決意。11月2日深夜ないし翌3日未明、村井秀夫、早川紀代秀、岡崎一明、新実智光、中川智正の5人をサティアンビルの瞑想室に呼び寄せた。

 被告人は、村井らに対し、「今ポアをしなければいけない問題となる人物はだれと思う」と述べ、教団にとって最も障害となる殺害しなければならない人物はだれかという意味の問い掛けをした後、坂本弁護士を名指しし、同弁護士について、被害者の会の実質的リーダーであり、将来教団にとって非常な障害になるから、同弁護士をポアしなければならない旨述べ、同弁護士の殺害を指示した。

 端本悟を加えた実行犯6人は、同月3日午前9時ごろ、2台の車に分乗して出発し、同日夕方、坂本弁護士方付近に到着した。

 早川は、同日午後11時ごろ、被告人に、電話で坂本弁護士方の状況を説明し、どうすればいいか指示を仰ぐと、被告人は「家族も一緒にやるしかないだろう」と言い、坂本弁護士方に侵入し、坂本弁護士をその家族もろとも殺害するよう命じた。

 実行犯6人は最終電車まで待ったが、坂本弁護士が現れなかったため、坂本弁護士方に向かい、同月4日午前3時過ぎころ、坂本弁護士方に侵入。坂本弁護士、妻都子(当時29歳)、長男龍彦(当時1歳2カ月)の3人を窒息死させた。

 弁護人は、被告人は坂本弁護士殺害の共謀をしていないばかりか、坂本弁護士一家3人の殺害の指示もしていないと主張する。

 そこで早川証言の信用性について検討する。早川証言は、瞑想室での謀議の際、被告人が、実行犯に対し、坂本弁護士の殺害を指示した経緯などや、電話謀議の際、被告人が、早川に対し、従前の計画を変更して坂本弁護士一家の殺害を指示するに至った経緯などについて、具体的かつ詳細に供述されている。

 さらに、被告人が実行犯に対し、坂本弁護士一家3人の死体の遺棄その他種々の証拠隠滅を指示したことなどが認められる。

 そして、瞑想室での謀議の状況については、岡崎が、公判で、同趣旨の証言をしており、しかも、岡崎は、坂本弁護士殺害計画を前提として、岡崎が坂本弁護士の住所を調べて被告人に報告した旨の事実の経緯に沿う証言をしている。また、中川も、この謀議の際に、被告人の方から、坂本弁護士を殺害するのはどうかという意味のことを言ってきた旨証言している。さらに、電話謀議の状況については、岡崎が、同趣旨の証言をしている。これら岡崎証言及び中川証言は上記早川証言を支えるものといえる。

 これに加えて、早川は「被告人は、坂本弁護士一家殺害事件後に、実行犯数名が集まり、『指示をしたわしも同じ罪だな。3人殺せば死刑だな』と言った」旨証言し、岡崎は、これと同旨の証言をするほか、「事件後、被告人が『一家3人が突然いなくなっても、家出したか蒸発したかと普通思われるだろう。そんなに問題にならないだろう』と言っていたことがあった」旨証言している。

 これらの証言は、瞑想室での謀議や電話謀議の内容とよく符合し、作り話とは思われない具体的なエピソードに係るものであり、早川証言および謀議に関する岡崎らの証言と相まって瞑想室での謀議および電話謀議に関する同人らの供述全体の信用性を高めている。

 これらの点に照らすと、早川証言およびこれと同趣旨の岡崎らの証言は、十分信用することができるというべきであり、これらの各証言その他の関係証拠によれば、被告人が、実行犯6人との間で、夜遅くまで待っても坂本弁護士が現れない場合には、坂本弁護士方に侵入し家族以外の者がいなければ坂本弁護士をその家族もろとも殺害する旨の共謀を遂げたことは明らかである。

 以上のとおりであるから、弁護人の主張は採用することができない。

松本サリン事件

 教団は、長野県松本市に教団松本支部および食品工場を建設することを計画したが、地元住民が教団の進出に対する反対運動を起こしたため、長野地裁松本支部に建築工事妨害禁止などの仮処分の申し立てなどを行った。教団は、訴訟の係属中に教団松本支部を完成させたものの、被告人は、教団を非難する地主を含む反対派住民やその申し立てを認めて教団松本支部の建物の規模を縮小させた長野地裁松本支部裁判官に反感を抱き、平成4年12月18日、教団松本支部の開設式において、地裁松本支部裁判官や地主ら反対派住民を敵対視し、これらの者には将来恐るべき危害が加えられることを予言する旨の説法をした。

