相容れぬ文化の国

文責はすべて、酒たまねぎや店主の木下隆義にございます


 

平成16年7月12日月曜日 晴れのち一時雨 ×
  抜かれられた '親日派' ソツン 墓碑として、
http://j2k.naver.com/j2k_frame.php/japanese/news.empas.com/show.tsp/20040607n00972/
南朝鮮における親日派といわれる人たちの墓碑が壊されている写真が載っています。

 朝鮮では親日法の制定にみるまでもなく、一進会の中心的人物であった李容九は国賊といわれ続け、龍山につくられた墓は辱めを受け続け、長女が自分の住む成歓に移し守ったが、日本敗戦後、爆破の噂がながれたので、爆破されるのをおそれた長女により、夜にまぎれて近くの川に水葬にされたそうです。
まさに死者に鞭打つ国です。

 これは、朝鮮にとっての宗主国である支那において国賊といわれている「汪兆銘」に対しての扱いを見ると、同じ扱いと言う事がよくわかります。
 広東生まれの汪兆銘は法政大学に留学。対日和平を唱えて抗戦派と衝突し、1940年南京に国民政府を擁立1944年3月、南京で病に倒れた汪兆銘は、名古屋で治療を受けたが、同年11月10日に亡くなりました。
 妻の陳璧君により、後日、墓をあばかれ遺体が鞭打たれることを恐れ、重さ5トンの鉄鋼を混ぜたコンクリートで分厚い墓殻を築いた墓は、孫文を祀った中山陵の傍らに作られましたが、蒋介石による終戦直後から1947年10月まで、中国大陸で戦争中に日本に協力した支那人を裁いた、いわゆる「漢奸裁判」により、150kg以上の爆薬でその頑丈な鉄筋コンクリート造りの外壁を2回にわたって爆破し、柩を暴き、遺体を火葬場に運び、遺骨や灰もそこらの野原に捨ててしまったといいます。
その一族や関係者50数名は銃殺にされ、墓さえありません。

 汪兆銘の妻は獄死、汪兆銘本人は共産党独裁政権のもとで「漢奸」(売国奴)と今でも非難されています。
 その後、南京紫金山麓には、中山陵に向かって跪き、後ろ手に縛られた汪兆銘の石像が建てられ、プレートには「民族罪人」と刻まれ、かつては、牢獄を想像させるような柵で囲まれていたそうです。
(現在は、石像も無くなっている)

 浙江省にも、裸体の汪兆銘・陳璧君夫妻を後ろ手に縛って跪かせた石像があり、民衆が唾を吐きかけて罵るようになっていて、それが、教科書にまで載っているそうです。歴史上の悲劇的な英雄である岳飛を裏切った秦桧の像は広州の岳飛廟にありますが、九百年前の人であるにもかかわらず、半裸の秦桧と夫人、三人の従者の像が、跪いた形で柵の中に野ざらしで置かれ、僅か十年ぐらい前まで像に唾を吐いていたそうです。
(最近は禁止)


 今年の初めにネット上に支那のホテルが、従業員に国辱を忘れないように教育する為、東條英機元内閣総理大臣が跪いた彫像を作ったというニュースとともに、屈辱的な写真が掲載されましたが、これは元々、中國共産党機関紙『人民日報』一月十日号に、「跪いて謝罪する東條英機像」という記事が写真入りで掲載されたもので、我が国の元内閣総理大臣であった東條英機氏に対しての侮辱にたいし、我が国政府・外務省は抗議もしていません。産経新聞と國民新聞以外はその時は報道しませんでした。
今年のネット上の記事については、週刊新潮が写真とともに報道していました。

毛沢東・李舜臣・金日成・金正日の跪いた像をたてるという、屈辱的な事を我が国国民がやれば、支那や朝鮮はどう反応するであろう。
(もちろん、我が民族は、支那、朝鮮民族と違うから、そういった醜い死者に鞭打つことはしないでしょうが・・・・)
 
 共産党独裁政権の支那において、この様な像をわざわざ、いちホテルの経営者が作るはずも無いでしょうから、あの尖閣諸島のデモと同じで、支那政府の意向なのでしょう。

 日露戦争において、乃木稀典将軍はロシアの旅順要塞を陥落させて、敵の将軍ステッセルと水師営で会見した時に(明治38年1月5日)ロシア将兵の墓を整備する事を約束し、明治40年6月に我が軍はロシア将兵の墓地をつくり、墓地の中央に「慰霊塔」(高さ13メートル)を健立しました。
日本側の「表忠塔」が建てられたのは、それよりも2年半も遅い明治42年11月28日です。

 南京戦においても戦没者慰霊祭に、中国軍の戦没者と発案したが実現はされなかった松井石根(大将)軍司令官は帰還後、熱海市伊豆山に日中両戦没者を祭祀しするために、日中両軍が彼我の戦血に染まった大場鎮や南京の土を取り寄せて、陶工、加藤春二氏(のち人間国宝)に依頼して観音像を作り、興亜観音と名づけました。
  この興亜観音には、戦犯裁判で処刑されたBC級を含む1068柱の御霊とともに、吉田茂元首相が揮毫した「七士之碑」が建立され、A級戦犯で処刑された、土肥原賢二、松井石根、東條英機、武籐章、廣田弘毅、板垣征四郎、木村兵太郎の遺骨が埋葬されています。

 支那、朝鮮とはあまりにも違う精神性としかいいようがありません。
このような国々に、我が国の靖国神社の英霊に対していろいろ言われたくはありません。

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