 被告人は、70トンのサリンを東京に散布して首都を壊滅し、国家権力を打倒して日本にオウム国家を建設し自らその王となってこれを支配することをもくろみ、既に、サリンの大量生成やサリンプラントの建設を教団幹部らに指示してその計画を着々と進行させた。自らが敵対視してきた人間に教団で生成したサリンを使用するなどし、その過程で生成したサリンの殺傷能力を確認するとともに、その効果を最大限に引き出すためのサリンの噴霧方法やサリン中毒を防止する方法などについて試行錯誤を繰り返していたものであるが、平成6年6月ごろ、新たに造る加熱式噴霧装置の性能ないしこれにより噴霧するサリンの殺傷能力を実験的に確かめておこうと考え、その使用する対象として、地裁松本支部を選び、新たに造る噴霧装置を搭載したサリン噴霧車により、昼間地裁松本支部を目標にしてサリンを噴霧、自ら敵対視していた同支部裁判官のみならず同支部周辺の住民を殺害することを決意した。

 被告人は同月20日ころ、村井秀夫が同席していた第6サティアン1階の被告人の部屋に、新実智光、遠藤誠一および中川智正を呼び集め、「オウムの裁判をしている松本の裁判所にサリンをまいて、サリンが実際に効くかどうかやってみろ」と言った。続いて、村井が「昼間、裁判所にまくことになる。サリン噴霧車ができ次第すぐにやる」と言った。

 新実が警察官や通行人に目撃された場合の対応策について聞くと、被告人は「警察などの排除はミラレパ(新実)に任せる。武道にたけたウパーリ(中村昇)、シーハ(富田隆)、ガフヴァ(端本悟)の3人を使え」と指示し、また、サリン噴霧車の運転を端本にさせるように言った。

 このようにして、被告人は、村井、新実、遠藤および中川に対し、地裁松本支部を目標としてサリンを噴霧し、同支部の裁判官ほか多数の者を殺害することを指示し、村井ら4人はこれを承諾して、ここに被告人ら5人はその旨の謀議を遂げ、サリン噴霧車の準備ができ次第すぐにその計画を実行することとなり、最後に被告人が「後はおまえたちに任せる」と言って、具体的な準備や実行は村井や新実に任せる旨を伝えた。

 実行メンバーは6月27日午後、松本市に向かって出発。午後10時30分過ぎころ、松本市の駐車場で、サリン噴霧車を使ってサリンを発散させ、7人を死亡させて殺害するなどした。

 弁護人は、発散現場又は被害者から採取された資料から検出されたものが、サリン又はサリン関連物質であるとする各鑑定の結果には疑問があるから、サリン噴霧車から気化発散されたものがサリンであるとの立証はされていないと主張する。

 そこで検討すると、死亡被害者7人の血液又は鼻汁がサリン、サリンの第一次分解物であるメチルホスホン酸モノイソプロピルなどを含有することなどから、サリン噴霧車から加熱・気化され発散された物質はサリンを含有するものであり、サリンに被ばくし、7人がサリン中毒により死亡したことは明らかである。

 生体資料や現場資料などの毒物含有の有無などに関する鑑定資料からも、サリン、サリンの分解物又はその副生成物の少なくともいずれかが検出されており、相互にその正確性ないし信用性を補強し合っている。

 弁護人は、被告人は村井や新実らとの間で、松本市内でサリンを発散させて不特定多数の者を殺害する松本サリン事件の共謀をしていないと主張する。

 しかし、新実は「6月20日ころ、第6サティアン1階の被告人の部屋に、被告人、村井、私、遠藤および中川が集まったとき、被告人が『オウムの裁判をしている松本の裁判所にサリンをまいてサリンの効果を試してみろ』という趣旨のことを言い出した」と証言。また、遠藤は「『今戻りました』と報告すると、被告人から『ご苦労』と声を掛けられた」「松本サリン事件の報道記事を見た前後ころ、被告人が『まだ原因がわからないみたいだな。うまくいったみたいだな』と言っていたのを聞いた」などと証言している。

 これらの証言は話し合いや発言の内容などについて具体的かつ詳細に再現されたもので、相互に符合してその信用性を互いに補強し合っている。関係証拠を総合すれば、被告人が、村井や新実らとの間で、松本市内の裁判所宿舎に向けてサリンを発散させて不特定多数の者を殺害する旨の謀議を遂げたことは明らかである。

 弁護人は、被告人は松本サリン事件当時、教団で生成したサリンに殺傷能力があることを認識していなかったと主張する。しかし、防毒マスクを使用することを了承したことや、罪証隠滅工作を指示し、松本サリン事件が教団による犯行であることの発覚を防ごうとしていること、松本サリン事件の報道内容を知って、格別これを意外に思うことなく、「うまくいったみたいだな」などと期待したとおりの結果であることに満足している旨の発言を遠藤の前でしていることなどは、被告人がサリンに殺傷能力がある旨認識していることを物語っている。

 したがって、被告人が松本サリン事件当時、サリンに強い殺傷能力があることを認識していたことは明らかである。

地下鉄サリン事件

 被告人は、警視庁による強制捜査を避けるため、警視庁に近い帝都高速度交通営団地下鉄霞ケ関駅構内にボツリヌストキシンを噴霧して混乱を起こそうと企て、井上嘉浩らに指示して、平成7年3月15日に同駅にアタッシェケース型噴霧装置を置いて噴霧させたが、人を殺傷させることができず、その計画は失敗に終わった。

 被告人は同月18日午前零時過ぎ、都内にある教団経営の飲食店において、井上ら教団幹部約20人を集めて食事会を開いた。被告人は「エックス・デーが来るみたいだぞ」などと強制捜査を話題にしていた。同日午前2時過ぎに食事会を終え、上九一色村の教団施設への帰途、被告人は強制捜査への対応を検討しようと考え、村井秀夫ら幹部に被告人専用のリムジンに乗るよう指示した。

 被告人が車内で、間近に迫っている強制捜査にどのように対応すればいいかについて意見を求めると、村井が阪神大震災が起きたから強制捜査が来なかったと以前被告人が話していたことに言及し、これに相当するほどの事件を引き起こす必要があることを示唆した。被告人が、井上に何かないのかと聞いたところ、井上は、ボツリヌス菌ではなくてサリンであれば失敗しなかったということなんでしょうかという趣旨の意見を述べ、村井もこれに呼応して地下鉄にサリンをまけばいいんじゃないかと発言し、地下鉄電車内にサリンを散布することを提案した。

 被告人は、首都の地下を走る密閉空間である電車内にサリンを散布するという無差別テロを実行すれば阪神大震災に匹敵する大惨事となり、間近に迫った教団に対する強制捜査もなくなるであろうと考え「それはパニックになるかもしれないなあ」と言ってその提案をいれ、村井に、総指揮を執るよう命じた。

 また、被告人は、リムジン車内で、東京の地下鉄電車内にサリンを散布する無差別大量殺戮(さつりく)計画について、遠藤誠一にはサリンの生成を、井上には現場指揮をそれぞれ指示した。

 村井は、同月18日午前、第6サティアン3階の自室に呼び集めた林泰男、林郁夫ら4人に被告人からの指示であることをしぐさで示しながら「近く強制捜査がある。騒ぎを起こして強制捜査の矛先をそらすために地下鉄にサリンをまく」と言うと、4人ともそれが被告人の指示によるものと認識した上でその実行役となることを承諾した。

 村井は「3月20日月曜日の通勤時間帯に合わせてやる。対象は、公安警察、検察、裁判所に勤務する者であり、これらの者は霞ケ関駅で降りる。霞ケ関駅の少し手前の駅でサリンを発散させて逃げれば、密閉空間である電車の中にサリンが充満して霞ケ関駅で降りるべき人はそれで死ぬだろう」と言った。

 遠藤は同日午後11時ごろ、村井に連れられて第6サティアン1階の被告人の部屋を訪れた。被告人は、「ジーヴァカ(遠藤)、サリン造れよ」などと言い、サリンの生成に取り組むよう念を押した。

 村井と井上は、19日午後1時過ぎ、被告人に運転手役の人選や実行役との組合わせなどについて指示を仰ぐため、第6サティアン1階の被告人の部屋に行った。被告人は、サリンの生成など犯行の準備が進んでいないことにいらだち、「おまえら、やる気ないみたいだから、今回はやめにしようか。アーナンダ(井上)、どうだ」と聞いた。これに対し、井上と村井が計画を実行する意志の強いことを示したので、被告人は「じゃ、おまえたちに任せる」と言った。

 被告人は実行犯らと共謀の上、いずれも東京都千代田区の営団地下鉄霞ケ関駅に停車する日比谷線、千代田線および丸ノ内線の各電車内などにサリンを発散させて不特定多数の乗客などを殺害しようと企て、3月20日午前8時ごろ、地下鉄各線の車両内でサリンを流出気化させて発散させ、乗客ら12人をサリン中毒により死亡させて殺害した。

 弁護人は、地下鉄サリン事件において散布された物質がサリンであることについては重大な疑問があると主張する。しかし、関係証拠によれば、地下鉄サリン事件の実行担当者が地下鉄車両内に持ち込み傘で突き刺したビニール袋の中にあった液体やビニール袋から流れ出た液体について警視庁科学捜査研究所において鑑定がされ、いずれもサリンを含有するか、またはサリンが検出されたとの鑑定結果が得られた事実を優に認めることができる。

 弁護人は、サリンに被ばくしたとされる被害者らが、実際にサリンに被ばくし、その結果サリン中毒により死傷したことの証明がされていない上、地下鉄サリン事件の実行行為が殺人の実行行為といえるためには、大気中のサリンの量が人を殺すに足りる一定濃度以上存在し、あるいは、人が一定時間以上その場に留まっていることが必要であるが、その点の証明がないと主張する。

 しかし、死傷被害者らがサリンが流出した地下鉄電車内や駅構内にいたこと、死傷被害者らがサリン中毒の症状を呈し、数人の被害者の血液中からサリンの第一次加水分解物であるメチルホスホン酸モノイソプロピルが検出されたことなど証拠によって認められる事実関係に照らすと、死亡した被害者12人はサリンが流出し気化した電車内又は地下鉄駅構内においてサリンガスを吸入してサリン中毒やサリン中毒に起因する敗血症により死亡しことを優に認めることができる。

 弁護人は、地下鉄サリン事件は、教団に対する強制捜査が迫ったことに危機感を抱いた村井および井上が、被告人を差し置いて、計画し実行役に実行させたものであり、被告人が、村井、井上および遠藤らに対し、地下鉄電車内にサリンを散布するよう指示したことはないと主張する。

 しかし、被告人は、国家権力を倒しオウム国家を建設して自らその王となり日本を支配するという野望を抱き、多数の自動小銃の製造や首都を壊滅するために散布するサリンを大量に生成するサリンプラントの早期完成を企てるなど教団の武装化を推進してきた。被告人が最も恐れるのは、武装化が完成する前に教団施設に対する強制捜査が行われることであり、それを阻止することが教団を存続発展させ、被告人の野望を果たす上で最重要かつ緊急の課題であったことは容易に推認される。また、教団施設でサリンの生成に取り掛かった後に強制捜査があった場合、あるいは、地下鉄サリン事件が失敗しそれが教団による犯行であることが発覚した場合には教団は多大な打撃を受けるに至るのであり、そのような教団の存続にかかわる重大な事柄について、被告人の弟子である村井や井上らが、グルである被告人に無断で事を進めることは考えられない。

 信用性の高い井上証言および遠藤証言その他関係証拠によれば、被告人は、上九一色村に向かうリムジン車内で、村井、遠藤および井上に対し、地下鉄電車内にサリンを散布する無差別大量殺戮を指示し、同人らとの間でその共謀を遂げたことは明らかである。弁護人は、被告人が同席していたリムジン車内では、地下鉄サリン事件の実行については何ら決定されていないと主張するが、リムジン車内では、地下鉄サリン事件の犯行の目的、方法、役割分担など犯行の重要部分が決定されているほか、リムジン謀議後地下鉄サリン事件の実行に至るまでの被告人の村井、井上および遠藤に対する種々の指示内容や、実際にリムジン車内で決められたとおりに犯行の準備がされ実行されたことなどに照らすと、リムジン車内において、被告人と村井、井上および遠藤の間で、地下鉄電車内にサリンを散布する無差別大量殺戮について共謀が成立していたことは明らかである。 ≪量刑理由≫

 1(1) 被告人は、自分が解脱したとして多数の弟子を得てオウム真理教(教団)を設立し、その勢力の拡大を図ろうとして国政選挙に打って出たものの惨敗したことから、今度は教団の武装化により教団の勢力の拡大を図ろうとし、ついには救済の名の下に日本国を支配して自らその王となることを空想し、多数の出家信者を獲得するとともに布施の名目でその資産を根こそぎ吸い上げて資金を確保する一方で、多額の資金を投下して教団の武装化を進め、無差別大量殺戮を目的とする化学兵器サリンを大量に製造してこれを首都東京に散布するとともに自動小銃等の火器で武装した多数の出家信者により首都を制圧することを考え、サリンの大掛かりな製造プラントをほぼ完成し作動させて殺人の予備をし(サリンプラント事件)、約1000丁の自動小銃を製造しようとしてその部品を製作するなどしたがその目的を遂げず、また、小銃1丁を製造した(小銃製造等事件)。

 (2) そして、被告人は、このような自分の思い描いた空想の妨げとなるとみなした者は教団の内外を問わずこれを敵対視し、その悪業をこれ以上積ませないようにポアするすなわち殺害するという身勝手な教義の解釈の下に、その命を奪ってまでも排斥しようと考え、しかも、その一部の者に対しては、教団で製造した無差別大量殺戮目的の化学兵器であるサリンあるいは暗殺目的の最強の化学兵器であるVXを用いることとしてその殺傷能力の効果を測るための実験台とみなし、弟子たちに指示し、以下のとおり、一連の殺人、殺人未遂等の犯行を敢行した。

 すなわち、被告人は、教団からの脱会を表明しこれを阻止しようとする被告人を殺すとまで言うようになった信者や教団から脱走した上教団信者を連れ出すために教団施設に侵入した信者を、被告人に離反したり背いたりしたとの理由で殺害し(田口事件、落田事件。落田事件では更に死体をマイクロ波焼却装置で焼却損壊)、自己に敵対する者であるとの理由で、オウム真理教被害者の会を支援する弁護士業務に従事していた弁護士をその妻及び幼子ともども殺害し(坂本事件)、オウム真理教被害対策弁護団の一員として教団信者の出家阻止・脱会活動に精力的に取り組んでいた弁護士をサリンを吸入させて殺害しようとしたがサリン中毒症を負わせたにとどまりその目的を遂げず(滝本サリン事件)、同弁護士らと協力して教団信者に対する出家阻止・脱会に向けたカウンセリングをしていた、オウム真理教被害者の会の代表者に対し、あるいは、教団から脱会しようとした信者を支援していた男性に対し、それぞれVXを掛けて殺害しようとしたがいずれもVX中毒症を負わせたにとどまりその目的を遂げなかった(永岡VX事件、水野VX事件)。

 のみならず、被告人は、ある男性が警察のスパイではないのに一方的にそのように疑った上、VXを掛けてその男性を殺害し(浜口VX事件)、さらには、ある信者がスパイでないことを知りながら教団が敵対組織から毒ガス攻撃を受けているという話を真実味のあるものとし教団の武装化に向けて信者らの危機意識や国家権力等に対する敵がい心をあおるためにその信者をスパイに仕立て上げようと拷問を加えた上、その信者を殺害した(冨田事件。更に死体をマイクロ波焼却装置で焼却損壊)。

 また、被告人は、多額の布施を引き出す目的で資産家である信者の所在を聞き出そうとしてその兄を拉致監禁し自白を強要するため麻酔薬を注射するなどして死亡するに至らせた(仮谷事件。更に死体をマイクロ波焼却装置で焼却損壊)。

 (3) 被告人の犯罪は、以上のような特定の者に対する殺害等にとどまらず、化学兵器であるサリンを使用した不特定多数の者に対する無差別テロにまで及ぶ。すなわち、被告人は、弟子たちに指示し、教団で新たに造った加熱式噴霧装置の性能ないしこれにより噴霧するサリンの殺傷能力を実験的に確かめておこうと考え、その実験台として仮処分事件で教団松本支部の建物を当初の予定より縮小させる原因を作ったなどとして敵対視してきた長野地裁松本支部の裁判官を選び、同支部裁判所宿舎を標的として同宿舎及びその周辺にサリンを発散させ、住民ら不特定多数の人々を殺害し、かつ、殺害しようとしたがサリン中毒症を負わせたにとどまりその目的を遂げず(7人を殺害し、4人に重傷を負わせた。松本サリン事件)、また、阪神大震災に匹敵する大惨事を引き起こせば、間近に迫った教団に対する強制捜査を阻止できると考え、東京都心部を大混乱に陥れようと企て、地下鉄3路線5方面の電車内等にサリンを発散させて乗客、駅員ら不特定多数の人々を殺害し、かつ、殺害しようとしたがサリン中毒症を負わせたにとどまりその目的を遂げなかった(12人を殺害し、14人に重傷を負わせた。地下鉄サリン事件)。

 (4) 松本サリン事件及び地下鉄サリン事件で多数の訴因が撤回された後においても死亡被害者27人、負傷被害者21人に上るこの13件の誠に凶悪かつ重大な一連の犯罪は、自分が解脱したものと空想してその旨周囲にも虚言を弄し、被告人に傾倒する多数の取り巻きの者らを得ると、更に自分が神仏にも等しい絶対的な存在である旨その空想を膨らませていき、自ら率いる宗教団体を名乗る集団の勢力の拡大を図り、ついには救済の名の下に日本国を支配しようと考えた、被告人の悪質極まりない空想虚言のもたらしたもの、換言すれば、被告人の自己を顕示し人を支配しようとする欲望の極度の発現の結果であり、多数の生命を奪い、奪おうとした犯行の動機・目的はあまりにもあさましく愚かしい限りというほかなく、極限ともいうべき非難に値する。

 2 そして、本件は、これまでみてきたとおり、その被害が誠に膨大で悲惨極まりないこと、犯行の態様が人命の重さや人間の尊厳を一顧だにしない無慈悲かつ冷酷非情で残酷極まりないこと、長期間にわたって多数の犯罪を繰り返しついには無差別大量殺人に至るまで止めどなく暴走を続けたこと、多数の配下の者を統制して組織的・計画的に敢行し更に一層大掛かりなものへとその規模を拡大させたこと、宗教団体の装いを隠れ蓑として被告人に都合のいいようにねじ曲げあるいは短絡化させた宗教の解釈によって犯行を正当化しつつ更に凶悪化させていったこと、犯行により被害者、その家族近親者ら及び被害を生じさせた地域の人々はもとより広く我が国や諸外国の人々を極度の恐怖に陥れたもので人間社会に与えた影響が甚大かつ深刻で広範に及ぶことにおいて、これまで我々が知ることのなかった誠に凶悪かつ重大な一連の犯罪である。

 3 被告人の犯行によって命を奪われ、また、奪われようとした多数の人々は、誰一人としてそのような被害に遭わなければならないような落ち度等は一切なかった。そうであるのに、3人の信者は、いずれも教団の密室内等に身体を拘束され取り囲まれて助けを求めることが不可能な状況に追い込まれた上、あるいは首をロープで絞められた挙げ句両手でひねられて殺害され、あるいは爪の間に待ち針を差し込まれるなど手ひどい拷問を受けた挙げ句ロープで首を絞められて殺害され、証拠隠滅の意図でその身体を跡形もなく焼却損壊され、また頭からビニール袋をかぶせられ催涙ガスを吹き込まれた挙げ句ロープで首を絞められて殺害され、証拠隠滅の意図でその身体を跡形もなく焼却損壊された。オウム真理教被害者の会を支援していた弁護士の一家は、深夜自宅で休息の床にあるところを突如襲われ、必死の抵抗も適わず、「子供だけはお願い」との妻の悲痛な叫びもむなしく、幼子もろとも首を絞められるなどして殺害され、証拠隠滅の意図で一家はばらばらに遠く人里離れた山中に埋められた。オウム真理教被害対策弁護団の一員である弁護士は、裁判所構内に駐車した乗用車にサリンを仕掛けられ、帰途車を運転中にサリン中毒症に襲われ、交通事故死等の危険に見舞われた。VXに襲われた3人は、あるいは朝の通勤途上、路上で突然後方から注射器でVXを身体に掛けられ、犯人を追跡しようとしたもののごく短時間のうちに路上に転倒絶命させられ、あるいは朝自宅近くに家庭ゴミを出しに行った際、また、あるいは朝食を済ませた後自宅近くのポストに年賀状を投函しに行った帰り途、いずれも自宅と目と鼻の先の路上で突然後方から注射器でVXを身体に掛けられ、帰宅後重度のVX中毒症に襲われて生死の淵をさまよい、かろうじて一命を取り留めた。松本サリン事件では、一日の終わりにそれぞれの自宅で憩いや休息などの時を迎えていた多数の人々が、加熱式噴霧装置で気化発散させられたサリンの突然の侵襲を受け、まさに悶絶のうちに命を奪われ、また奪われようとし、地下鉄サリン事件では、朝の通勤時間帯に密閉空間ともいえる地下鉄内で、多数の人々が、発散させられたサリンの急襲を受け、同様悶絶のうちに命を奪われ、また奪われようとした。一時に多数の人々がサリンに襲われ極度の苦しみにあえぐその被害の有様は想像を絶するすさまじさであり目を覆うばかりである。資産家の信者の兄は、夕刻路上で手荒く拉致され麻酔薬を注射されながら教団の密室内に連れ込まれ自白強要のため更に麻酔薬を注射されるなどして命を奪われるに至り、証拠隠滅の意図でその身体を跡形もなく焼却損壊された。残虐非道極まる犯行の数々というほかはない。


 4 被告人の犯行によって命を奪われた多数の人々は、あるいは死の恐怖を味わわされつつ絶命させられ、あるいは死への途にあることすら知ることもできずに絶命させられ、またサリン中毒症との長期にわたる闘いの果てに絶命させられたのである。将来においてさまざまな出来事や人々と巡り会いさまざまな感動に出会いながら家族、近親者、友人、仲間らとともに精一杯に充実させて生きていくはずであったその人生をことごとく無惨にも奪われたその無念さは、余りにも大きく言葉では表現できようはずもない。そして、命を奪われた被害者の遺族らの悲嘆は誠に深くその衝撃は甚大である。その心奥からの精神的苦痛はこれをわずかでもやわらげようとすることすらできようもない。

 かろうじて一命を取り留めた多数の人々も、今なお死にも等しい状態に置かれ苦しみ続ける人があり、重い後遺症によりその人生の実質をほとんど奪われて苦しみ続ける人があり、また心身の重い不調に苦しむ人も少なくない。その精神的肉体的苦痛は癒やされようもなく大きい。そして、その家族及び近親者らの精神的苦痛やのしかかるさまざまな負担も誠に大きく耐え難いものである。

 命を奪われた被害者の遺族ら、命を奪われようとした被害者及びその家族、近親者らはこれまで長期間にわたって日夜苦しみ続け、今後もその苦しみは果てることがなく、まさにその心身を切りさいなまれる日々である。これらの人々の被告人に対する怒りはこのような苦しみや悲しみから発するもので、その処罰感情がこれ以上はないほど厳しいのは誠に当然である。

 5 そうであるのに、被告人は、かつて弟子として自分に傾倒していた配下の者らにことごとくその責任を転嫁し、自分の刑事責任を免れようとする態度に終始しているのであり、今ではその現実からも目を背け、閉じこもって隠れているのである。被告人からは、被害者及び遺族らに対する一片の謝罪の言葉も聞くことができない。しかも、被告人は、自分を信じて付き従ったかつての弟子たちを犯罪に巻き込みながら、その責任を語ることもなく、今なおその悪しき影響を残している。

 6 他方、被告人は幼い頃から視力に障害があり恵まれない生い立ちであった。将来の希望と目的を持ち、妻子とともにその人生を生き抜こうとしてきた時期もあったであろう。被告人の身を案じる者もいることであろう。

 しかし、これまで述べてきた本件罪質、犯行の回数・規模、その動機・目的、経緯、態様、結果の重大性、社会に与えた影響、被害感情等からすると、本件一連の犯行の淵源であり主謀者である被告人の刑事責任は極めて重大であり、被告人のために酌むべき上記の事情その他一切の事情をできる限り考慮し、かつ、極刑の選択に当たっては最大限慎重な態度で臨むべきであることを考慮しても、被告人に対しては死刑をもって臨む以外に途はない。 ≪判決主文≫

 被告人を死刑に処する。

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